第123話、指示(追加)

「何でお主がここに居るんじゃ?」


 予想外と言えば余りに予想外な人物の出現に、賢者は困惑しなら訊ねる。


「陛下の命で居ります」


 するとグリリルは特に気にした風もなく、淡々とした様子で端的に答えた。

 それだけでは説明が足りな過ぎると思う賢者だったが、その視線を隣に向ける。

 苦笑の表情をグリリルへと向ける青年へと。本人に聞いても無駄だと悟った故の行動だ。


「ローラルよ、どういう事じゃ。儂は何も聞いておらんぞ」

「これが実は私も初耳なんだよね」

「苦笑しておったのにか?」

「それは単に、相変わらずの彼女に対する態度と思って欲しいかな」

「ふむ・・・」


 青年が嘘を吐いている可能性はあるが、ここは信じておく事にした。

 そもそも嘘を吐く必要も無いだろうと思ったのも理由だが。

 ともあれ結論を出した賢者はグリリルへ視線を戻す。


「ええと・・・お主も儂と共に行くという事で良いのか?」

「はい」


 再度の問いかけにも端的に応える彼女は、自分の意思というものが感じられない。


(・・・正直この娘の事苦手なんじゃよなぁ・・・何を考えてるのかさっぱり解らん。これならまだキャライラスの小娘の方が喋り易い。いや、あ奴とお喋りなどしたくもないが)


 掴み所の無い人物を前にして、賢者は一体どうしたものかと困惑を見せる。

 賢者としては彼女をどう扱えば良いのか良く解らないのだ。

 ただそこで見ていられないと思ったのか、青年が一歩出て語りかけた。


「グリリル嬢、父から受けた命令を詳しく教えて欲しい」

「はい、ナーラ様の護衛の為に力を振るえと命じられました」

「・・・命令はそれだけかい?」

「はい」

「・・・父上め。何を考えている」


 最初こそ慣れた様子で問いかけた青年だが、その返事に頭を抱える様子を見せた。

 しかも低い声で父に恨み言まで口にし、けれど賢者にはその態度の理由が解らない。

 グリリルに命令を出した事は理解出来ないが、命令の内容は特に問題は無い様に思えたからだ。


「では私から追加指示だ。君はナーラが戦闘する必要が出るまで攻撃を控えて欲しい。その場合でも私が近くに居るなら先ず指示を仰ぐ事。叶わない場合は攻撃に移って構わない。ただし極力味方の被害は出さない様に、けれど最優先はナーラの無事だ。良いね」

「承知致しました」


 ただし頭を抱えていたのはほんの少しで、即座に冷静さを取り戻して指示を出した。

 当然の様に彼女はその指示を受け入れ、ただし隣の賢者は少し首を傾げている。

 彼女が指示待ち人間なのは解っているが、その指示が少々細かい気がして。


 特に味方に被害を出さないのは当然の事では無いかと。


「ローラルよ、そこまで細かい指示が必要か?」

「この指示が無いと戦闘が始まった時点で突然魔法を放ちだすよ。それも下手したら味方を巻き添えにしてね。流石にそんな目も当てられない事態は勘弁して欲しいでしょ?」

「・・・え?」


 青年の発言が信じられなかった賢者は、思わずポカーンとした顔で間抜けな声を漏らす。

 けれど青年の表情は至極真面目な様子であり、冗談を言っている風には見えなかった。


「実際過去にあったからね。何かを守れ、と言ったら守る為の行動しかしなかった。周囲に味方が居ようとも物資が有ろうとも、唯々淡々と害をなすものを破壊し続けていたね。それ以来彼女に指示を出す時は、味方に被害が出ないように細かく指示を出す必要があるんだ」

「そういえば、そんな話を、前にしておった様な・・・」


 グリリルがどんな者かと話を聞いた時、そんな感じの話を聞いたなと賢者が思い出す。

 彼女に指示を出した場合、その指示に従うが、指示しか実行しないと。

 普通ならばその指示に付属する事柄も考えるが、彼女にそんな期待を寄せてはいけないと。


 そしてそんな人物に雑な命令を出した人物に対し、賢者は不愉快な思いを募らせはじめた。


「陛下は何を考えとるんじゃ・・・」

「私の気持ちを解って貰えたみたいだね」

「解りとうは無かったがの・・・」

「あはは、私もこんな気持ちになりたくは無かったよ・・・」


 青年と賢者は共に同じ人物の笑顔を頭に浮かべ、顔を見合わせて盛大な溜息を吐く。

 騎士達の手前静かに済ませたが、内心は「クソジジイめ!」と叫んでいた。

 それは青年も同じ様子で、苦笑の中にイラつきが滲んでいる。


 とはいえもう出発の為に集まっており、文句を言いに行く時間は無いだろう。

 それでも賢者は気になる事があり、とりあえずグリリルを措いて青年に声をかけた。


「しかし良いのか、精霊術師を何人も国外に出して。儂らは国の守りの要じゃろう。それに騎士団まで出すとなれば尚の事国の守りが薄くなる。大丈夫なのか?」

「んー、絶対に大丈夫とまではいわないけど、少なくとも今の所は大丈夫じゃないかな。私達は魔法国家を無傷で打倒して、けど特に疲弊している訳でもない。それはどこかの国が諜報員から手に入れた情報でも伝わるはず。なら下手に戦争を仕掛けて来る事は無いと思う」

「肝心の儂が国外に出るのにか?」

「全ての人間が君の実力を信じていれば、確かに対応は違うかもしれないね」

「成程の・・・」


 戦勝国になったとはいえ、戦争に勝った国というものは多少なりとも疲弊しているはずだ。

 そこをついて来る国は存在する。魔法国家が滅ぼされたのが良い証拠だ。

 主力が居なくなり、内乱がはじまり、そこを他の者達が横から入って来た事で滅ぼされた。


 けれど我が国はそんな疲弊も無く、内乱も無く、何も問題なく回っている。

 そんな国にちょっかいを出してしまえば、滅んだ魔法国家の二の舞になりかねない。

 少なくとも賢者の力を信じていない者達は、賢者一人が出かけた所で動きはしないだろう。


「つまりグリリルを国外に出すのは、それでも問題無いと見せる為か?」

「それもあるとは思うけど、単純に彼女が動かしやすいのも理由じゃないかな」

「動かしやすい?」

「彼女は精霊術師だが、当主ではないし家の仕事はしていない。むしろ彼女に当主は無理だね。かといってメリネ嬢やリザーロの様に別の仕事をしている訳でも無い。彼女はただただ精霊術師の職務の身を遂行する人間だ、後は立地的に優先して攻め込まれない土地なのも理由かな」


 確かに言われてみれば、彼女に当主の仕事は不可能だろう。

 指示待ち人間に指示が出せるかと想像し、絶対に無理だろうなと思えてしまう。

 そして立地に関してだが、彼女の住む地は位置的には国の内側に存在する。


 つまり精霊術師が居なかったとしても、突然攻められる位置関係ではない。

 そういった理由もあって、唯一気軽に動かせる精霊術師なのだと。


「・・・儂も大分気軽に動かされておると思うんじゃが。あとお主も」

「いやぁ、そうでもないよ。特に君に関しては」

「本当かのう・・・」


 賢者はいまいち信じられないと、ジトッとした目を青年に向ける。

 けれど青年としては本気で告げたつもりなので、困った様に笑うしかない。


「ナーラ様! 車の用意が出来ました!」

「あ、すまん、今行く」


 ただそこで出発の準備が出来たので出ようと言われ、賢者は謝りつつ車へ向かう。

 その後ろを青年が付いて来て、グリリルも傍で護衛するのか付いて来る。

 そうして三人が乗った車は城を出発し、そして国外へと向かう為に王都を出ていく。


(父上がグリリルを付けたという事は、確実に仕掛けて来るつもりの者が居るという事だろう。出来ればその情報を渡して欲しいものだ、全く。それをナーラに伝えるべきか・・・いや、出来る限りナーラには穏やかに過ごして欲しい。くだらない障害は私達で払うべきか)


 そして走る車の中で賢者を膝に乗せながら、青年は父の意図に思考を巡らせていた。

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