第131話、異変(突撃)
賢者が領主一家に世話になり数日が経った。
二日目に夫人と三男、そして次男との庭園の茶会のおかげか仲は悪くない。
むしろ良い関係を作る事が出来た、といって良い状況に有る。
特に三男はあの茶会の後でも心が折れる事無く賢者に接していた。
それが良い事か悪い事なのか、見て居る皆は複雑な思いを抱えてはいるが。
賢者に振り回される三男を不憫だと、おそらくそれだけは全員の共通認識だろう。
当の賢者はそんなつもりが無いのでたちが悪い、というのが侍女の素直な気持ちだ。
勿論賢者とて三男の態度で自分を良く思っている事ぐらいは解っている。
何せ自分は可愛い。ならば歳が近く可愛い自分に想いを抱くのは自然だろうと。
「お嬢様、余り期待させる事をしてあげない方が良いと思いますよ」
「え、儂、そんな事しとる?」
しかし侍女に注意された賢者はこの通りである。期待を持たせる行動をしているつもりが無い。
そんな賢者に頭を抱える侍女であるものの、仕方ないかと大きなため息を吐いた。
「お嬢様が残念な子だという事を、私は最近忘れておりました」
「・・・ザリィよ、それは酷くないか?」
「いいえ。少々安心しました。お嬢様はやはりお嬢様だなと」
「・・・やっぱり酷くない?」
侍女の言葉に不満を抱く賢者だが、そんな様子を見て侍女はクスクスと笑う。
それどころか護衛も少し笑顔を見せていて、尚の事賢者は頬を膨らませた。
しかし拗ねる賢者を見て皆恐れるはずもなく、むしろ可愛らしいとしか思わないが。
それに侍女は本当に少し安心していた。最近の賢者を見て来たが故に。
自分の知っているお嬢様だと思えた事で安堵してしまったのだ。
まあ良いか悪いかで言えば、実際の所良くは無い事なのだけれども。
それはきっと道中の旅路と違い、この領主館ではのんびり過ごせているのが大きいのだろう。
「領地に帰ったらゆっくり過ごせると良いですね」
「そうじゃのう。流石に今回は、帰った後は暫くのんびりしたいのう」
今回の旅は賢者にとって唯々疲れるだけの日々が多い。
勿論先日見せて貰った庭園や、領主一家との生活は中々悪くない。
けれどそれ以外の道中は大なり小なりストレスが溜まっていた。
侮られる事は解っている。気に食わないと思われている事も解っている。
全て承知の上での振る舞いをしているが、だからと言って心から平気な訳ではない。
能天気に振舞う事も有ったが、その行動の大半は意図して見せた能天気さだ。
中には素でやっている事もありはするが、それでも自分を抑えての事には違いない。
不満も疲れも抱えてストレスを溜めながらの旅路で、地味に賢者も疲れてはいる。
帰ったらのんびり過ごしたいと、そう思うのも致し方ない事だろう。
「まあ後少しの頑張りじゃ。式を急遽行うという事で儂は急ぐしかなかったが、逆を言えば式はすぐに終わると言う事じゃしな。本当の国賓の様に招かれて暫く逗留する事も無い。その点だけは良い事じゃと思えるのう」
「かもしれませんね」
賢者が断れない様に企まれた結婚式。それは賢者を呼ぶ為に予定を詰めている。
普通ならば王族の式に国賓として呼ばれた場合、もっと前から国に入っている必要があった。
それこそ滞在日数が何倍になるか解らず、その点を考えれば式の詰め加減は悪い事では無い。
とはいえそのせいで慌ただしく旅をしてストレスを溜めているのだが。
「ふざけるな!!」
そんなのんびりとした会話をしている二人の耳に、開いていた窓から大きな声が響く。
「・・・何じゃろうか今の。聞き覚えの無い声じゃったの?」
何事かと窓から顔をひょいと出し、そんな賢者が落ちない様にと侍女は体を支える。
護衛達も何か騒動が起きたのかと、確認の為に一人動き賢者の背後から外を伺った。
しかし先程の大きな声以降、叫ぶ様な声は聞こえない。
なので最初はどこから聞こえたのか解らなかったが、少し見回して発生源を見つけた。
領主夫人と次男と護衛達が外に出ており、その前に立っている男と兵士達を。
間違いなくそれだとは言えないが、可能性は高いだろうと思いながら見つめる。
「・・・何やら険悪そうじゃの」
「そう、ですね」
角度的に夫人達の表情は解らないが、次男と護衛が少し警戒しているのは解る。
そして何よりも機嫌の悪そうな男の態度と、その護衛であろう兵士達の態度だ。
何時でも武器を抜く。そんな気配を漂わせていれば良くない状況だと解る。
一体何が有ったのか。ここからでは会話は微かにしか聞き取れない。
魔法で聞こうと思えば聞けはするが、聞いて良いものかと少し悩む。
勿論人目につく所で喋っている時点でそこまで隠すつもりは無いのだろうが。
ただそこで彼らは動きを見せ、どちらも警戒した様子のまま室内へ入って行った。
それとほぼ同時に部屋にノックの音が響く。
何かと問えば、屋敷の使用人が夫人からの伝言を伝えに来たとの事だ。
『本日厄介なお客様が訪問されましたので、暫くの間は外出されない方が宜しいかと。お嬢様の行動を制限させてしまうのは大変心苦しいですが、不愉快にさせてしまうよりは良いと判断致しました。勿論お嬢様がそれでも動かれるのであれば止めるつもりはありません』
一語一句間違えずに伝えたのであろうその言葉を聞き、賢者はすぐに先程の光景を思い出す。
おそらく叫び声が聞こえる前から何か話していたのだろう。
そしてそれよりも前に伝言を頼んでいたからこそ、このタイミングで使用人がやって来た。
つまり絶対に会わせたくないのだろう事は伺える。
「儂が不快になるという事は、やはり儂関連の相手、という事になるのかの?」
「おそらくはそうだと思われますが」
「・・・やはりこの一家の態度が特殊だった、という事かの」
「その可能性は大いにありますね」
この国に入って初めて接したのがここの領主一家で、そして彼らは皆とても友好的だ。
だから国としてもそう接してくれるのか、と賢者は思い始めていた部分が有った。
しかし伝言と先程の男の態度を見る限り、そうではない可能性を強く感じる。
「・・・どう思う、ローラル」
「さて、接触して見ない事には何とも言えないかな」
ここまで賢者の動向をずっと黙って見て居た護衛・・・青年はそう答えた。
とはいえ青年の表情から、多少察しがついている様子も感じ取れるが。
それでもそんな風に答えたのは、賢者が不快な思いをする必要は無いと思った故だろう。
「ふむ・・・行ってみるか」
けれど賢者は大人しく引っ込むという選択をせず、自ら突っ込む事を決めた。
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