第126話、理由(不明)

「た、他国の大貴族の、お嬢様とは知らず、申し訳ございませんでした・・・!」

「あー・・・うむ、謝罪は受け取ろう」


 あの後母と侍従らしき男の二人に叱られた男児は、若干半泣きで賢者に謝罪をした。

 謝罪の言葉もきちんと注意されたのか、子供にしてはしっかりとした口上だ。

 ただ背後から感じる圧に怯えている様子が少々可哀そうになる。


 賢者としては気にするなと言いたかったが、それはそれで問題が有ると気が付く。

 とりあえず謝罪は受け入れた上で慰めれば良いかと、一旦言葉を飲み込んだ。


「まあ、儂の格好が紛らわしいのも悪いんじゃしな。この耳を見ては仕方あるまい」


 賢者の国には獣人の類はかなり少なく、けれどそれでも居ない訳ではない。

 その程度の人数しか住んでいない国は少なくなく、そうなると当然獣人の貴族もそう居ない。

 獣人の貴族が珍しくない国となれば、それは大半の住人が獣人の国となるだろう。


 今回招待された国も獣人の多い国では無く、賢者の国と割合はそう変わらない。

 ならドレスを着て装飾で飾っている獣人など珍しい、と考えても仕方のない事だった。

 そう思いながら賢者は熊耳を揉み、ニコリと柔らかい笑みで返した。


「―――――あ、ありがとう、ございます」

「うむ」


 すると男児は息を呑み呆けた様に見えたが、すぐに背後の圧を感じて礼を返した。

 賢者はそんな男児に苦笑しつつも、泣きそうな表情が消えた事に満足する。

 ただ賢者の満足そうな可愛らしい笑みにも男児は見惚れているが。


「この度は愚息が失礼を働いた事、心から謝罪させて頂きます。申し訳ございませんでした」

「誠に申し訳ない」


 そして息子の謝罪が受け入れられたのを確認して、夫人と領主も改めて謝罪を口にした。

 勿論その前に一度謝罪を受けてはいるのだが、それでもという様子で。


「そんなに何度も謝らずとも好いよ。受け入れると言ったじゃろう?」

「お嬢様の寛大なお心に感謝いたします」


 領主ではなく夫人が率先して答える辺り、この家の力関係が見て取れた。

 勿論賢者はその謝罪を蹴る様な事をせず、けれどすでに受け取ったと答える。

 ただ賢者としては何故ここまで自分に畏まるのか少し不可解な気持ちが有った。


 確かに自分は国賓であり、他国の大貴族で英雄という扱いになっている事は解る。

 けれど道中の貴族達の対応を考えれば、むしろ彼らの方が普通の態度と思えた。

 所詮田舎の国の大貴族だ。英雄と呼ばれても結局は小娘だ。


 招いた側として最低限の礼儀をとるのは解るが、余りにも畏まり過ぎではないかと。

 最初の領主に対して感じた疑問が、再度湧き上がってくるのを感じている。


「のう、お主らの態度は儂が国賓として招かれたから、というだけなのかの」

「勿論でございます。先程も申し上げました通り、お嬢様に失礼をしては国王陛下に顔向けが出来ないという思いの下です。他意はございません」


 試しに素直に聞いてみるが、当然夫人の返答は否でしかない。

 それが本当なのかもしれないと感じるのは夫人の振る舞い故だろうか。

 とはいえ嘘だとしても、真実を見抜ける程の眼力が賢者に無いのも事実なのだが。


「まあ、良いか・・・迎えが来るまで数日有ると聞いておるし、空気の悪い数日間を過ごす事になるのは本意ではない。貴殿等が歓迎をしてくれている事は解る故、御子息の事も含めて余り堅苦しくなくて構わん。ただ同じ事が無い様、良ければ次兄殿と顔合わせをお願いできるかの」

「はい、勿論です」


 夫人は賢者の言葉にニコリと笑うと使用人へ軽く指示を出す。

 ぽそぽそとした声なので聞こえなかったが、おそらくは息子への連絡だろう。

 賢者はそんな様子を眺めつつ、ふと自分を見つめる男児へと目を向けた。


「んむ? どうかしたのかの?」

「あ、い、いえ、その・・・その耳、どうなってるのかなって」


 本当は賢者を可愛いと思い見惚れていただけだが、素直に言えずに誤魔化す男児。

 領主はそんな息子にニマッとした笑みを見せ、夫人はまた少し目が鋭くなっている。

 とはいえ賢者から和やかに話しかけた空気を壊すのも良くないと、口を出す事は無かった。


「ああ、これか。いや正直儂も良く解らんのじゃがな。不思議とこの熊耳からも音が拾えるし、感触もあるんじゃよな。触ってみるかの?」

「―――――い、いや、いい! あ、えっと、結構です!」

「そうかの? 気になるなら別に少しぐらい構わんのじゃが」


 賢者は熊耳をもにもにしながら、やけに狼狽え過ぎている青年に苦笑で返す。


(ふむ、照れておるのかの。まあ儂ってば可愛いからのう。今日は特に着飾っておるから余計にじゃよな。ふふふ、儂ってば魔性の女じゃの)


 尚自分の可愛さに絶対的な自身の有る賢者は、内心揶揄いの気持ちが在る。

 ただ傍から見ればどちらも可愛らしい態度にしか見えないだろう。

 侍女だけは賢者の内心に気が付いており、少々呆れた目を向けている。


「では、お嬢様、こちらへ」

「ああ、すまぬ。宜しく頼む、奥方殿」


 賢者と男児の会話が途切れた所を見計らい、夫人が賢者へと声をかける。

 その後次兄とはスムーズに面会まで進み、挨拶も男児の時と違い問題は無かった。


「数日の間世話になるが、よろしく頼むの」

「はい。こちらこそよろしくお願い致します」


 因みにその間も男児は少々ポーッとした表情で賢者の事を見つめていたが。

 流石に夫人もそれぐらいで咎める事はせず、領主はむしろ楽しんでいる節がある。

 とはいえ賢者に婚約者が居る事は知っているので、叶わぬ春を思っての事だが。


 そうして初日は挨拶と部屋への案内、屋敷に居る間の護衛の相談など。

 少々慌ただしくはあったものの、男児の事以外は特に問題なく一日を終えた。









「あなた、どう感じましたか?」

「うむ、やはり女の子は可愛らしい。我が家にも娘が欲しいと改めて思ったな」

「・・・あなた?」

「冗談だ冗談。睨むな。怖い。いやだが本気でもある痛い痛い痛い。脇腹は痛い」

「つまらない冗談は好みではありません」

「冷たいなぁ・・・まあ、普通の子供ではなかった。それだけは間違いない。あの年齢であの落ち着きを持てる子は・・・居ないとは言わないが、稀有なのは確かだろう」

「それは私も感じました。彼女は年齢とかけ離れた知性を持っていると」

「それに・・・」

「それに? 何ですか、あなた」

「・・・彼女は我が家の護衛に気が付いていた。紹介していない影にな。流石にあれはただ大人びた子供で済ませられん。それなりの実力は有ると見た方が良い」

「陛下の判断・・・いえ、殿下の判断が正しかったという事になりそうですね」

「どうだろうな。まだ判断は難しい。とはいえ信憑性は増したという所だな」


 その夜、夫人と領主がそんな会話をしていた事は、当然ながら賢者は知らないまま。

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