老人→女児→熊耳女児、時々子熊

第136話、前提（破綻）

「とは言ったものの・・・気にはなるのう」

　突然の訪問者との騒動を終え、夫人とお茶をして部屋に戻った賢者は呟く。

　あの場では夫人の顔を立てる形をとったものの、本音を言えばとても気になる。

　領主夫妻は一体誰を主として、そして賢者に対しどんな考えを持つのか。

　それを知る事が出来れば、確実とまでは言えないが味方を作れる可能性がある。

（領主夫妻の態度、儂を守ろうとした先程の出来事。それらから察するに、少なくとも今は儂に対し悪い感情を持っている相手ではない。ならば下手な対応は出来んし、せん方が良い）

　賢者の仕事はこの国と揉め事を起こさない為の訪問であると捉えている。

　青年や国王は多少の騒動は許容する気がある様子だが、だからと言って態々揉める必要もない。

　友好的に接する事が出来るのであれば、賢者としては上手く立ち回りたいと思っている。

　それ故に明確に味方になりそうな相手の存在を、本当はとても知りたかったのが本音だ。

　だが領主夫妻は誰の命なのかを口にしなかった以上、語る気が無いという事だろう。

　もしかすると黙っている様に命令が下されているのかもしれない。

　となれば命を破って賢者に事情を話す、という行動をとらせるのは気が引けた。

　庭園は口実に過ぎなかったが・・・いや、多少本音も混ざってはいる。

　けれどそんな建前を使い、何も問わないと約束する程度には一家を気に入っていた。

　そんな賢者を見て居た青年は苦笑をし、仕方ないなという様子で口を開く。

「聞けば答えてえくれそうだけどね」

「そうか？」

「少なくとも今の君相手なら答えてくれるとは思うよ」

「ほむ？」

　腕を組んで悩む賢者に対し、青年は気軽な様子でそう答えた。

　今と以前。どこを差して依然と言っているのか。

　おそらくは訪問者に対応する前か後かという事だろう。

　賢者には解らないが、青年にはその前後で何か察する事が有ったらしい。

「・・・じゃが儂は前言を撤回せんぞ」

「何か理由が？」

「一度宣言した事を曲げるのは信用を損なう。どうしても曲げねばならぬ事であれば曲げるが、これは儂が上手く立ち回れば良いだけの事じゃ。故に儂からは問わぬ」

「成程。ナーラらしいと言えばらしい気はするね」

　ふっと苦笑しながら告げる青年に対し、侍女は少し所ではない冷たい目を向けていた。

　もし口を開いていれば『お前にお嬢様の何が解る』と言っていたと思えるほどに。

　勿論青年は侍女の視線に気が付き、けれど表面上は気が付いていない様な態度を見せている。

「ま、どうせ迎えが来て城に向かえばその内解る事じゃ。儂を呼んだのが国王陛下なのか、それとも国王以外の王侯貴族なのか。宰相辺りの可能性も有るのではと思っとるが、どうかの」

「可能性は無くはない、かな」

「お主の予想は？」

「継承権の低い王族の血を引いた誰か、という可能性も有るかなと思ってるよ」

「継承権の低い？　何故じゃ？」

「ナーラを味方につけて優位に立とう、って事さ」

「・・・そ奴は儂の力を信じている、という事かの」

「可能性は有ると思うよ。領主夫妻の様子を見た限りではだけどね」

「ふむ・・・」

　正直な所、賢者は夫妻が自分の事を子供と見て居る事を理解していたし、そう振舞っていた。

　別段今更不快とも思わないし、むしろ自分が女児だという自覚すらある。

　故に周囲が子供扱いをしたとしても、それは致し方ない事だと感じていた。

　故に夫人が賢者に対する態度を少し変えたのは、単に子供扱いを止めただけだと思っている。

　とはいえお茶の段になると態度が元に戻っていたので、やはり子供とは思われているが。

　いや、単純に女の子が家に居る事が楽しいだけの可能性も大きい。

　ともあれ夫人は賢者を『精霊術師』として見ているから態度を変えたとは思っていなかった。

　だが青年の言葉でふと気が付いた。そもそも前提条件が違うのではないかと。

「元から儂を精霊術師として見ており、その上で人間性を確認されておった、という事か」

「その可能性は大きいと思うよ。少なくとも領主殿はね」

「ふむ、儂にはその辺り何にも気が付けんかったが・・・」

「ナーラに対しては努めて態度に出さないように気を付けていたから。でも私は結構視界が広くてね。目の端に鋭い目で君を見て居る領主を確認出来てるよ」

「マジかぁ・・・全然気づかんかったわい」

　青年の言葉に大分驚く賢者。何せ本気で何も気が付けていなかったので。

　敵意や悪意を込められたなら気が付けたが、そんな気配はみじんも無かった。

　つまり本当にただ賢者を見極めていただけなのだろう。

「まあ、そういう事であれば、一応合格は貰えたという事で良いのかの？」

「領主殿は随分前からそのつもりの様に見えたけどね」

「そうなのか？」

「少なくともナーラが隠れている護衛に気が付いている、って事には気が付いてるみたいだよ。護衛達もナーラの視線には気が付いてるだろうし、報告もしてるだろうからね」

「あー・・・確かにあの護衛に気が付く子供は普通居らんか」

　賢者はここで過ごす日課として、護衛の数と場所を先ず当てる遊びをしている。

　護衛からすれば堪った物ではないだろうが、賢者としては把握しておきたい気持ちが強い。

　因みに熊にすぐ答えを教えて貰うのも訓練にならないと、頑張って自力で探り当てていた。

　現状正解率は９割５分である。稀に外す程度の精度なので中々のものだ。

　とはいえそんな感じだからこそ、余計に視線を向けて気が付かれる事になった訳だが。

「ならば儂は特に気にせず、今しばらくのんびり過ごさせて貰うかの。お主に異論が無ければじゃがの、ローラル」

「仰せのままに、お嬢様」

　賢者の決定に逆らう気は無いと、青年は深々と腰を折って了承する。

　その様子を見れば誰も彼が王太子などとは思わないだろう。

　何時までそんな事を続けるのやらと、賢者は苦笑しながら頷き返した。