第130話、似てない(似ている)
「いやぁー、良い庭じゃった。誘ってくれて感謝するぞ。本当にありがとう」
「は、はい・・・」
夫人と合流した庭師と共に、庭園の案内かつ解説つきで堪能した賢者。
別段今まで庭などに興味の無かった賢者だが、今回の件で大分興味を持った。
帰ったら母と色々話してみるのも面白いかもしれん、等とまで考えている。
因みに道中ずっと三男の手を握っており、賢者はその事を忘れていたりする。
それぐらい賢者は今回見た庭園に感銘受け、三男の感情の機微など頭から吹き飛んでいた。
故に満面の笑みで礼を告げ、至近距離で笑顔を見た三男は狼狽えながら頷くしか出来ない。
そもそも道中いつでも放す機会があったのに、ずっと握っている時点でお察しだろう。
「お嬢様に満足して頂けた様で何よりです」
「うむ、満足じゃ。本当に良いものを見せて貰った。儂は庭には本当に興味無かったんじゃが、今回で惜しい事をして来たと思えたからの。これからはもう少し気にしてみるとしよう」
賢者のこれまでの旅路を考えれば、望めば他の領主館の庭園も見れただろう。
だが賢者自身に興味が無かったが故に、そういった物は見て回っていない。
唯々寝泊まりの為だけに、相手の顔を立てる為だけに領主館で過ごした。
だからこそ余計に惜しい事をしたと思い、そして今度からは本当に気にするだろう。
とはいえ今回ほどの見事な庭園を見れるかと言えば、それは難しい話なのだが。
この庭園は夫人の熱意からであり、付き合ってくれない周囲への想いも有る。
勿論庭師が付き合ってくれてはいるが、それはそれとして家族の話だ。
夫が余り花に興味が無い事は知っていた。だから子供に夢を持った。
けれど生まれてきた子は皆男児で、かつ夫に似て花に興味を持たない。
次は娘を、次こそは娘を・・・という望みも叶わぬまま三男が生まれた。
勿論夫人とて息子が可愛くない訳ではない。むしろ子供達の事は愛している。
ただ愛している事と、自分の趣味に付き合ってくれない寂しさや不満は別の話だ。
けれどそんな不満を家族にぶつけ過ぎない様に、代わりに趣味に全力を注ぐ事に。
結果がこの庭園の力の入り様であり、となれば他で同じ事が起きるかと言えば難しい。
勿論関係なく庭園に力を入れている所もあるだろうが、少なくとも多くなはい。
そんな訳で賢者の感動から芽生えた気持ちは、暫くは残念な思いを抱く事になるだろう。
「ふふっ、女の子は良いですね。庭園を一度歩いただけでこんなにも喜んでくれる。出来れば共にこれからどうするかも語りたい所ですが・・・流石にそれは難しいですね。やはり頑張って娘を生むしかありませんね・・・」
そして感動する賢者の様子を見て居た夫人は、尚の事娘を持つ夢を強くしていた。
娘が出来ればこの幸せな時間が普段から過ごせると、それこそ幸せそうな表情で。
けれど賢者はそんな夫人の言葉を聞いて、少々困った様子を見せていた。
(あー、いやー、どうなんじゃろうなぁ・・・儂が本当に女児なのかは悩む処じゃし、儂の感覚としてはむしろ、老人が老後に見る趣味に感動した感覚が近いんじゃが・・・)
若い頃の様に働けなくなった老人が何かしらの生きがいを見つける。
そしてその生きがいに魅力を感じた老人が感心した様子で眺める。
賢者の感覚としてはそれが一番近く、女児だからという理由ではない気がしていた。
(じゃがそれを口にする事も出来んし、こんな若く綺麗な夫人を老人扱いは出来んし・・・そう言えば次男はそこそこの歳で、長男は働いとるんじゃよな。年齢不詳じゃな、このご夫人)
賢者の母は賢者が初の子供であり、まだ賢者自身は女児な事で若くて当然だ。
貴族女性の結婚は普通は早く、そして子もなるべく早く望まれる。
とはいえ賢者の母は普通の貴族の基準とは少々違うので、子はのんびり構えていたが。
ともあれ本当に若い母と違い、夫人の実年齢以上の若さに今更賢者は驚いている。
「さて、そろそろ良い時間ですね。とはいえ昼食には早いですし、お茶にでも致しましょう。庭園にテーブルを用意して、庭を眺めながらは如何ですか?」
「ふむ、お誘い頂けるならば喜んで」
「では用意致します」
最初とは違い完全に緩い様子を見せる夫人に、賢者も穏やかな様子で応える。
初日で随分馴染めたなと思いながら、これなら数日間は気分良く過ごせそうだと。
そうして使用人に促されるままにして、お茶の用意された席に着く。
「手早いの。これは元から用意しておった、といういう事かの?」
「はい。案内の途中で指示を出しておきましたので、最初からという訳ではありませんが」
「ここの使用人達は優秀じゃのう」
「ふふっ、我が家の自慢です」
お茶を一口飲みながら賢者が褒めると、夫人は自らの事の様に喜んだ。
そんな夫人を見て使用人達も嬉しそうな当たり、主従の関係性は良好なのだろう。
因みに三男は流石に手を離しており、心を落ち着けようとしながらお茶を飲んでいる。
とはいえ賢者の顔を見る度に手の柔らかさを思い出し、ちっとも落ち着きはしないのだが。
そうしてのんびりとしたお茶の時間を過ごし、ただそこに新たな客が現れた。
「失礼、お楽しみの用ですね。邪魔を致しました」
次男が庭園に現れ、けれど賢者達を確認すると頭を下げて踵を返した。
賢者はそんな次男をポケッと見送ったが、夫人はそれで納得しなかった様だ。
「待ちなさい。何か用があったのではないのですか」
「特に用があった訳では有りません。ただ何となく足が向いただけです」
「そうですか。では先ず席に着きなさい。ここに来たという事は休憩なのでしょう。少しぐらい母とお客様にお付き合いなさい」
「・・・解りました」
三男と違い物静かな次男は、母の言葉に従いテーブルへと向かう。
そんな次男を見つめる夫人は、何やら確かめる様な目をしていた。
けれど次男はその目を特に気にした風もなく、自然体で席に着いた。
そして使用人からお茶を受け取ると視線を賢者に向ける。
ただその視線は今までと違い、どこか気遣う様子が見えていた。
「・・・本当に邪魔ではありませんか?」
「む? うむ、別に邪魔などではないぞ。むしろ儂が邪魔をしておると思っておる」
「そうですか」
笑みで応えた賢者の返答で納得したのか、音を立てずに茶を飲む次男。
どうやら踵を返した理由は、本当に言葉通り邪魔だと思ったからだった様だ。
その事を察した賢者は思わず苦笑をしてしまい、何という似た者親子だと思った。
(領主殿は全員自分に似たなどと言っておったが、十分母親に似ておるではないか。どこか不器用な態度がそっくりじゃわい。やはり少し接しただけでは解らんもんじゃの)
ニコニコ笑顔でお茶を啜る賢者に対し、次男はどこか不思議そうな物を見る目を向ける。
けれど機嫌が良いならそれで良いかと考え、特に何かを問う事は無かった。
「お主は良く庭園に足を運ぶのかの?」
「良く、という程ではありませんが、落ち着きたい時は偶に」
「確かにここは、のんびりと過ごすには良い場所じゃな」
「ええ。良い庭だと、そう思います」
賢者の問いにさらっと応えた次男の言葉に、夫人が目を丸くして見つめていた。
「貴方、庭園に興味があったのですか?」
「眺める分には多少程度は有りますよ。母上程の熱を持ち合わせておりませんので、申し訳ありませんがお付き合いはしかねますが。ただ我が家の庭は昔から好んでおります」
「・・・言ってくれても良かったではないですか。知りませんでしたよ」
「下手に興味が有ると口にして期待をさせたくなかったので、周りにも口止めしておりました」
「・・・そうですか」
夫人はどこか不貞腐れた表情で、そのせいか少し幼く見える。
次男はそんな母の表情に少し気まずい気持ちを抱えていた。
だから今まで言わなかったのだがと思って。
「良かったではないか奥方殿。貴女が丹精込めた庭を息子が好いてくれている。それは間違いなく貴女の望みが叶ったのではないかの。まあ、一緒に、という訳にはいかんかった様じゃが」
「・・・そうですね。そうかもしれません」
けれど賢者が笑みと共に告げた言葉で、夫人は考えを改め優しく笑った。
子供と楽しめたら嬉しい。確かに最初の願いはそれだった。
勿論本音を言えば付き合って欲しいが、それでも願いの一部は叶っていたのだと。
「また今度、庭でのんびりとお茶でもしましょうか」
「解りました、母上」
親子の会話としては若干そっけなく感じたが、それは和解の言葉だったのだろう。
変に不器用な親子が変に確執を持つ前に理解しあえた。その事に賢者は笑みを浮かべる。
(そう言えば母上は基本いつもニコニコしておるが、不満ははっきり言う人じゃったの。やはり下手に溜め込んだり黙っておると拗れるんじゃなー。儂も気をつけよう。な、熊)
『グォウ?』
一番身近な相棒に賢者は声をかけたが、特に溜め込んだ覚えのない熊は首を傾げる。
むしろ賢者が声をかけるべきは青年なのだが、熊がそんな突っ込みをするはずも無かった。
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