第121話、護衛(騎士団)
「我ら一同、英雄の守護をお任せ頂ける事、光栄に存じます!」
一人の大男の叫びがビリビリと響き、それと同時に居並ぶ男達が剣を抜いて掲げる。
規律の取れたその動きは統率を感じられ、よく訓練されているのだなと思えた。
「・・・はえ?」
ただしその言葉を受けた賢者はポカーンとしており、状況が把握できない。
叫んだ大男を見て、更に居並ぶ男達を見て、最後に助けを求める様に青年を見つめる。
「彼らは今回の旅の護衛だよ。全員ね」
「・・・旅の・・・護衛・・・全員・・・」
賢者の様子にクスクスと笑いながら、青年は賢者の求める説明を口にする。
ここに居並ぶ者達は他国へ向かう為の護衛だと。
だが説明されても賢者は消化しきれておらず、ぼんやりとそう呟いた。
それも致し方の無い事なのだろう。何せ――――。
「・・・多すぎんか?」
「騎士団一つだから、こんな物だと思うよ?」
「騎士団一つが護衛に付くのが多い言うとるんじゃ!」
賢者の護衛を命じられたのは騎士団であり、一部隊どころか団一つが集まっていたので。
因みに最初に叫んだのは騎士団長である。国王や青年よりも更に大きい筋肉男だ。
彼の立派な体躯に感心する余裕すらない賢者は、そのまま青年に詰め寄っていく。
「どこのどいつが他国の結婚式に騎士団一つ連れて行くんじゃ!」
「ナーラだけど?」
「儂の常識が無いみたいに答えるな! 決めたのは儂じゃなかろう!!」
「それにここに居るのは騎士団だけだけど、他にも歩兵を幾らか連れて行くつもりだよ」
「お主らは戦争でもしに行くつもりか!?」
「いやいや、そんなまさか」
怒涛の勢いで突っ込みを入れる賢者だが、青年はニコニコ笑顔で応えている。
この時点で冗談ではない事を完全に理解し、頭を抱えてしまう賢者。
騎士団員達は教育が行き届いているのか、その間も一切動く様子が無い。
そんな青年と騎士団の様子に賢者は顔を顰めるが、同時に思い切り脱力してしまった。
「・・・そもそも騎士団全員などと、国の守りはどうするつもりじゃ」
「全員って訳じゃないよ。第二騎士団だけだから」
「それでも相当な数じゃろう。普段の業務に影響を与えるのではないか?」
「騎士も兵士も普段は余裕を持たせて業務にあたっている。緊急時にも問題なく動ける様にする為にね。今回がその緊急時なだけさ。問題は無いよ」
当たり前の様に『緊急時』を語る青年の言葉に、賢者は重々しいため息を吐く。
つまりそれは、今回の他国への訪問は、戦争時の行軍に等しいと言っているのだと。
(今更気が付いたわい。こやつ多分キレとるな)
そしてそんな事を実行する青年は、先程からニコニコと表面上は穏やかだ。
けれど行動は明らかに過激で、表情と内心が釣り合っていない事に気が付く。
何時からこの調子だったのかと思いつつ、賢者は諦めの溜め息をもう一度吐いた。
「兵站などは大丈夫なのか」
「問題ないさ。特に帰りはね」
「帰り?」
「ああ、あちらが呼びつけたんだ。それはもう、しっかりと帰りの食糧も頂いて帰ろう」
「随分と性格の悪い話じゃな」
騎士団一つとそれに随行する歩兵達。となれば必要な食料はかなりの量になるだろう。
その食量を呼びつけた国に出させる気満々の行動は、やはり国王の子だなと賢者は思った。
おそらくこれも嫌がらせの一つなのだろう。あちらが陰で嫌な顔しか出来ない範囲の。
因みにここで青年は語らなかったが、行でかかった費用の請求までする気満々である。
「ナーラは我が国にとって、大事な大事なお嬢様だからね」
「その大事なお嬢様、戦時中は最前線にいたんじゃが?」
「それはそれ、これはこれさ」
譲る気は無い。そう告げる青年に対し、何を言っても無駄だなと賢者は思った。
そもそも指揮系統的に賢者には何も言えないのだ。緊急時以外は。
精霊術師としての権限は持ち合わせているが、それはあくまで緊急時の権限。
勿論大貴族としての権力は有るが、普段はそこまで大きな力は持ち合わせていない。
少なくとも王家に仕える騎士団に命令を出せるような権限は無い。
「勿論君の周囲は君の家の騎士と兵士を付けるから」
「・・・そうしとくれ」
護衛としてギリグ家の騎士や兵士も連れてきているが、それは最低限の護衛だ。
この騎士団の前では数とも言えないし、おそらく活躍の場は無いだろう。
(まあ、良いか。何事も無い方が)
非常識さに最初こそ頭を抱えた賢者だが、もう事実を受け入れてしまった。
これだけの数が居れば野盗は問題無いし、獣に襲われたとしても返り討ちだろう。
とはいえ怪我人が出るかもしれないので、出来れば平穏無事に辿り着きたくはあるが。
そんな感じで能天気を発揮して、ふっと笑うと騎士団長の元へと歩いて行く。
団長は賢者の動きを見て剣を下げ、鞘に納めると膝を突いた。
「すまんな、儂のせいで。暫くよろしく頼む」
「はっ、この命に代えてもお守りいた―――――」
「ダメじゃ」
団長は当然の言葉を口にしたつもりで、その言葉は食い気味に否定された。
目の前の幼児の行動に団長は少し困惑し、けれど反論などは口にしない。
女児だと侮る様な事はせず、賢者の真意を知る為に黙って待つ。
「お主らの命は儂が守ったんじゃ。儂の為と言うのであれば簡単に死ぬ事は許さぬ。多少の怪我は仕方なかろうが、無理せずしっかりと生き抜け。命を軽々しく捨てる事は許さん」
「―――――御意に」
胸を張って告げる女児の言葉に対し、団長は恭しく頭を垂れて応えた。
本来貴人を守り盾になって死ぬのが誉の戦人に対し、生きろと告げる護衛対象。
発言する人間によっては侮辱なそれは、英雄の言葉故に団長へ重々しく響く。
常であれば戦争で幾らか失われた命が、目の前の英雄の力によって失われずに済んだ。
それは彼女が国の命で動いただけでなく、明確に命を守る為に行動した結果だ。
ならば英雄が望む通りに、この身を無駄に削る真似は英雄の価値を下げると。
そして何よりもこの小さな子は、きっと人が死ねば悲しむのだろうと。
「聞いたなお前達! 我らが英雄は我らの無事をお望みだ! 違えるなよ!!」
「「「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」」」
団長は騎士達に向けてそう叫び、その叫びは自分自身にも向けられていた。
それでも団員は皆胸に、いざという時は命を捨てる覚悟を持つ。
もし誰かが命を落としたとしても、それが賢者の耳に届く事は無いだろう。
英雄の願いは叶えられなければいけない。それが救われた側の義務だ。
「ナーラは何と言うか、若干人たらしな部分がある気がするね」
「ほむ?」
ただ騎士達の気合いの入り様とは裏腹に、賢者本人はさっぱり理解できていなかったが。
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