第128話、案内(誰が)
誘われた朝食の場には領主一家が全員揃っていた。
夫妻は当然の事だが、次男と三男も既に席についた状態で。
とはいえ食事がまだ出されておらず、賢者の到着を待っていたのだろう。
領主はにっこっりと笑って出迎え、次男は余り興味は無さそうに視線を向ける。
三男は一瞬顔を輝かせてからその表情を消し、夫人は昨日と同じ固い表情で頭を下げた。
「すまぬ、待たせた様じゃの」
「お気になさらないで下さい。お客様をお待ちするのは当然の事。そもそも準備が出来てから人を出したのは私共です。お嬢様が気に病む事は何もございません」
待っている面々を見て賢者が謝罪を口にするが、静かに首を横に振ってから応える夫人。
賢者としても夫人の返事は予測していたが、それでも気になったので仕方ない。
夫人の雰囲気の固さに思わず謝ってしまった、という理由も有ったりするので。
「まあまあ、朝からそんなに堅苦しくなくても良いじゃないか。昨日ご本人からそう言われたのに、また固くなってしまっているぞ。ほら、もっと肩の力を抜いて」
「・・・失礼致しました」
二人の様子を見て領主が口を出すが、夫人は少し思案した後に謝罪を口にした。
そんな夫人の態度に領主と息子達は若干困った様な、呆れた様な顔を見せている。
夫人も家族の態度の理由が解っているからか、少し気まずそうな表情に見えた。
とはいえその雰囲気は悪いものではなく、家族だからこその気安さ故に見える。
賢者はそんな仲の良い家族に対し、小さな笑みを漏らしながら席に着いた。
(おそらく奥方は根が真面目なんじゃろうなぁ。きちんと対応しようとすると、どうしてもああなってしまうんじゃろう。まあ別に不快という訳でも無し、責めるつもりは無いが)
あの目で見られると少し緊張してしまう、という事が困るだけの事。
賢者は自分の事情なのだから仕方ないと結論を出し、あまり触れない事にした。
勿論できるならば、昨日少し見せて貰った柔らかい雰囲気の方が助かるが。
「では食事にしましょう」
賢者が席に着いた所で領主が指示を出し、皆の下へ料理が運ばれてくる。
そして賢者の前にすぐ料理が置かれる・・・という事は無い。
国外に出てからのずっとそうだが、賢者が口にする前に毒見を通す必要があった。
領主夫妻も貴族という立場故に、その行動を責める様な真似はしない。
とはいえ中には『我が家を信用できないのか』と馬鹿な事を言い出す者も道中居たが。
勿論そんな者は少数派だ。普通に考えたら当然の事だろう。
何故ならその発言は『毒見をさせたくない理由がある』と取られかねないのだから。
ただ本当に毒見をさせたくない事情があるなら、尚の事そんな馬鹿な事は言わないが。
上手く毒見を出し抜いて毒を盛る。本当に盛りたいならその方が疑われない。
(まあ、今の儂に毒って、余程即効性でないと効果が無いんじゃがな)
毒で死にかけたとしても、死にさえしなければ何とかなる手段が賢者にはある。
精霊という人外に一時的になる事で、人の理からも一時的に外れる事が出来る。
しかも賢者の意思が混濁していたとしても、熊の意思で実行する事が可能だ。
そんな訳で飲んですぐ死ぬ、という事でもない限り賢者に毒は効かない。
むしろ死なせたいのであれば、食事をさせない方が殺せる事だろう。
そんな賢者としては、正直毒見をやらせることが余り好きでは無かったりする。
一応ここまで誰も倒れる事は無かったが、何時か本当に毒が盛られるのではと。
解毒薬の類は用意しているとはいえ、それだって絶対に効く訳ではない。
魔法での解毒も出来ない訳ではないが、遅効性だった場合は最悪だ。
即効性なら目の前の出来事だ。だが遅効性だった場合見ていない所で死ぬ可能性がある。
そんな事を考えている内に毒見が終わり、賢者の前に食事が並べられていく。
「うむ、美味いの!」
賢者は食事を咀嚼した後素直に賛辞を述べ、そんな様子に夫人の表情が和らいだ。
「お口に合えば何よりです。ふふっ」
愛おしいものを見つめる目で告げる夫人に、賢者はもしやと考える。
これは自分が可愛く振舞えば振舞う程、夫人の固さも取れていくのではと。
快適な数日間を手に入れる為にも試してみる価値は有ると。
(まあ儂は何時でも可愛いがの!)
『グォン』
とはいえ食事に余り騒ぎすぎてもはしたないので、ある程度は大人しくしているが。
ただニコニコと笑顔を絶やさず、それでいて心の中で熊と会話しつつ食事を勧める。
(熊よ、従兄殿はどんな調子じゃ)
『グォウ♪』
(ほうほう。随分と仲良くなっとるのう)
領地に残っている賢者の従兄、ネイズルは賢者が居らずとも鍛錬を続けている。
とはいえ一人で出来る事など限られているし、目を離すには少々怖い。
なので熊の、山神の命令だと伝えた上で、山での鍛錬を続けさせている。
賢者が居ない暫くは緊張した様子だったが、今は大分肩の力も抜けているらしい。
熊が賢者の真似をして頭を撫でた時もあるらしく、従兄は感動に近い表情を見せたそうだ。
(儂も見たかったのー。弟子の可愛い所を)
『グォン』
(お、熊よ、言う様になったのう)
早く帰らないと自分が育ててしまうよ、とからかう様に熊が告げる。
賢者としてはそれもそれでアリだと思うが、どうせなら成長を見て居たい。
若者が努力して成長をしていく過程を見る。その楽しさを捨てられはしないと。
そんな感じで熊と会話しつつ、所々で領主達とも会話しつつ、穏やかに食事を終える。
そして食事が終わると次男が「訓練に参ります」と告げて食後の茶を断って出て行った。
「申し訳ない、愛想の無い息子で」
「いや、こちらが気を遣わんで構わんと言ったんじゃ。気にせんで良いよ」
事実次男の態度は別に無礼と言いう訳でもなく、最低限の礼は見せている。
ならば特に気にする理由もなく、むしろそれぐらいの方が気楽とさえ思っていた。
「本日はどう過ごされるご予定ですか。街に行かれるのであれば車を用意しますが」
「ふむ、儂は特に予定をたてて居らんので、のんびり過ごそうかと思っておるのじゃが」
「そうですか。もし何かあればお気軽に声をおかけ下さい」
「うむ、感謝する」
そこで話は終わりと思って立ち上がろうとした所で、がたっと大きな音が鳴った。
思わずそちらに皆の視線が向き、音の主である三男はしまったという表情を見せる。
特に母親に対しての焦りが目に見えており、夫人の目が細まった事でビクッと跳ねた。
「あー・・・えっと、どうかしたのかの?」
そんな空気に耐えられなかった賢者は少し迷いながら三男に声をかける。
すると彼も少し迷った様子を見せてから、意を消した様に口を開いた。
「あ、あの、もし何も無いのであれば、庭園を案内・・・します・・・けど・・・」
ただしその発言は段々と尻すぼみになっていき、最後は気まずそうに視線を彷徨わせたが。
領主はそんな息子に生温かい視線を向け、賢者も思わず苦笑を見せてしまう。
それが尚の事恥ずかしかったのか、三男はとうとう俯いてしまった。
「うむ、ではお願いできるかの」
「っ、は、はい!」
ただそんな三男を少々不憫に思う所もあり、賢者は満面の笑顔で応える。
当然そんな笑顔を受けた三男は顔を赤くしつつ、けれどしっかりと頷いた。
彼の嬉しそうな笑みに対し、侍女は少々可哀そうな物を見る目を向けていたが。
そうして庭園の案内を受ける事になった賢者だが、三男には一つ予想外の事が起きた。
「・・・あ、あの、なぜお母様も一緒なんですか?」
「庭園の管理をしているのは私なのだから、一緒に居た方が良いでしょう?」
本当に心からそう思っている、という様子で応える夫人が付いて来るという事が。
因みに領主は特に何か突っ込む事も無く、苦笑だけして仕事に向かってしまった。
(この奥方、実は結構可愛い人なのかもしれん)
若干間の抜けた会話を聞いている賢者は、母子を眺めながらそんな風に思っていた。
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