第139話、出迎え(第五)

 賢者の乗る車は王都の門に着くと、特に止められる事なく街中に入って行く。


(道中の宿と同じく、これも予定通りなのだろうの。流石に王都の警備がザル等というオチは無かろうし、どれだけザルでも護衛達全員を素通りなど許されんじゃろうしな)


 車にある小窓から王都を眺めつつ、賢者は護衛として歩く騎士達を確認した。

 全員問題なく通り抜けられた様子から完璧な手回しがされているのが良く解る。


(単純に王家の命を受けて迎えに来ただけでなく、その名を使う事を許されておるな。いや、王の名とは限らんか。何にせよ力持つ者の名を使っている事は間違いない)


 ただ貴族だから、という理由だけでは余りにスムーズ過ぎる。

 流石に能天気な賢者でもそれぐらいは理解している。

 まあ理解しているからと言って、最早何がどうという訳でも無いのだが。


(ま、足止めを食らわんのは助かるがのー。面倒事にもならんで済むし。の、熊)

『グォウ』


 所詮この程度である。勿論事前にある程度予想していたからというのもあるが。

 ともあれ賢者にとって自分達への扱いがどうか、という点はもう余り気になっていない。

 気にしても仕方ないと思っている部分も有り、やはり能天気に鼻歌など歌っている。


(相手が誰であれ儂は儂のすべき事をするだけじゃしの)


 子供特有の無鉄砲さと、賢者としての生を全うした余裕。

 それらが合わさった結果、現状の賢者はほぼ無敵であった。

 余裕綽綽といった賢者の態度に、迎えに来た長男は少し驚いていた。


(ただの子供の振る舞い、と考えるのはやはり良くないか。父も母も彼女を子供と見るなと私に忠告した。なら全てを理解した上での余裕と考えるべきか・・・それはそれで恐ろしいな)


 長男の感覚で賢者の立場になって考えれば、今から緊張で吐きそうになるだろう。

 いや、むしろこの国に来る旅路の時点で気分が重すぎる。

 突然行った事も無い国に呼ばれ、しかも相手は自分の住む国より大きい。


 何も理解しないで遊びに来た子供なら兎も角、全てを理解して余裕をかますのは不可能だ。

 子供と思えば理解できる。だが子供と思わなければ理解出来ない。

 つまり理解不能な存在。それが現状長男にとっての賢者に対する印象だ。


(・・・それに、護衛の・・・王太子殿下にもどう接したものか困ったな)


 そして当然賢者の横に控える男の存在も理解しており、ただしどうしたら良いのか解らない。

 一応失礼の無い様に振舞っているが、それでも相手は賢者の護衛として振舞っている。

 となると必要以上に丁寧に扱う訳にもいかず、青年の対応に困る数日間であった。


 だが長男の困惑の日々も今日で終わる・・・という事も無い。

 王都に付いてからも彼女の世話役が待っていたりする。

 だからこそ理解出来ないこの二人を観察し、理解しようとしていたのだが。


(父と母の報告書と事前の忠告が無ければ、彼女の事は言葉遣いがすこしだけ妙なただの子供だと思っただろうな。自分の目で見ただけの印象では余りにただの子供過ぎる。いや、勿論ただの子供というには利口過ぎるが・・・ならむしろ、あの態度は擬態と思うべきか)


 賢者の教養と能天気な振る舞いが彼の中で噛み合わず、絶賛混乱中であった。

 ただし顔には出さない様に気を付けているので、誰もその事に気が付いてはいないが。

 そうして各々がそれぞれ思惑を胸にしながら、車は王城へと辿り着く。


 城の門へ着いた車は当然の如く通され、そして護衛の騎士達も問題なく通された。

 とはいえ、護衛の数に門兵達は若干の困惑を見せてはいたが。


(全てに話が通っている、という訳でも無さそうじゃの)


 門兵達の態度にそんな事を考えつつ、車が停まるまで大人しくしている賢者。

 そうして城に入ってからも暫く走った後、城にある出入り口の一つの前で止まった。

 少し待つと扉が軽く叩かれ、長男がそれに応える事で扉が開かれる。


「到着致しました」

「うむ、ご苦労」


 護衛の一人・・・長男と共にやって来た護衛の一人の言葉に頷き、賢者は車を降りる。

 勿論飛び降りる様な真似はせず、侍女や青年の後に手を引かれてだが。

 そうして車を降りて周囲を見回した賢者に近づく存在が在った。


「いらっしゃいませ。お初にお目にかかります、ナーラ・スブイ・ギリグ様。貴方様のお迎えをさせて頂きますウォルナーヴァ・ダ・オルグと申します」


 賢者よりは間違いなく年上だが、どう見ても子供と言うべき年齢の少年。

 だが賢者は彼の名乗った名を聞き、ニコリと笑顔を作る。


「まさか王子殿下自ら出迎えて下さるとは。感激の極みです」


 少年の名乗った『オルグ』というファミリーネーム。それはこの国の名なのである。

 となれば、その名を名乗る少年となれば王子王女か国王、そして王妃以外には居ない。

 つまり目の前の少年はこの国の王子という事だ。


「ふふっ、王子と言っても第5王子です。予備の予備みたいなものですので、そこまで気になさらずとも結構ですよ。むしろ私よりも貴女の方が立場は上かと」

「まさか。大国の王子殿下と私では比べ物になりませんし、失礼は働けませんわ。お戯れを」


 ふふふ、ほほほ、と表面上は穏やかに笑いあう少年と女児。

 二人の会話は、会話だけを聞けば王侯貴族の会話に聞こえるだろう。

 だがこの会話をしているのが少年と女児、という点で違和感が凄まじい。


 少なくとも青年は王子を見て「油断ならない」と感じる程度には警戒している。

 あと賢者の『令嬢』としての振る舞いに、長男が若干動揺していたり。


「このまま立ち話もなんですし、部屋へご案内致しましょう。長旅でお疲れでしょうし、先ずは疲れを癒して下さい。その後お時間を頂ければお茶でも如何でしょうか」

「お気遣いありがとうございます。勿論王子殿下のお誘いは受けさせて頂きますわ」


 だが長男の動揺などお構いなしに状況は進み、王子は自ら賢者の案内を買って出る。

 勿論彼の周囲には護衛らしき者達が存在するし、侍従らしき者も一緒にではあるが。


「ただ先ずは護衛の者達を休ませてあげたく、申し訳ございませんがお願い出来ますか?」

「勿論、彼らの部屋も用意してありますよ。お任せ下さい、姫様」

「ありがとうございます、王子殿下」


 賢者を『姫様』と呼ぶ少年は、少年と呼ぶには色香があった。

 無意識に放ったものではなく、明らかに意図して放ったのだろう。

 だが賢者はそれを意に介さずに応え、けれど少年は少し嬉しそうに笑った。


「王太子殿下のお部屋も用意しておりますので、ゆっくりとお寛ぎ下さい」

「・・・ご挨拶が遅れた我が身に対しても寛大な扱い、感謝致します」


 そしてその笑顔を青年に向け、暗に賢者と部屋は別だと告げた。

 ここからは護衛として扱いはしないという宣言でもある。

 青年も流石に『護衛』であり続けるのは無理かと、素直に諦め王子の言葉を受け取った。


「では参りましょう」


 青年が『王太子』の振る舞いをした事で満足気に頷き、少年は賢者達を促し移動を始める。

 その背中を見つめる賢者は、ここからが本番だなと気合を入れていた。

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