第135話、見極め(合格)

「かっかっか、見たかザリィ、車に乗る時のあ奴の顔を」


 賢者を迎えに来たという男は、悔しそうな顔を隠しもせずに車に乗って去って行った。

 車が見えなくなるまでは令嬢をしていたが賢者だが、見えなくなった所で高笑いを上げる。


 賢者としては自業自得だろうという所であるし、勝手に自滅したという思いもある。

 それ故に同情心など一切なく、むしろ笑い話でしかない。

 何より明確に『喧嘩』を売られた、という事が賢者の中で大きいのだろうが。


 せめて個人で売って来た喧嘩であれば、賢者も多少態度が違っただろう。


「はしたないですよお嬢様」


 ただ両腕を組んで仁王立ちで笑う賢者に対し、侍女が少し呆れた様子で注意をする。

 令嬢としてその振る舞いは如何なものかと。せめて大股開きは止めろと。


「おっと、令嬢を頑張った反動かのう」

「普段通りのお嬢様ですよ」

「ならば良いのではないか?」

「身内だけでしたなら」


 ついっと侍女が視線を動かしたので、賢者も同じ様に視線を動かす。

 その先には賢者を見て苦笑している夫人と次男の姿が有った。


「これは失礼。すまぬな、まだ女児故の戯れと思い見逃して貰えると助かる」

「いえ、お気になさらず。ふふっ」


 賢者は慌てて取り繕い足を閉じ、立ち姿だけ令嬢に戻した。

 夫人は言葉通り余りに気にした風もなく、ただ相変わらず苦笑はしている。

 暫くクスクスと笑う夫人だったが、不意に真面目な表情を賢者に向けた。


「お嬢様のお手を煩わせない様に、と思っていたのですが・・・余計なお気遣いでしたか?」

「いや、気遣いは有難く思う。だからこそお主らに迷惑をかけん様にと思っただけじゃよ」


 真剣に問う夫人に対し、賢者も茶化す事なく応える。

 少しの時間真意を読む様に見つめあい、そして夫人が先に態度を崩した。

 考えても仕方ない、とでも言いそうな笑みを賢者に向けて。


「それは、お気遣いありがとうございます」

「何、こちらこそじゃよ」


 やわらかい笑みと共に告げる夫人に対し、賢者も満面の笑みで返す。

 そんな二人の様子を伺っていた長男は、人知れずホッと息を吐いていた。


「それにしても、話が戻ってしまうがあの男は傑作じゃわい。保身の為に引いた様じゃが、それが保身になると良いがのう」

「ええ、本当に」


 ニヤリと笑う賢者に対し、夫人は少々どころではない冷たい目を外に向ける。

 二人の語る内容は当然訪問者の男の事であり、そして男の未来を想像しての事だ。

 男は確かにこの場は何も咎めない事を条件に下がり、面倒よりも保身を選んだ様に見える。


 だが実際は『悪いのは迎えに来た男だ』という点だけは一切変わっていないのだ。


 第一王子には気遣いへの感謝を、けれど意図に乗る気は無いので男を返す。

 ただし王子が信用出来ないからではなく、迎えの男が信用できない事を理由にした。

 つまり男は保身の為に主の下へ戻り、自分の失態を報告しなければならない。


 更にそこで保身に走るとなれば、自分の失態を隠す可能性もあるだろう。

 賢者は第一王子の誘いが怪しいと思い断った、とでも報告するかもしれない。

 その為にも国王陛下の名前を出したのだ。嘘をつけばバレるぞという脅しを込めて。


 男がそこまで気が付いているかどうかは解らないが、解っていなければ最悪を招くだろう。

 既に帰った後に男が出来る最善は、事を正確に報告して賢者の情報を伝える事か。


(あ奴が本気で保身を考えるのであれば、全力で儂を懐柔する行動が正解じゃが、あの男にそんな真似が出来るとは思えんな。儂を小娘と思うだけならばともかく、脅して言う事を聞かせようと思う様な者ではなぁ。どうせ今までもそうやって来て、それしか方法を知らんのじゃろうよ)


 第一王子。その名を口にした時の男を思い出し、賢者は盛大な溜息を吐く。

 アレは勿論賢者に対し有効な名だと思ったのだろう。事実普通なら有効と思える。

 だが結局それは権力をちらつかせ、脅しをかけるのと何が違うのか。


 つまり今までも男は同じ事を繰り返してきたのだろう、と賢者は思っていた。


「お主らの主はどうやら第一王子とは違う考えの様じゃの?」


 そして夫人が自分の言葉に同意し、これ以上ない程に冷たい目を見せた事で確信した。

 この地の領主一家は、少なくとも第一王子とは違う派閥なのだろうと。

 それが国王なのか、それとも別の王族なのか、その辺りはまだ解らないが。


「そう、ですね。少なくともあの方は、お嬢様を・・・ナーラ・スブイ・ギリグという人物を軽くは見ておりません。だからこそ強引な手段を取られました。貴女に会う為に」

「儂に、会う為に、か」


 少しは惚けた言葉が返って来るか、と賢者は思っていた。

 だが帰って来たのは予想外にも核心に迫る言葉。

 賢者がどのような人物か理解し、その上で会いたいと思っている者が居ると。


「そしてお主らは、儂が本当に会うべき相手かを確かめていた、という所かの?」

「・・・そういった意図が欠片も無かった、とは言えません」

「母上!?」


 驚く次男の態度は余りに自然で、恐らく事情を知るのは夫妻だけだと予想できた。

 勿論次男の演技が上手い可能性も有るが、ここ数日の不器用さを想うと想像しにくい。

 とはいえ自分がここに滞在していら理由を知った賢者は・・・口の端を上げる。


「まあよい。お主らは儂をきちんと出迎え丁寧に歓迎をしてくれた。何より庭園が素晴らしかったしの。お主らと揉めて二度と見れなくなるのは惜しい。じゃから儂は何も聞かんかった。何も知らんかった。ただ楽しくここで過ごした。それでどうじゃ?」


 男と揉めた事実は無かった事にした。だからそれ故に暴かれる事実も無かった。

 何も無かったのだから、夫人が気にする事は何も無い。つまりはそういう意味の言葉だ。


 腰に手を当てて告げる賢者は、それこそ悪戯娘の様な雰囲気を放っていた。

 叱られると思ったんだろう、とでも言わんばかりのニヤッとした笑みで。

 夫人はそんな賢者の態度に目を一瞬見開き、すぐに貴族夫人らしい表情に戻した。


「感謝致します、お嬢様」

「うむ」


 それは年端も行かない子供に向ける礼ではなく、一人の貴族に向ける礼だった。

 勿論礼の仕方に違いは無いが、それでも賢者はそう感じた。

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