第114話、女児(兵器)
「聞く必要もないとは思うが・・・何やっとんじゃお主」
賢者は挨拶もそこそこに、青年へと早速問いかける。
その行動に従兄は目をむいたが、他の者達は一切動じていない。
ギリグ家の面々だけでなく、青年の部下達も同じ様子なのは最早慣れなのか。
「何をとは酷いな。先ずは久々に会えた婚約者への言葉が在るのが普通じゃないのかい?」
「良いからちゃっちゃと話せ」
「今日は辛辣だね、ナーラ・・・」
何時も通りの様子で応える青年に、思わず冷たい返答をしてしまう賢者。
青年は流石にちょっと傷ついたのか、うっと胸を押さえて苦しむ様子を見せる。
ただしそんな事が出来る時点でまだ余裕が有るなと賢者は思っているが。
「君の護衛さ。私以上の適任は国内で居ないだろう?」
「・・・お主の精霊の力を考えれば確かにそうかもしれんが、お主は王太子じゃろうが。前回も思ったが、そんなにポンポン出かけてよいのか。王太子としての仕事が色々あろうに」
「だからこれが今私の王太子として一番重要な仕事って事さ」
「儂の護衛がか?」
賢者は訝し気な表情で問い返すが、青年はそこで真剣な表情を見せる。
「そうだよ。君の護衛は最重要事項だ。それに比べれば他は些細な事だ。少なくとも今はね」
「・・・ふむ」
青年の様子から察するに、その言葉に嘘は無いのだろう。
いや、含まれてはいるのかもしれないが、少なくとも大半は真実だと賢者は思った。
王家からの手紙にも暗殺の事は書かれていたし、何より力を持つ者がどれだけ重要かも解る。
たとえ実際に戦争になる事が無くとも、その戦力が存在している事が大事なのだと。
力がある国は当然だが攻め難い。そして攻め難いならばどうするか。
そこで暗殺に話が戻るし、人間である以上無敵の存在にはなりえない。
熊という精霊との契約で精霊化できるとは言え、それでもまだ無敵ではないのだから。
となれば魔法国家をほぼ単独で撃破出来る賢者は、出来ればどの国も排除したいはず。
(自分で言うのもなんじゃが、歩く兵器じゃもんな。今の儂って)
勿論熊が居てこその話ではあるが、あながち青年の言う事に誇張は無いと思えた。
それでも王太子自らが護衛というのは、最早要らない王子と言っている様に思える。
次を継ぐ王子が他に居るから死んでも良い王子だと、そう言っている様に。
「それに他国の者達が君との会談を望む時は必ず私も傍に居る。なら常がら傍に居ても特に問題は無いだろう。むしろ君の身を守れるなら私はこの仕事に誇りすら感じるよ」
「・・・まあ、良かろう」
結局の所賢者が何を言った所できっと変更は無いのだろう。
青年が話している間も従者達は特に動じず、本当に正規の訪問なのだと解る。
なれば国王も承知の上であり、むしろ国王の性格を考えると面白がっている節もあるが。
「とりあえず儂は普段通り過ごして良いんじゃな?」
「勿論。君の生活を妨げる気は無いよ。ただ贅沢を言うのであれば、偶に手合わせをしてくれると嬉しいけれど。無理にとは言わないけどね」
「んー・・・手合わせのう」
賢者はチラッと従兄へ視線を向け、少し悩む様子を見せる。
そこで初めて興味を持ったかのように、青年は従兄へと目を向けた。
勿論二人は既に挨拶を終えているのだが、お互い余り話しかけないようにしていた。
従兄は当然相手が王族故に、青年は従兄の緊張を感じ取っていたが故に。
そこに来て賢者と青年の二人に意識を向けられた従兄は、緊張のあまり脂汗をかいている。
「彼がどうかしたのかい?」
「んー、儂は今従兄殿を鍛えとるんじゃよ。ああ、正確には精霊様と儂でじゃけどな」
「鍛える? まさか彼も精霊術師に?」
賢者の言葉に目を見開いて従兄を見る青年。その眼光はとても鋭い。
従兄は突然雰囲気の変わった青年にビクッとし、呼吸も苦しいぐらいに緊張している。
「いやいや、従兄殿は魔法使いの素質があっての。鍛えれば儂より強くなるやもしれんぞ?」
「っ、ナーラより!? それは本当か!?」
賢者の言葉に驚いた青年は、思わずと言った様子で立ち上がって賢者に詰め寄る。
ただその驚きは賢者だけでなく、他の者達も同じ様子に見えた。
まさかそこまで驚かれると思ってなかった賢者は慌てながら応える破目になる。
「お、落ち着けローラル。そうなるかもしれん、じゃよ。今は卵も卵で、どうなるかは解らん。ただ才能はある故に鍛えて伸ばしたい・・・と、精霊様のご意思じゃよ」
「そ、そうか・・・精霊様の・・・」
何とか落ち着いてくれた事に賢者はホッと息を吐き、けれど青年はそれ所ではない。
従兄を精霊が認めた。だがそれは精霊術師ではなく魔法使いとして。
確かに国内には少ないが魔法使いは多少居る。だから才能自体を疑う必要は無い。
問題なのは精霊が従兄に才能が有ると、そう思っている事だ。
今まで精霊が契約以外で人に干渉した事は殆ど無い。
特に魔法使いを鍛える、などと言う事をした記録は一つもない。
ならば彼は本当に、もう一人のナーラになれるのではと、青年は真剣に考えていた。
実際は賢者の我が儘なので、そこまでになれるかどうかは甚だ怪しいのだが。
「精霊様の願いじゃ邪魔できないね。解った。私は大人しく護衛に徹しておくよ」
「すまんな、ローラル。お主とやるとどうにも熱が入り過ぎるんじゃよ。ある程度手が離れたらまたやろう。約束じゃ。の?」
青年はこの国の王子として精霊を第一に考え、邪魔はけしてしないと誓う。
その返事に賢者は優しい笑みを見せ、青年の頭を撫でながら約束をした。
詰め寄られた事で顔が近く、反射的に撫でやすい位置に頭があったせいだ。
「・・・うん、約束だね」
青年はそんな賢者の行動を嫌がる事も無く、恥ずかしがることも無く受け入れる。
そして優しい笑みで約束を確かにして、まだ緊張している従兄へと目を向けた。
「ええと・・・ネイズル君だったね。君の鍛錬を邪魔はしないから安心して欲しい」
「はっ、こ、光栄であります殿下・・・!」
「固い固い。そんなに固くならなくても大丈夫だよ。ここでは私は使用人より立場が弱いから」
「はっ・・・えっ・・・?」
従兄は一瞬頷いたものの、すぐに青年の言っている事がおかしいと気が付く。
そして周囲をキョロキョロと見まわすが、誰も否定の様子は見せない。
むしろ賢者は「うむうむ」と頷いている始末で、従兄には訳が解らな過ぎる状況だ。
「そうじゃローラル、お主も一緒に鍛錬に参加せんか?」
「え、私も? 良いのかい?」
「うむ。じゃが地味じゃぞ」
「地味でも何でも君と過ごせるなら私は大歓迎だよ」
「鍛錬の間は耳触るのは無しじゃぞ」
「・・・・・・・・・・・了承した」
「随分溜めたなお主・・・」
そうして従兄がまだ混乱している間に、王太子が共に鍛錬する事が決まった。
明日も彼が暫くは混乱する事が起きるだろう事は想像に難くない。
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