第129話、庭園(山)
奇妙な親子の一幕は有りはしたものの、結局結論が覆る事は無かった。
つまり夫人も一緒に庭園の向かう事になり、三男はとても微妙な顔をしている。
そんな息子の態度の気が付いているかいないのか、夫人は穏やかな笑みを浮かべていた。
夫人が先頭を歩き、三男と賢者がその後ろを付いて歩く。
当然それぞれの侍女や侍従、護衛も付いてはいるが。
(侍女兼護衛、って感じじゃのう)
夫人の傍についている侍女は、常に周囲に気を配っている。
それは侍女としてというよりも護衛としての空気感。
ただしそれは邪魔になるものではなく、気が付かない者は気が付かないだろう。
少なくともただの子供であれば、気にも留めない程度の些細な気配。
つまりただの子供ではない賢者からすれば少し気になってしまう。
(魔法使い、という訳では無いのかの。ゆったりとした使用人服じゃし、暗器の類を仕込んでる可能性も有るか。うちのザリィも一応短剣の類は仕込んでおるらしいしのう)
賢者の侍女は戦える程の能力は無いが、それでも自衛の為の鍛錬はしている。
自分を守る為の鍛錬ではないので、自衛というのはおかしいかもしれないが。
ともあれザリィの仕込み短剣を思い出しながら、前を歩く夫人の侍女を見つめていた。
(というか、ここの使用人は全員戦えそうな感じじゃの)
男性は言うに及ばず、女性の使用人達も動きが良い。重心のぶれる様子が無い。
歩くだけで明らかに『使用人』以外の能力を持っているだろう事が伺える。
勿論それは賢者や青年の様に、戦う術を知っている人間だけが気が付く事だが。
少なくともただの子供では絶対に気が付かないだろう。
(物騒と思うべきか、安全な場所だと思うべきか、悩む処じゃな)
守って貰えるならば安全だろう。だが敵であれば非常に危険な場所。
賢者はそんな風に考えながら、けれど警戒心が無いような表情を見せている。
それは本心から警戒してないなんて事は無いが、それでも無駄な警戒も宜しくない。
敵対をしない為にこの国に来たのだから、出来るだけ友好的に有る方が良い。
だからこそ三男の誘いも素直に受けた・・・多少同情の気持ちも在ありはしたが。
少なくともここの領主一家が友好的な内は、賢者も友好的であろうと思っている。
「お嬢様、こちらになります」
そうして暫く歩いた頃、夫人が歩を止めて賢者に先を促した。
促されるがままに歩を進めた賢者は、視界に広がる光景に感嘆の息を漏らす。
そこには武骨な屋敷とは大違いな美しい庭園が広がっていた。
むしろ屋敷が武骨だったからこそ、まるで別の場所にやって来たかの錯覚を受ける。
賢者はそこまで花を愛でる人間ではないが、それでもこの庭園の良さが感じられた。
その事実に感動しつつ、改めてゆっくりと周囲を見回す
「これは凄いのう・・・!」
本心からそう口にした賢者の様子に、夫人がとても嬉しそうにほほ笑む。
「お褒めに預かり光栄です」
夫人が管理をしているのは本当なのだろう。そう思わせる表情に賢者も笑みが浮かぶ。
勿論庭園を全て夫人の手ずから管理している訳ではないのだろう。
先程からチラホラと庭師らしき者達が見え、実質的には彼らが手を出しているはず。
それでもこの庭園を維持しようと、そして何をどう植えるかまで相談しているのだろう。
少なくとも庭師に『綺麗に飾れ』などと言うだけで終わらせている様子は無い。
「我が家の庭師は腕が良いので、私の我が儘を何時も叶えて貰っています。娘が出来た時に二人で歩くのが夢なのです・・・うちの息子達は、庭園に興味がございませんので」
領主が言っていた、娘が欲しい、という話は真実だったのだろう。
娘と歩く未来を想像しているのか、庭園を見つめる瞳はとても優しい。
ただ最後の発言の際は、じろりと言う音が似合う目を息子に向けていたが。
「お、お母様! 何も今そんな事を言わなくても良いじゃないか!」
「この機会に興味を持ってくれたら良いのですけどね。綺麗な庭園を好きな女性は多いですよ。お嬢様も目を輝かせておりましたしね」
「う・・・!」
息子の春を利用して、庭園に興味を向けさせたいのだろう。
お堅いご夫人だと賢者は思っていたが、段々とその考えを改め始めている。
むしろ庭園に来る前の惚けた会話の時点で既に印象が変わってはいるが。
ともあれ三男が狼狽えている様子に苦笑しつつ、賢者は夫人に声をかける。
「儂の住む場所は田舎での。草木の類は多いから色んな花も咲く。じゃから綺麗で美しい光景は知っているつもりじゃが、この庭園はまた違う美しさじゃの」
「お嬢様の知る美しさ・・・気になりますね。どのような違いが?」
「ふむ・・・庭園は人の手が微細に入って整えられておる。だからこその計算された美しさなのじゃろう。じゃが儂の家は先程も言った通りとても田舎じゃし、庭園なんて洒落た物は無い」
正確に言えば賢者の屋敷にも庭園は有る。ありはするが、それは些細なものだ。
少なくとも今見て居る庭園の様な、計算されつくした美しさなど欠片も無い。
何もそれは庭師が悪い訳ではなく、ギリグ家が余り力を入れてないせいだ。
流石にそこまでの補足は要らないだろうと思いつつ、賢者は庭園に足を踏み入れる。
「屋敷から外に出て見える物は、広がる畑と山の自然な営みじゃ。流石に街道ぐらいは整備しておるが、それ以外の所は草木でいっぱいじゃよ。この様に花が目立つ様な風にはそろって生えたりはせぬ。代わりに力強い緑で溢れておるし、長閑で良い所じゃよ」
賢者は最近ゆっくりできていない領地に想いを馳せ、ありありと浮かぶ光景を語る。
領主の娘でありながら、そこまで貴族らしい扱いは受けていない自分。
近所の農家の子供達も気軽に声をかけ、大人達も普通に頭を撫でに来る。
そんな長閑でゆったりとした田舎の領地。賢者はそんなあの家が好きだと。
何となく隣に立つ侍女に目を向けながら、少し照れ臭くなりつつ夫人に告げた。
「素敵な所なのでしょうね」
「うむ、儂は大好きじゃぞ!」
「ふふっ、私も見てみたいですわね。お嬢様が育った場所を」
満面の笑みで応える賢者に何をみたのか、夫人の笑顔は殊更柔らかくなった。
それは賢者の記憶の中では優しい母を思い出す表情で、賢者としても心地良い。
「ではお嬢様には領地に帰った後、ご両親にこの庭園での思い出を語って頂けると嬉しいです」
「それは勿論。これほど見事な庭園じゃ、土産話に語らぬ手は無かろうよ」
「ありがとうございます。では奥に参りましょうか」
「うむ、行こうか」
ご機嫌に会話をして歩を進める夫人と、そんな夫人に少し母の面影を見る賢者。
そうなれば当然二人の会話はもっと弾んで行き、最初の固さなど消え失せてしまう。
「・・・僕が誘ったのに―――――」
そんな二人を見つめる三男は、誰にも聞こえない声でポソリと呟いた。
本当に聞かせるつもりの無い声で、誰にも届いていないはずだった。
なのに賢者が突然視線を合わせ、三男は思わず息を呑んでしまう。
「む、どうしたんじゃ? ほれ、お主が誘ってくれたんじゃろう。さ、行こう」
「あっ・・・!」
そして固まっている間に手を取られ、柔らかい手に引かれて庭園を進む。
顔は完全に真っ赤になっており、視線は繋がれた手に固定されながら。
「ナーラ・・・アレはわざとじゃないっぽいなぁ・・・はぁ」
賢者に翻弄される三男を不憫に思いながら、青年は静かに賢者の後ろを付いて行った。
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