第127話、監視(護衛)
「お嬢様、おはようございます。朝ですよ。起きて下さい。今日は寝坊はダメですよ」
「んみゅ・・・おあようザリィ・・・解っとる・・・起きる・・・ふあぁああぁ」
翌朝の賢者は寝起きが少々悪く、侍女に起こされ寝ぼけながら挨拶を返す。
ここまでの道中はのんびり寝坊の日もあったが、それは宿に泊まった時だけの話だ。
領主館に誘われた日の翌朝はきちんと起きて対応しなければならなかった。
ならば今日も領主館に寝泊まりしている以上、寝坊が許されないのは当然の事。
顔を顰めつつも自分の仕事を理解している賢者は、素直に体を起こしてベッドを降りる。
「はい、着替えますよ。お嬢様はそのまま立っていて下さい」
「うみゅ・・・まかせた・・・」
半分どころか殆ど目を瞑ったままだが、気にせず賢者の着替えを始める侍女。
当然賢者も慣れたものでされるがまままだ。任せてしまった方が早い。
まだ幼児な賢者は化粧の類が要らない事もあり、余計に寝ぼけていても構わない。
勿論王都の式典に出席する際は、流石の賢者もそれなりの化粧が必要になるが。
ともあれ今は必要ないと言う事で、手早く準備が整えられる。
可愛らしいドレスに華美過ぎない装飾品で飾り、そして最後に髪を結って纏められて。
賢者としては髪に関しては纏めても纏めずとも良いが、だからこそ可愛い方が良い。
「・・・うむ」
終わり際に目が覚めて来た賢者は、姿見でその出来を確認して満足そうに頷いた。
「今日も儂は可愛いのう!」
「そうですね」
「・・・今日もザリィは冷たいのう」
適当に流す侍女に唇を尖らせながら、何時も通りの侍女に文句を口にする。
けれど侍女の表情は特に変わらず、それこそ何時も通りに口を開く。
「先程領主様から食事のお誘いがありました」
「領主殿が直接来たのか?」
「いえ、使いの者です。お待ちになられておりますが如何しますか」
「勿論お受けしよう、と伝えてくれるかの」
「畏まりました」
賢者に一礼して答えた侍女は、使用人に声をかけて賢者の返事を伝える様に指示を出す。
その様子をポケーっと眺めていると、暫くして青年がグリリルを伴ってやってきた。
「おはよう、ナーラ」
「うむ、おはようローラル。グリリルもの」
「おはようございますナーラ様」
青年は賢者に対し満面の笑みだが、グリリルは何時も通りの無表情だ。
受け答えこそしっかりしているが、それ以外は良く解らないのは何時も通り。
そんな彼女に最初こそ少し困っていた賢者だが、流石に最近は慣れが出始めていた。
何せ毎日毎日この調子なのだ。苦手だ何だと毎回感じているのも馬鹿らしい。
もう「こやつはこういう奴なんじゃな」と無理やり自分を納得させている。
この辺り、賢者の能天気さが発揮された判断と言えるだろう。
「さてローラルよ、アレは監視じゃろうか。それとも護衛じゃろうか。どっちじゃと思う?」
「私の目からは護衛に見えるね。少々念入り過ぎる気はするけど」
「じゃよな。やけに力が入っておるよな」
「そうだね、我々を侮って半端な隠匿魔法で雑に隠れている、って感じではないね」
「じゃよなぁ・・・」
そして顔を合わせて最初に始まった会話に、賢者の護衛達は厳しい目を見せた。
二人がこういった会話をするのは初めてではなく、だからこそ皆意味が解っている。
身を隠す術を持つ魔法使い、もしくは青年の様な近距離系の隠匿使い。
そういった存在が賢者の周囲に居り、護衛達はそれを見抜けていなかったのだと。
初めての時こそ戸惑った護衛達も、最早悩む事も無く理解出来てしまう。
同時に悔しさと腹立ちも抱えてしまう。護衛なのに護衛が出来ていないと。
これが賢者の住む国の弱点。魔法に対し余りにも弱すぎる国。
それはこうやって他国へ出向いた際も同じであり、つまり要人の身を守る事が出来ない。
その事実をまざまざと、旅の間に何度も見せつけられて来た。
なぜ自分達には魔法の才が無いのか。そう思った事は一度や二度ではない。
ただ、だからこそ彼らも自分達が出来る事は一つだと思っている。
敵を見つけられないのを仕方無いとは言わないし思えない。けれど、それでも解らない。
ならば自分達がするべきは、敵の位置が判明した際に全力で対処する事。
見つける為に護衛対象の助力が必要な事に、どうしても歯痒い想いをするしかないが。
「儂は正直、夫妻の態度が若干良く解らんのじゃよな。ここまでに挨拶をした領主達は、大なり小なりはあれど儂を侮っている者ばかりじゃったのに」
護衛達の本気度合いも解らなければ、それを指示した夫妻の考えも解らない。
賢者はそんな風に首を傾げるも、青年はそこまで疑問には感じていない表情を見せる。
「そうだね、道中は見事に見る目の無い者しかいなかったからね」
「いやぁ、普通に考えれば当然じゃろう。こんな小娘が強いなんぞ誰も思わんて」
熊耳をピコピコさせながら苦笑する賢者だが、青年はそれに片眉を上げる。
グリリルは声をかけられていないので当然ながら一切の反応が無い。
「普通に考えれば、ね・・・私には精査せず思い込みで行動している様にしか見えないけど」
「そうかのう?」
賢者の知識から考えると、自分の住む国の精霊術師の在り方では限界がある。
元々魔法が使えない人間達に、無理やり魔法の才能を植え付ける様な手法なのだ。
勿論努力すれば才能ある魔法使いに届くだろうが、そこに届ける人間がどれだけ居るか。
そもそも精霊の力の強さを理解し、それを更に引き出す訓練も知られていなかった。
それを思えば、やはり国内の精霊術師にはある程度以上の技量は望めない。
少なくとも賢者が生まれるまではそう思われていただろう。
ならば自分も他と同じと見られておかしくは無い、と賢者は思っていた。
あくまで賢者の中にある常識の範囲で、普通なら考えるであろう事を頭に浮かべて。
ただ青年からすれば、諜報員の報告を軽んじている様に思えた。
賢者のお披露目もそうだが、王都で凄まじい魔法が何度も放たれたのは事実だ。
そして戦争をあっという間に終結させた大魔法も、各国の諜報員が掴んでいるはず。
勿論自分達の様な辺鄙で田舎な小国に潜んでいる諜報員など数が少ない。
それでも情報は流れているはずなのに、余りも信じていない者が多すぎる。
もしその結果虎の尾を踏む事になれば破滅が待つのに、その辺りの危機感も無い。
民の命を背負う者として少し所ではなく考えが浅い。青年はそう思ってしまっていた。
故にどちらの認識も正しく・・・だがお互いに間違いも存在していると言えるだろう。
お互いにお互いの至らない思考に対し、首を傾げてしまっているのだから。
「まあ、侮る程度なら良いのではないか。実際に仕掛けて来るならば阿呆じゃと思うが」
「侮っている時点で仕掛けているのと変わらないけどね、私にすれば」
実害が無ければ良いだろうと思う賢者と、そもそもそれが害になりかねないと思う青年。
二人の思考は完全にすれ違うしかなく、だからと言ってお互いの考えを訂正はしない。
ただ単にお互いこう思っている。ただそれだけの事だ。
「ま、儂には難しい事は解らん。お主に任せるよ」
「勿論。その為に私は君の傍に居るのだから」
「その割には今回も王太子を名乗っておらんがな」
「夫妻が気が付いていれば問題は無いさ」
「そうなのか? まあ、そうなんじゃろうな。良く解らんが」
賢者は可愛く小首を傾げながら、解らないという結論を出して納得する。
それは納得しているといって良いのだろうかと、侍女は若干呆れているが。
そんな会話が一区切りついた所で部屋にノックの音が響いた。
「お嬢様、朝食の用意が出来たとの事です」
「解った。では行こうか」
領主の使いからの知らせを受け、暫く過ごす領主館での一日が始まる。
部屋を出ると早速現れた、隠れた護衛に囲まれながら。
(うーん・・・4人!)
『グォウ』
(む? あ、マジじゃ! ああくそ、本当に足りんのこの体じゃと!)
因みに賢者は全員を即座には見破れず、熊に認識の修正を貰っていた。
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