第122話、間違い(正解)
「全く、また城に滞在する羽目になるとは・・・」
与えられた部屋の窓枠に頬杖を突きながら、勘弁してくれとばかりに呟く熊耳女児。
けれど不満を吐いた所で現実は変えられず、眼下に広がる街をぼーっと眺める。
「お嬢様、お茶が入りましたよ」
「おお、ザリィ、すまんの」
そこに侍女が声をかけ、傍にあるテーブルへとハーブティが置かれる。
少しでも心労を軽く出来ればと、気持ちを安らげる類の茶を用意していた。
賢者は普段余り飲まない味に目をぱちくりさせつつ喉を潤す。
「優しい味の茶じゃの」
「はい。気分を落ち着ける効果がありますよ」
「以前同じ様な効果を言われた茶は別の味じゃったが、これも同じ効果なのか?」
「こちらの茶葉ですと睡眠不足の方は寝てしまうらしいですね」
「それはまた、強制的な心の落ち着け方だの。くくっ」
侍女が今回用意した茶は、疲労した人間を強制的に休ませる程の効果がある。
ただし賢者はしっかりと睡眠をとっている為に劇的な効果は無い。
けれど確かに効果はあったらしく、沈んでいた気持ちが少し安らいでいた。
勿論そこには侍女の気遣いが心地良かった、というのも大きな要因ではあるが。
(それにしても、儂は色々と解っておらんかったが、解って来ると中々に無茶苦茶じゃのう)
賢者は他国の結婚式の為に、王都から騎士を護衛として連れて行く予定だ。
ただしその出立は結婚式の日程的にまだ少し先となっている。
騎士団は護衛の命令を受け入れはしたが、その為の準備など行っていなかった。
当たり前だろう。突然命じられたのだから準備なんて出来ているはずが無い。
とはいえ日程に余裕があるという事で、出立の予定日までに済ませてしまうつもりだが。
ただ他国からの、それも王族の結婚式の招待としては余裕が有るとは言えない日数だ。
王族の結婚式などというものは、本来はかなり前から予定を立てるものなのに。
だが招待状が届いてから式までの期間に余り空きが無いのが現実だ。
つまりこれは招待状が急遽作られたか、式自体が急遽敢行されるかのどちらか。
おかげで断る理由を作る時間も無く、差出側としては完全に狙い通りだろう。
だからこそ国王も青年も最大限に嫌がらせを返すつもりなのだが。
そんな準備が着々と進む中、しかし賢者だけは特にやる事が無い。
けどやる事が無いからと言って領地に帰る程の時間も無かったりする。
ほぼ行軍に近い事をする以上、移動に日数がかかるからと早めに出るつもりなので。
組まれた予定を聞かされた賢者は、領地に一旦帰る事も出来ないのかとため息を吐いた。
(とはいえ一番大変なのは騎士団じゃろうし・・・儂が文句を言うのも悪い気がするのう)
きっと騎士団は突然無茶を言われて、けれど無茶だと言わずに従った。
なら一番大変なのは彼らであり、更には文句も言わずに頑張ってくれている。
その彼らの予定を更にひっくり返す、なんて真似は賢者には出来なかった。
侍女も勿論理解はしているが、賢者を想うとどうにか出来ないかと思ってしまう。
とはいえ最早どうしようもないのが現実であり、二人はただ待つ事しか出来ない。
因みに父と母は、賢者の出発と同時に領地へ帰る事になっている。
最初は一緒に行くと言っていたが、賢者がそれを断った。
理由としては両親の身の安全を考えての事だ。
『今回こんな強引な手を使ったとなれば、その先で何が起こるか解らん。ならば出来れば父上と母上には安全な場所に居て欲しいんじゃよ。領地であれば山神様が皆を守ってくれるからの』
そんな事が無い為の護衛だが、絶対はあり得ないのが世の常だ。
けど領地内であれば熊の領域であり、万が一の可能性はかなり薄く出来る。
勿論熊の領域内でも絶対ではないが、それでも安全性は上げられるだろう。
そんな話を両親に告げて説得し・・・賢者は母に少し泣かれてしまった。
親に助けを求めるどころか、身の危険は自分だけで良いと言う思考に。
『・・・貴女がそう望むなら、私達は領地へ帰るわ。でもね、ナーラちゃん。貴女も本当は守られるべき子供なのよ。どうかそれだけは忘れないでね』
本当はついて行きたくて仕方ない。母の表情はそう言っていた。
けれど他の誰でもない娘の願いならと、自分の感情を殺して了承をする。
無理について行く事は出来なくはない。けれどそれで娘の心配事を増やすのも本意ではない。
ただどうしても娘に、もっと大人を頼って欲しいと願いながら。
(泣くとは思っておらんかったな・・・まだ少々顔を合わせ辛いのう)
母と賢者の間に生まれた空気を察し、父が少し冷静になる時間を作ろうと告げた。
故に今は侍女と二人っきりであり、青年にも少々遠慮してもらっている。
侍女の用意したお茶はそれもあっての事であり、賢者の溜息も色んな意味が含まれていた。
「なあザリィよ、儂は間違っておったかのう」
「・・・間違っているか否かで言えば、間違った事はされておりませんよ。ただ私には奥様の気持ちも解ります。お嬢様を守れない大人である事で、自分に対して怒りを持ってしまいます」
「そんな怒りは必要ないんじゃが・・・」
「いいえ、必要です」
最初は肯定してくれた侍女にホッとして、けれど続けた言葉にもごもごもと応える賢者。
けれど侍女はそんな賢者の言葉をはっきりと否定した。
「お嬢様は本来なら蝶よ花よと愛でられてしかるべき年齢なのです。そのお嬢様が一人前の貴族としての扱いを受けねばならない。ならば私共はせめて、お嬢様が心安らかに在れるように力になりたいと思っております。そんな私共の想いは間違っていると思われますか?」
「それは・・・間違っては、おらんと、思う。むしろありがたい」
侍女の言う事は間違っていない。賢者の年齢を考えれば当然の事だ。
だからと言って賢者が間違っている訳でもないし、侍女もそれを否定しない。
なにせそれは、どちらもが相手の為を想っての事なのだから。
お互いに間違えてはいないのだ。だからこそ意見が噛み合わない事が起きてしまう。
ならばきっと、噛み合わない意見のすり合わせをするしかないのだろう。
折衷案をお互いに考えて、一番とは言わずとも良いやり方が無いかと。
「旦那様と奥様はお嬢様の為に引かれました。ですが私はお嬢様について行きます。何が有ろうとも。戦場では最後までお傍に居られませんが、今回も同行を譲るつもりはございません」
「ザリィ・・・」
真剣な表情で告げる侍女に対し、賢者は何とも答えられなかった。
本当は侍女も帰って欲しいと思っていた。両親と同じ様に。
けれどその言葉を告げられた所で帰る気は無いと言われてしまった。
魔法国家との戦争へ行く時も見せた、絶対に引く気は無いという表情で。
「勿論無駄に死ぬつもりは無いですよ。だからこそ前線に出るお嬢様の傍に立つ事は諦めたのですから。あの場に居ればきっと、お嬢様の邪魔になったでしょうし」
「そう、じゃな」
「ですがせめて、お嬢様を可愛がる仕事は取り上げないで下さい。お嬢様を守る仕事を私共から取り上げないで下さい。どうか・・・お願い致します」
両親は家に帰り、賢者の帰りを待つ者と家はしっかりと残しておく。
けれど賢者を守るべき者達と、賢者の心を支える者は連れて行く。
それはきっと間違ってないお互いの意見の折衷案とも言えるのだろう。
「・・・解った。ザリィよ、宜しく頼む」
「はい、お嬢様」
ここで変に突っぱねるよりも、受け入れて自分が守る方が余程良い。
それに侍女に支えられている自覚もあり、ならば甘えさせて貰おう。
何よりもザリィが共に居てくれるのであれば、両親も少しは安心するはずだ。
「・・・儂は、子供じゃのう」
「はい、子供ですよ、お嬢様」
相手の事を考え切れていなかった賢者は、まだまだだなと思ってしまった。
自分の意見を通す我が儘な子供とあまり変わらないと。
侍女は賢者の言葉の意味を理解しつつも、笑顔をたたえながら別の意味で答えた。
貴女は愛されるべき子供ですよと。
そんなやり取りがあり、後日両親と仲直りもして、出立までの日が立って行く。
途中で青年の訪問などもあったがそれは何時も通りの事だ。
そうして出立の当日、居並ぶ騎士と兵士に迎えられ、そしてもう一人護衛が増えていた。
「グリリル?」
「はい、グリリルです。ナーラ様」
グリリル・ユルス・エルス。精霊術師が一人。
指示待ち人間と言われる彼女が、何故か騎士達と共に立っていた。
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