第113話、護衛(予想外)
「ただいま帰りました、父上」
「お帰りナーラ。本当は帰還を歓迎してあげたいんだけど、先ずはこれを見て欲しい」
賢者が領地に帰りつき、屋敷の玄関では父だけか迎えに出ていた。
普段なら家の者総出でおかしくないが、それは父の差し出した物が原因だろう。
王家の印の入った手紙。おそらくメリネに送られた物と同じ手紙が。
「やはり来ておったか・・・」
「・・・メリネ嬢にも同じ物が?」
賢者の反応を見て、手紙の事を事前に知って帰って来た事を察する父。
「ええ、ですので父上が困っていないかと思い、予定を切り上げてきました」
「そうか、帰って来てくれて助かったよ。手紙が来た事を伝える為に使いを出したんだが、入れ違いになっても早い方が良いからね。私達が勝手に開ける訳にはいかないから」
「それは、使いの者は労ってやらねばなりませんな」
「ふふっ、そうだね。無駄足にさせてしまったからね」
お互いに穏やかに笑いながら、けれど何処かお互いに笑えていない空気を纏っている。
それは未だ父の手にある手紙が原因なのだろう。ここに何が書かれているのかと。
賢者はそんな父の気配を感じ取りつつも、わざと無視をして手紙を受け取る。
「では拝見致します」
「コラコラ、ナーラ。こんな所で読んじゃだめだよ。私室で一人で読みなさい」
「メリネは無造作に読んでおりましたぞ?」
「・・・本当はダメだからね、そんな事しちゃ」
「そうですか・・・」
賢者がそのままこの場で手紙を開こうとすると、父に手を止められて叱られてしまった。
とはいえ父がそう言うのであればと、賢者は大人しく従い屋敷へと入る。
奥では父や祖父母が居る気配を感じつつも、そのまま自室へと向かう賢者。
「あ、ネイズル、すまんがお主は先に居間に行っておいてくれぬか」
「解った・・・その、俺なんかじゃ何にも出来ないと思うけど・・・何かあったら言えよ」
「ふふっ、それは心強いのぉ。頼りにしているぞ」
「・・・ふんっ」
従兄の優し気遣いが可愛らしく、賢者は思わず笑みをたたえながら応えた。
けれど従兄はそれが気に食わなかったのか、少し鼻を鳴らして居間へと向かう。
馬鹿にされたと思わせてしまったかと、賢者はちょっと失敗したかと頬をかいた。
「従兄殿は素直で可愛いのう、ザリィよ」
「ええ、真っ直ぐな子ですね。思い込みが激しい事だけが少々困る所ですが」
「そこが尚の事可愛いのではないか」
「お嬢様の感性は良く解りませんね」
「そうか?」
侍女に同意を得られなかった賢者だが、そこまで気にせず事実へと入る。
部屋に入ったらベッドへと腰を落ち着け、侍女にナイフを貰ってから手紙を開封。
その間に侍女は軽く頭を下げて、すっと部屋から出て行った。
中に書かれている事をざっくりと読むと、やはり内容はほぼ同じ物の様だ。
魔法国家の滅亡。そして今後はあの国との戦争は無い代わりに、他と起きる可能性の示唆。
そして賢者に追加されていたのは、賢者へ向けられる暗殺者の増加の可能性だった。
「あー・・・言われてみれば、未だ儂が一番狙われる可能性が高いか」
魔法国家との戦争でも、領地に暗殺者らしき者達はやって来ていた。
実害に至った事は未だ一度も無いが、数が増えれば今後はどうなるか。
今度は一国だけではなく、複数の国が動く可能性がある。
「面倒じゃのぉ・・・つーか儂は今生でもこんな扱いか」
生前の賢者もその力を危険視され、それを納得して国を出て弟子の下を去った。
そして山奥で余生を過ごしたあの毎日は、今更否定をするつもりは無い。
あの日々はきっと必要な事だった。熊と出会う為に、そして自分が自分を理解する為に。
聞き分けのいい大人な自分ではなく、欲望むき出しの自分の想いを吐き出す為に。
「そうじゃな、だからと言って儂は変わらん。儂は、儂のやりたいようにやるだけじゃ」
今生はそう生きると決めた。ならば各国がどう動こうが知った事か。
もしそれで家族に害が及ぶ事があれば、それを自分のせいなどとは思ってやらぬ。
儂が悪い事など何もない。儂は儂の生き方を通すだけじゃ。ナーラとしての生を。
ならば暗殺者がどう動こうが、ただひたすらに対処を繰り返してやろう。
逃げてやる物か。心が折れてやるものか。図太く好き勝手に生きてやる。
賢者は強く胸にその想いを抱え、王家からの手紙を読み終わった。
「熊よ、今後も世話になり続ける事になりそうじゃ。すまんが宜しく頼む」
『グォウ!』
「すまんな、感謝する」
その為には自力では限界があると、賢者は熊に頭を下げた。
当然熊は任せておけと元気良く応え、むしろ勝手に守ろうとすら思っていた。
そんな熊の態度に賢者は嬉しくもあり、少し申し訳なくも感じている。
けれどそれでも、賢者には熊に頼るしか選択肢がない。今の自分は余りに貧弱なのだから。
「しかし・・・これは誰の事じゃろ」
熊からの返答を受け止めた賢者は、最後に手紙に書いてあったとある一文に首を傾げる。
そこに描かれていたのは、ナーラを守る為の護衛を王家から派遣する、との事だ。
「護衛と言われてものぉ・・・熊より頼りになる護衛なぞ思いつかんのじゃが」
『グォウ♪』
熊は賢者に頼られている事に喜び、ご機嫌な鳴き声を上げる。
そんな熊を脳内でよしよしと撫でつつ、どうしたものかと悩んでいた。
「下手に行動制限等をされんと良いんじゃがな」
少なくとも従兄をある程度鍛えるまでは、やりたいようにやらせて貰えないと困る。
自分は約束したのだから。叔父上と、そして従兄と。何より自分自身と。
賢者はそんな風に思いながらとりあえず手紙を仕舞い、自室を出て居間へと向かう。
侍女はそれに何も言わず後ろに控え、賢者の歩みについて行った。
「皆、帰りの挨拶が遅くなってすまぬ、ただいま――――ー」
そして居間に集まっている家族に挨拶をしようとして、賢者の言葉が止まった。
家族がそろい踏みで座っている中に、家族以外の人物が居る事に気が付いて。
「やあ、お帰りナーラ。元気そうで何よりだ」
「・・・何をしとるんじゃローラル」
そこには王太子殿下が、賢者の婚約者がにこやかな笑みを向けていた。
(もしや護衛とはこやつの事か。前回も思ったが、一応はまだ王太子であろうに。臣下の護衛に王太子を派遣など、最早何を隠す気も無い行動に思えるのは儂だけか?)
自分がする事では無いが、王家の状況が少し心配になる賢者であった。
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