第125話、歓迎(本心)
賢者一行は目的の国に辿り着いたが、ここは最終的な目的地ではない。
まだ国境付近の国に到着しただけであり、式が行われる王都まで向かう必要がある。
ただし賢者は国賓として招かれた身。となればそのまま適当に王都まで招く訳にはいかない。
そんな訳で迎えの者達が来る事を告げられ、国境付近を守る領主の館へと案内された。
ただそこで受けた扱いに関して賢者は少し首を傾げる事になる。
「ようこそおいで下さいました。護衛の騎士の方々にも休める様に部屋をご用意致しますので、迎えが来るまでどうぞゆっくりして行って下さい。何せ部屋だけは大量にありますから」
国境故だろうか、屋敷というよりも要塞と言った方が良い領主館。
そこで待っていたのはやけに愛想の良い、好意を感じる態度の領主だった。
言葉は今まで歓待をして来た貴族達と余り変わらない。だが滲み出る態度が違うのだ。
本当に賢者達を歓迎している。そういう雰囲気を醸し出している。
青年もそんな領主の行動に内心首を傾げつつ、何も言わずに領主の言葉に従った。
ここでもまだ自分が王太子だと名乗る気は無いらしい。
「いやぁ、しかしお可愛らしい。フフッ、うちにはむさ苦しい息子しかおりませんでな。女の子が居るとこの様な武骨な住処も華やいだ様に思えますな」
ただニコニコ笑顔で屋敷を案内する領主の言葉に、もしやただの子供好きではと思い始める。
目じりが垂れ下がっている様は賢者の祖父を彷彿とさせ、賢者の中で説得力が増していた。
ならば余り警戒する必要も無いかと思い、賢者は肩の力を抜いて応える。
「ほむ、御子息はどちらに?」
「一人は王都で文官を、一人は兵達と混ざって鍛錬を、一人は・・・今頃は勉強中ですな」
「ではここにはお二人居られる、という事ですかな」
「ええ。出来れば私としては、娘を可愛いたがりたいのですがね」
心底残念だ、と言わんばかりの領主の態度に思わず苦笑してしまう賢者。
そんな賢者の様子に気が付いたのか、領主も苦笑で返して頭をかく。
「これは私だけの願いではなく、妻の願いでもあるのですよ。息子達は妻の趣味に付き合ってくれませんから。とはいえ私も付き合っていないので同罪ですが」
「奥方の趣味?」
「ええ、息子達も私も手芸に興味がありませんので」
「あー・・・成程のう」
貴族女性にとって手芸や裁縫の技術などは教養の一環な所がある。
勿論本職の様な能力を求められはしないが、それでもそういった風潮が在るのは確かだ。
けれど教養としてだけではなく、単純に好きでやっている者が居るのも確か。
しかし男子がそういった物を好むかと言えば、一般的には好まない者の方が多いだろう。
必要に迫られて手を出す事は在るかもしれないが、少なくとも趣味で行う者は少ない。
更に教養として学ばされる事も無いとすれば、奥方と共に楽しむ事はほぼ無いだろう。
「それに息子達はどいつもこいつも私に似て、いかつくて雑でしてな。全く可愛くない」
溜め息を吐きながら領主はそんな事を言い、けれど賢者はそんな領主に優しい笑みを向ける。
言葉だけ聞けば冷たいと思えるかもしれないが、領主が優しい表情を見せていた為だ。
声音からも温かさを感じ、おそらく親子感の仲は良いのだろうと思われた。
「またそんな心にも無い事を。そういう事を言うから喧嘩になるんですよ、あなた」
そこで凛とした声が響き、皆の意識が声の主へと向かう。
視線の先には耳に届いた声音に相応しい婦人が扇子を片手に佇んでいた。
おそらく彼女が件の奥方だろう。そう判断した賢者は先に口を開いた。
「貴女が領主殿の奥方殿ですかな?」
「はい、お嬢様。その通りにございます。ご挨拶が後になり申し訳ございません」
すると夫人は恭しく礼をとり、それは賢者を目上の人間として見せる態度だった。
余りにも丁寧な例に対し、賢者は思わず面食らった。
何せこの道中で一度たりともここまで丁寧な礼を受けていなかったのだ。
勿論最低限の礼節を保った者は多いが、やはりどこか賢者に対する侮りが見えた。
だが領主の態度といい、今の夫人といい、どちらからもその侮りが見えてこない。
「儂の様な小娘に丁寧な礼を有難く思う。しかしそんなに畏まらずとも良いんじゃが」
「いいえ、お嬢様は貴国の大英雄でありましょう。その様な方に礼節の欠けた行為をしては我が家の恥、ひいては国王陛下の恥になり得ます。失礼はなりません」
固い、と賢者は思った。領主から聞く限りではもっと可愛らしい人物像を浮かべていたので。
例を上げるならメリネの様な可愛い物に目が無い、という様な性格かと。
だが蓋を開けてみればまさに貴族夫人と言った様子で、気圧される雰囲気まで感じていた。
顔立ちが少しきつめなのも相まって、若干叱られている気すらしてきた賢者である。
「あー、その、儂がその方が助かる、と言っても、ダメかのう」
「・・・畏まりました。お客人に気を使わせては本末転倒にございます。お嬢様のお望みの通りに態度を緩めたく存じますが、ご不快になられた際はすぐに仰られて下さい」
「う、うむ・・・」
何処が緩めたのだろうか。そう思わずにはいられない賢者だったが、とりあえず頷く。
すると少し吊り上がっていた様に見えた目じりが下がり、ふわりとした笑顔に変わった。
そしてその優し気な笑みのまま賢者に近づき、目の前まで来るとしゃがんで視線を合わせた。
「我が家は男衆の多い家ですので、お嬢様には少々ご不便をかけるかもしれません。何かあればすぐに言って下さい。早急に改善致しますので」
「う、うむ、感謝する」
「ふふっ、暫く素敵な日々になりそうです。どうぞご実家で過ごすのと同じように、気兼ねなくお過ごし下さいね」
夫人はそう告げると賢者を抱きしめ、後頭部を優しく撫でてから離れた。
離れ際に名残惜しそうな表情を見せ、けれどそれ以上の事はせずに立ち上がる。
ただ表情は変わらず柔らかいままであり、視線は明らかに賢者を愛でていた。
それでも一線を引いた様子を見せるのは、賢者を大事な客人と捉えているからだろうか。
(つまりあれが普段の奥方という事か。まあ最初よりは固さが無くて良いかのう。あの厳しい目で見られていると、ザリィや母上に叱られている時を思い出してしまうでの)
余り叱る事のない二人ではあるが、叱る時はしっかりと叱る。
その際の目の鋭さと言えば、下手な大男よりも恐ろしいと賢者は思う。
逆らえない迫力とでも言えば良いのか、有無を言わせない力を感じてしまうのだ。
「後で息子達も紹介させて頂きますが、下の子はまだ未熟でして、お嬢様へ失礼を働きかねない事を先に謝罪しておきます。その時は私共親の未熟にございますので」
「確かにその可能性はあるか・・・もしそのような事になったら誠に申し訳ない」
「へ? あ、いや、まだ起きていもいない事じゃし――――」
謝る必要は無いと賢者が応えようとすると、パタパタと走る音が耳に入った。
数人は大人の様だが、その内の一人の足音が軽い。
その足音に目を向けると、そこには賢者よりは少し歳が上であろう男児が居た。
「あれ、獣人? なんで獣人が?」
心底不思議そうに賢者の熊耳を見ており、そして夫人の目が鋭くなった。
領主は「あちゃー」という様子で額に手を当てて天を仰いでいる。
(いや、これは勘違いしても仕方ないと思うがの。余り叱らんで欲しんじゃが・・・)
賢者はこれから訪れる未来予想図に、少しばかり困った顔を見せていた。
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