第134話、精霊術師(王侯貴族)

 第一王子殿下。その言葉を聞いた賢者の心は困惑に満たされていた。

 当然だろう。賢者視点からすると、目の前の男は失礼を立て続けに行っていた。

 そんな男が王子の命を受けて賓客を迎えに来た、と言われて信じられるだろうか。


 むしろ何故こんなにも自信満々な表情なのかと、若干理解不能に陥っている賢者である。


「王子、殿下、ですか・・・」


 そのせいで即座に反応を返す事が出来ず、オウム返しの様に言葉を発してしまう。

 だがそんな賢者の困惑を見た男は明後日の方向に理解した。


「ええ、第一王子殿下です」


 またも自信たっぷりに王子と口にする男に、賢者は段々冷静になって来る。

 おそらく男の中では『王子』の名を出せば断られるはずが無いと思っているのだろうと。

 事実普通の出来事なら間違いなく断れない。王族の言葉を蔑ろには出来ないのだから。


 だが男は誰に対して発言をしているのか解っているのだろうか。

 賢者は他国の貴族だ。そして国に賓客として呼ばれているのだ。

 それは王子よりも上の存在に、国王に呼ばれてやってきているという事。


 ならば国王の決めた予定を崩す王子殿下、等と言われて信用できると思うのか。


(出来ると思っとるんじゃろうなぁ。いや、小娘ならば王子と聞けば食いつくと思ったか)


 子供というものは夢見がちであり、権力という者もいまいち解っていない事が多い。

 普通ならば王子など、寝る時に聞く物語程度の認識しか無いのが殆どだ。

 だから王子様が迎えに来たと言われれば、女児ならばあっさりと食いつくかもしれない。


(いや、女児でなくとも食いつく可能性は有るか。王子狙い、ならば)


 賢者は一切興味が無いが、王族との結婚を夢見る貴族も少なくは無いだろう。

 特に自分の国より大きな国の王子に会える、となれば可能性を見出す事もあるはず。

 たとえ王子がすでに結婚していたとしても、側妃になれる可能性を見出して。


 当然そのどちらの想いも無い賢者としては、目の前の男が阿呆にしか見えないのだが。


「そうですか、王子殿下にはお気遣い頂きありがとうございます、とお伝え下さい」

「ええ、それは勿論」


 気を取り直した賢者はそれこそ満面の笑みで応え、男もにこやかな笑みで返す。

 だが賢者がそれ以上の言動を見せない事で、ようやくおかしいという事に気が付いた。

 そして賢者の言動を咀嚼し直した事で『断られた』という事に気が付く。


 王子に伝えろと言う事は、このまま帰れと言われたのだと。


「ご用件はこれでお済みでしょうか」


 男が状況を理解した、という所で賢者が訊ねた。それは疑問でありながら明確な拒絶の言葉。

 これ以上の用が無いならとっとと帰れ、という意味が含まれている事は明白だ。

 男はそんな賢者に対し驚愕し、けれどすぐに取り繕った笑みを見せる。


「宜しいのですか。王子殿下の誘いを断られる様な真似をして」

「・・・どういう事でしょう」

「貴女の無礼は国の無礼。小国に過ぎない貴女の国を我が国がどう思うかで、貴女の国の未来は決まるのですよ。その様な真似を他の者にすれば・・・我が主はそんな貴女と貴女の国の先を憂いて手を差し伸べに来たのです。どうか賢い判断をして下さい」


 この段に来て賢者に対し子供を扱う様な真似を止め、けれど止め切れていない言葉を吐く男。

 目の前の女児が賢いという事は解った。王子の名を出すだけでは駄目だとも解った。

 だが解ったのはそれだけであり、賢者がその程度の脅しに乗るかどうかも理解できていない。


「つまり貴殿は私を脅すと、そういう事ですね」

「っ、な、なにを、私は貴女を救う為に・・・!」

「断ればどうなるか解っているな。私にはそうとしか聞こえませんでしたが?」


 その通りだ。そしてその通りだからこそ、目の前の小娘は頷くと思った。

 自分の言動一つで国に迷惑がかかると言われ、動揺した小娘を組み伏せられると思った。

 だが実際は男の目の前に座る女児は、それこそ戦場で敵を見る様な視線を向けている。


「ならば良いでしょう・・・その喧嘩、買ってやろう。いや、儂が先に売った喧嘩じゃったか。まあどちらでも構わん。お主の主が、第一王子が儂を小娘と侮ると言うのであれば、儂も相応の態度をとらせて貰う。儂の肩書が貴族の位としてどの程度かも理解しておらん小僧が」

「は・・・?」


 賢者はスクッと立ち上がると、魔力を迸らせながら男に告げる。

 目の前の男も、そして男に命じた王子殿下とやらも、賢者の事を軽く見ている。

 大貴族のご令嬢だと。はりぼての神輿だと。勿論賢者はそうみられても構いはしなかった。


 それは道中で能天気女児として振舞っていた事からも確かだろう。

 だがそれに絡めて国に喧嘩を売る様な真似をする、と言うのであれば話は別だ。

 突然様子が変容した賢者に対し、男は呆然とした表情を向けている。


「お主は知らん様じゃがな、儂の国では精霊術師とは王族と並ぶ貴族じゃ。つまりお主は大国の王子の名を使い、他国の王族に喧嘩を売ったに等しい。儂が何かやらかしたのであれば兎も角、お主らから脅しにかかって来たんじゃ。そこに大義など有るかのう?」

「なっ・・・!?」


 賢者と男の会話は、王子の名を出すまでは何の問題も無かった。

 男は無様を晒し続けていたが、賢者はそれを不問としていた。

 勿論言葉に嫌味を乗せまくっていたが、それでも何も問題無しという事にしていた。


 故に貴族同士の些細な喧嘩、お互いだけで済む丁寧な嫌味の応酬のみの話だ。

 だが男はその先に進んだ。何を目的としてかは解らないが王子の名を出した。

 それだけならばまだ問題は無かったが、問題はその名で脅しをかけた事だ。


「この件は国王陛下に直接問わせて頂く。それが貴方の国の考えなのかと」

「ふざっ――――」

「ふざけておるのはどちらじゃ!!」


 男はまさか目の前の女児のとんでもない言葉に激高しかけた。

 だがそれを抑える様に、目の前の女児こそが激しい怒りを見せる。


「今儂が言った事をもう忘れたか。ああ、お主は大国にてそれなりの立場の貴族なんじゃろう。じゃから儂も相応の礼儀を見せた。じゃというのに貴様は何じゃ。小国とは言え他国の王族に等しい貴族となれば、お主よりも上の貴族じゃろうが。今のがそんな相手に対する態度か!」

「っ、そ、それは・・・」

「それに儂が陛下に問うて何の問題が有る。儂の立場であれば直接会談の場を設けて貰う事に何の問題も無かろう。そもそも儂は国に賓客で呼ばれておるんじゃからな」


 賢者は激高する様子で言葉を叩きつけながらも、心の中は結構冷静だった。

 むしろ怒っている「フリ」をしながら、さてどう落とし所を付けるかと考えている。

 目の前の男だけをこき下ろすならば良いが、このまま王子とのいざこざになるのは面倒だと。


 王子の行動など問題は無いという風に見せているが、実際にそうなっては面倒極まりない。

 この国は大国で、賢者の国は小国だ。悔しいが情報操作次第で大義などどうとでも出来る。

 国王に問うて上手く事が運べば良いが、自国の王子と小国の貴族のどちらを重きに置くか。


 その点を考えてしまうと楽観視は出来ない。むしろ悪化の可能性すらある。

 だからと言って国王の意図を無視した王子の下へ、というのも嫌な予感しかしない。

 ならばここは上手く落とし所を見出し、大事にならないようにしておきたい。


「とはいえ、王子殿下が本当に気遣いから人を出したのかもしれん、という事も有るじゃろう。じゃが王子殿下の思惑がどうあれお主は信用出来ん。じゃから今回の件は無かった事にするのであれば、儂も陛下には何も問わん。お主の無礼も見んかった事にしよう。どうじゃ?」

「どう、と、言われましても・・・それは・・・」

「何じゃ、突っぱねるならば先程の言葉通りに行動するだけじゃぞ。殿下は兎も角、お主の立場はどうなるんじゃろうな。いや、お主だけの処分で済めば良いがの」

「っ・・・!」


 明確な仕返し。王子の名を使って脅されたので、国王の名を使って脅し返した。

 意趣返しの様な、いや、様なではなく間違いなく意趣返しだ。

 けれど男は賢者に返す言葉が出て来ない。最悪の事態を想像してしまったが故に。


 そして今度は誰も言葉を発しない時間が生まれ―――――。


「こ、この件は、お嬢様が感謝していたと、殿下にご報告いたします・・・」

「ええ、宜しくお願いしますね」


 苦渋の決断を下す様な声音で、男は敗北の言葉を付けた。

 勿論返事をした賢者は令嬢モードで満面の笑みである。

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