第124話、反応(まちまち)
賢者が乗った車は王都を出て、目的の国へ真っ直ぐと進む・・・という訳にはいかない。
何故なら一直線に最短距離を進んだ場合、魔法国家を突き進む事になるからだ。
最早魔法国家は既に存在しないと同意義とはいえ、国同士の確執まで消えた訳ではない。
特に国が滅んだきっかけになった賢者に対し、恨みを持っている者が普通に居る。
そんな所を堂々と通って行って何も起きないと思うのは、流石に頭が悪すぎる。
当然賢者も青年もそんな馬鹿ではないし、もしそんな事をすれば護衛達も止めるだろう。
そんな訳で賢者一行は少し遠回りになる道のりを進み、他国の領地を進む事になる。
当然軍隊規模で現れた集団に対し、各地の領地を治める者達は殆どが驚きの反応を見せた。
とはいえ先ぶれをきちんと出してはいるので、一触即発という様な事にはなっていないが。
そして領地に領主が滞在している場合、ぜひ泊って行って欲しいと誘いを受ける事になる。
「ようこそおいで下さいました。噂の精霊術師様にお会いできた事、まこと嬉しく存じます」
「お誘い頂き感謝する、領主殿。この様な集団で押しかけて申し訳ない」
賢者が戦場でどの様な活躍をしたのか、という情報は大なり小なり周辺国に流れている。
それを信じているかどうかは別だが、少なくとも賢者は他国の重要人物だ。
精霊術師の地位が高い事を知っていれば、領主としてはもてなす以外の選択肢が無い。
何より騎士団と随伴歩兵を連れている集団に下手な真似など出来ないだろう。
内心で『騎士団をまるまる連れて来る馬鹿が居るか』と思っていたとしてもだ。
故に下手に出る領主が基本多く、賢者もそれを理解しつつも対応に気を付けた。
余り大上段にならず、かといって下からも行かずといった様子で。
自分が大貴族である自覚を持ち、けれど相手を不快にさせないように。
因みに王太子殿下への挨拶が無いのは、本人がその事を黙っているからだ。
そしてついでに言えばグリリルも賢者の護衛として黙って控えている。
まあ彼女に関して言えば、誰かが紹介しない限り何時もその調子なのだが。
とはいえ領主も明らかに空気の違う二人に対し、ただの護衛とは思ってはいない。
しかし紹介されない以上は護衛として接するだけで、それ以上の行動は見せなかった。
「それにしても本当にお可愛らしい。まさか長年の戦争を終結させたのが、こんなに可愛らしい方とは想像もしておりませんでしたよ」
「こんな小娘が本当にそんな力を持っているとは思えない、かの?」
「いえいえ、疑っている訳ではないのですよ。勿論そのお力を拝見してみたい、という興味が無い訳ではありませんが」
「すまんが儂は無意味に力をひけらかすつもりは無いでの」
「そうですか、それは残念です」
そして賢者の力を信じていない者達は、こうやって暗に煽る者も居る。
お前の様な小娘が本当に戦えるのかという言葉を裏にしながら。
本当にそれだけの力が在るならば護衛は必要ないだろうという意味を込めて。
当然賢者は最初から予想していた事であり、簡単に相手に乗るつもりは無い。
そもそも国内でも仕方なく力を見せる事はあれど、やらずとも良い時はやらなかった。
家族に見せた時は安心させる為で、領民へ向けた時も民の心の安寧の為。
キャライラスやブライズの時は仕方なかったし、王都でのお披露目は国王命令だ。
鍛錬の為に魔法を使う事はあっても、無意味に自分の力を見せつける為に使う気は無い。
ただし中には煽るどころか、相手を小娘と侮った態度の者も居なくは無かったが。
「まさかこの様な真似をする方が居られるとは思いませんでしたな。たったお一人の護衛の為に騎士団をまるまる連れて歩くなど。余程お姫様は大事にされておられるらしい」
殆どの者が言葉にしない部分を言葉にし、明らかに侮った態度を見せる者達。
そういった者は殆どがその国の高位貴族であり、戦力も多く有している者が多かった。
賢者が連れて来た騎士団と衝突しても勝てる。そう判断している者達が。
つまり賢者の力など信じておらず、更に騎士団を見た事で確信に変わったのだ。
この小娘はただのお飾りに過ぎない。本命は別に居るのだと。
だが小娘が傷付けられてはその宣伝が崩れてしまうのでそれは避けたいと。
国外に嘘がばれる事は良くとも、国内ではそれが真実なのだと通したい。
その為にもこの小娘を必ず生きて返さねばならず、結果こんな馬鹿げた事をしている。
だが馬鹿に付き合わされるこっちの身にもなって見ろ、と言っているのだ。
「うむ、儂は可愛がられとるのでな!」
「・・・そうなのでしょうな」
だが賢者はそれに怒る様子など見せず、能天気とも言える返事しかしなかった。
むしろ周囲の者達の方が若干の怒りを見せていたが、賢者が笑っているので動きはしない。
余りにもただの子供にしか思えない能天気さに、嫌味を言った者達も気を削がれていた。
当然流石の賢者とて、嫌味を言われた事は理解した上での行動だ。
自分の身が幼児である事を最大限に生かそうとした結果がこれである。
可愛らしい容姿で全力で笑えば皆気が削がれるであろうと。
自分の容姿の可愛らしさに一片の疑いも無い辺りは能天気極まりないが。
「うむうむ、万事問題無しといった所じゃな」
出発時こそどうなるものかと思った賢者だが、数日経つと最早どうでも良くなっていた。
むしろ無事に辿り着ければそれで良いかと開き直り、些細な問題は笑って過ごしている。
そんなこんなで目的地に到着するまで同じ様な事を繰り返していた。
因みに騎士団は基本的に賢者の護衛以外は野営をしている。
何せ幾ら領主館とはいえ騎士団を止める程大きい所は少ない。
勿論中には城を構えている領主が居るので、そういったとこでは屋内で過ごせたが。
それに領主の居ない街などでは、どう足掻いても全員が同じ宿に泊まる事が出来ない。
そもそも泊まれる宿が無い場合いもあったので、必然的に野営組が生まれてしまう。
「別に儂も野営で良いんじゃがの?」
賢者はそんな騎士と兵士達にそう言ったが、全員から反対されて宿に泊まっている。
護衛の傍に居た方が良いのではと賢者は思うが、それとこれとは別なのだと。
街が傍に無いのであれば兎も角、宿が有るのに泊まらない訳にはいかないと言われて。
(貴族じゃから、じゃろうなぁ・・・)
街に金を落とし、経済を回す。それも金を持つ者の役目なのだろう。
ここまでに通った街でも、騎士団の食糧や飲料の買い付けをしていたのを聞いている。
中には直接領主と交渉して売買していた話も青年から聞いていた。
ならきっと、これは必要な事なのだろう。それらの買い付けと同じで。
賢者はそう納得する事にして、申し訳なく思いつつもふかふかのベッドで過ごした。
移動でかかった費用は思いっきり吹っ掛けるつもりである事を賢者は知らないままだが。
「もうちょっとかかると思ったんだけどな・・・意外とまけてくれる領主が多かったせいで予想よりも金が残ってるね。まあ良いか、それでもそこそこの額になったし」
手持ちの資金を確認しながら、青年はそんな事を呟いていた。
そうして各地で様々な印象と金を振りまきながら、賢者は目的の国まで辿り着く。
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