第133話、迎え(違う)
おそらく賢者のみならず、この家の者達の事も侮っていたのだろう男。
その男は目の前の居る熊耳女児に呑まれていた。余りにも理解不能な子供の存在に。
馬鹿にされている事は解る。喧嘩を売られている事も解っている。
だが解らないのだ。目の前の存在が、大の大人相手にそこまで出来るなどと言う事実が。
自身の常識に照らし合わせたとしても、どれだけ利口な子供でもありえない。
そう思ってしまう程に目の前の女児は令嬢であり、子供らしい未熟さを感じ取れない。
同時に夫人と子供達も同じ様な目を賢者に向けていた。
この数日間で見て来た賢者と、今の賢者の持つ空気が余りに違い過ぎて。
とはいえそれでも男は貴族だったのだろう、子供に呑まれた恥からか気を取り直す。
「これは失礼致しましたお嬢様」
気を取り直した男は内心怒りが沸き上がっているが、それを抑えて礼を見せる。
相手は貴族令嬢として喧嘩を売って来た。しかも令嬢とはいえ女児だ。
だと言うのに貴族の礼で女児に劣る、等と言う無様を認める訳にはいかない。
自国内の貴族であれば男は怒鳴り返したかもしれないが、一応相手は客人なのだ。
言葉を選んで揶揄するのであれば兎も角、直接的な言葉など吐く訳にはいかない。
もしそんな無様を晒したと知られれば貴族社会では大きな恥となる。
「私は―――」
「失礼、先ずは座っても宜しいですか。立ち話を続けるのも如何な事かと思いますので。ああ、申し訳ありませんお言葉を遮ってしまって。自分の言いたい事を優先してしまう身が余りに子供で恥じるばかりです。本当に心からお恥ずかしい」
だが賢者は男が自分の名を名乗るのを塞ぐように、いや、実際塞いで言葉を発す。
貴様が無様を晒した挽回をするよりも、先ずは礼をとった娘を座らせるべきではと。
あっけにとられた時間、賢者が話し続けた時間、つまり賢者がここに来て時間が経っている。
その間に男がすぐに挨拶をしたならばともかく、男は賢者を放置していたに等しい。
だと言うのに客人を席に着かせもせず、自分の事だけを考えているのかお前は。
にっこりとした笑顔で座る事を願いつつ、真意を込めた言葉で男を突き刺す賢者。
当然男も何を言われたのか理解して更に怒りが増し、膝に置かれた手が強く握られている。
だが文句を言ってしまえば、それこそ賢者の言う通り『子供』になってしまうだろう。
そんな恥は受け入れられない。男は矜持により怒りを抑え込んだ。
「失礼、ご令嬢を何時までも立たせる訳にはいきませんね。どうぞ」
「感謝致します」
賢者一礼してから席に着く。勿論夫人達側の席に。
暗に自分は「こちら側だ」と告げる様に。
勿論客人として座る以上、今の場所に座るのはおかしくない。
それでも賢者は明確な意思を込めて座る場所を決めた。
当然男もそれを理解し、賢者が座ったのを確認してから口を開く。
「お嬢様には重ね重ね失礼をした事、申し訳なく思います」
「あら、何の事でしょう? 重ねた失礼など・・・私、他に何かされていたのですか」
男は先ず落ち着いて謝罪を口にするが、賢者はすっとぼけた態度で返す。
謝るのであれば何に対してなのか、明確に言葉にして見せろと。
賢者はここに至るまで自らの発言は謝罪しかしていない。相手を責めていないのだ。
つまり失礼をして申し訳ないと謝りつつ、全力で嫌味を言い続けていた。
故に相手が謝るのであれば、それは何の謝罪なのか確かめる事におかしな事は無い。
当然そんな賢者の言動がわざとだという事は、男も夫人達も理解している。
「っ・・・!」
だが賢者の内心がどれだけ黒かろうと、現状は男が墓穴を掘っただけに過ぎない。
誰も責めていないのに謝った男。だがここで勘違いだと答える事も出来なくはない。
出来なくはないが、出来るとも言い難い。何故なら男は貴族なのだから。
貴族が特に意味も無く謝罪を口にする。そんな事は本来許される事では無い。
賢者はしょっちゅう謝っているが、少なくとも男の中の『貴族』とはそういう物だ。
故にここで何でもないと言う事も恥であれば、恥を認める事も恥でしかない。
だがどちらを選んでも恥だとすれば、男は貴族である事を選択する。
「お客人のお迎えに先ぶれを送らずに訪問した事は大変申し訳なく思います。お嬢様の立場を考えれば失態というしかありません。貴族として恥じ入るばかりです」
賢者に用があるにもかかわらず、その先ぶれを送る事が無かった。
この点はどう足掻いても言い訳は出来ないだろうと、男は賢者に対して謝罪する。
当然内心は『この生意気なクソガキが』と思っているが、それはけして表に出さず。
そんな男の態度を見た賢者は少しだけ見直し、けれどそれはあくまで少しだけだ。
賢者にとって目の前の男が気に食わないという事実はまだ揺るがない。
そもそも男の目的すらまだ解っておらず、話は一切先に進んでいないのだから。
それもこれも全部目の前の男が問題行動をしているせいだ、と思うとやはり呆れてしまう。
「謝罪を受け取らせて頂きます」
とはいえ流石にこれを突っぱねる訳もに行かず、賢者はニコリと笑って受け入れる。
男はそんな賢者の態度に心の中で息を吐き、やっと話が先に進むと感じた。
そして男はここでようやく自分の名を名乗る事が出来、名乗りと同時に賢者に礼を見せた。
とはいえ余りに今更な話であり、賢者は男の名前を覚える気はほぼ皆無であったが。
そこそこ位の高い貴族であり、王族に命じられて迎えに来たという事だけ認識しておいた。
この件が終わったら顔と印象意外忘れる気満々である。
「貴方が私の迎えに・・・式の迎えに来た、という事ですか」
「はい。他国の高位貴族のお嬢様をお迎えという事で、護衛は精鋭を連れてきております。道中賊に襲われる心配もございません。今日・・・は性急ですね。明日にでも出発致しましょう」
男は賢者の迎えに来たと告げ、一見穏やかに見える笑顔を浮かべる。
内心は何を考えているのやら、と思いつつチラッと夫人を見た。
すると夫人は賢者の視線に気が付き、男が気が付かない程度に首を横に振る。
(・・・つまり、この男は迎えだと言っているが、本当は別の者が迎えに来る予定だったという事かの。故に外でこの男と揉めて、儂を会わせん様にした訳か。言葉巧みに儂が連れて行かれる可能性を考えたという所じゃろうか。儂が行くと言えば止められんじゃろうしな)
あくまで賢者は客人であり、その客人が望めば行動を止める事は出来ない。
勿論裏で話を通す事も出来るだろうし、その為に今日は出ないように願ったのだろう。
だが賢者は出てきてしまったし、目の前の男はなんだか気に食わない。
少なくともこのまま男の言う通り素直について行く、という選択肢は賢者には無い。
「失礼ながら、私の知っている予定と違うのですが・・・何か問題が発生したのですか?」
「いえ、問題など何も。ただお嬢様の到着を知りながら、何時までも辺鄙な所に置いておくのも失礼にあたるかと。早々に王宮に招くべきだと判断した次第です」
「それは一体どなたが?」
「我が主にございます」
我が主。上手い言い方だと賢者は思った。何せ賢者は王族の式に賓客で招かれている。
つまり差出人は一応国王であり、ならば主とは国王陛下の事であろう。
そう思えば断るのは失礼か、と普通なら思っておかしくない。
「貴方様の主・・・申し訳ありません、恥を晒すようですが私はこの国の事情に疎く、貴方様の主がどなたなのか解らないのです。もし良ければお名前をお教えいただけませんか?」
賢者がそんな事を許すはずもなく、申し訳ない顔を作りながら訊ねる。
だが男はその質問が来ると予想していたのか、にこりと笑って口を開いた。
「第一王子殿下にございます」
この名を出せば断る事は無いだろう。その自信が男の笑みから見て取れた。
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