第112話、帰宅(入れ違い)
「メリネよ、儂明日に帰るつもりじゃから」
「突然何故ですの!? 何かナーラ様がご不快になられるような事をしてしまいましたか!?」
夕食の時間に唐突に告げた賢者に対し、メリネは焦った様子で返す。
メリネの母も少し残念そうな表情を見せており、ただ父の方はそこまで変化はない。
視線だけこちらに向けて、娘と娘の友人の言葉に耳を傾けている。
「何でそんな話になるんじゃ。良くしてもらっておるよ。むしろ何日も泊りで歓迎して貰っておいて、何かが気に食わんなどと言うはずがなかろう」
「歓迎は当然です。私が誘ったのですから。ナーラ様さえ良ければずっと居ても構いません」
「いや、ダメじゃろ・・・」
本気で言っていそうな所が少し怖い発言に、賢者は思わず素で返す。
従兄はもう流石にメリネの調子に慣れたのか、ただ静かに成り行きを見守っていた。
「ねえナーラちゃん、本当に娘が失礼をした訳ではないのよね?」
「む、うむ、そこに関してはお気に召されるな、母上殿よ。メリネとは友人じゃし、多少の面倒が有ろうとも不愉快になる事も無い。まあ、もう少し落ち着いて欲しい時はあるがの」
「そう、良かったわ」
話にならない娘に変わり、面の為の確認をメリネの母が行った。
メリネはその受け答えで少し冷静になり、ならば何故なのかという風に首を傾げた。
「先程の事は言い過ぎだとしても、もう少しゆっくりして行って下さって構わないと思っている事は本心ですわよ、ナーラ様」
「無論お主の歓迎を嘘とは思っておらんよ」
「では何故」
「解っていて惚けるのは良くないと思うんじゃがの?」
「う・・・」
痛い所を付かれたと、メリネは賢者からスッと視線を逸らした。
本当は彼女も解っていたのだ。賢者が帰ると言い出すという事を。
「王家からの手紙、ですわよね」
「その通りじゃ」
メリネは目の前の幼女が年齢にそぐわぬ理知的な部分を持つと知っている。
彼女に王家から来た手紙の存在を教えれば、家に帰るかもしれないとは思っていた。
そちらの家にも同じ手紙が来ていると伝えてしまえば尚の事だ。
精霊術師へと送られた手紙は、たとえ家長でも開いてはならない。
そんな重要な物が届いたというのに、肝心の精霊術師は家に不在。
となれば当然家の者達は不安を覚える事だろう。これは一体何なのかと。
家族思いの賢者が家に帰ると言い出すのは当然の帰結だ。
ならば手紙の存在を教えなければ良かったと言えば、メリネにはそれも悪手に感じる。
手紙を読めばそれが精霊術師全員に送られた物だと解る事だろう。
となればあの時教えてくれれば良かったのに、などと思われるもの絶対に嫌だと。
それに「こういう手紙が届きますよ」と教えておけば、もしかすると帰らないかも。
単純に起きている事実の報告でしかなく、命令書の類ではないのだから。
という打算と好意が入り交ざった行動であり、メリネには見せない選択肢がなかった。
「ま、そういう訳じゃから、明日の朝に出ようと思っとる。ネイズルは振り回して悪いがの」
「いや、俺の事は別に気にしなくて良いけど・・・」
見るからに落ち込んでいるメリネを見て、放置して良いのかという表情を見せる従兄。
「メリネ、儂は気にしておらんよ。悪気があった訳では無かろう?」
「少しありました」
「・・・馬鹿正直じゃのう、お主」
「嫌われたくありませんので!」
余りにも余りな発言だが、賢者はむしろそんな彼女の事が嫌いではない。
行き過ぎる部分はあるものの、その行動の根幹は好意なのだから。
そう思えば不愉快など何もなく、むしろ可愛らしいとすら思えた。
「ふっ・・・・儂がお主を嫌う時は、本当に儂が許せん事をした時だけじゃろうよ。それぐらいにはお主を友人じゃと思っておる。これからも良くしてくれると嬉しい」
「勿論です!」
ぱぁっと笑顔になったメリネを見て、従兄がホッとした様子を見せていた。
それが英雄の機嫌が直ったからか、それとも仲良くなった女性だからか。
もしくはもっと違う別の感情なのかは、この時点ではだれにも解らない。
「そうじゃ、儂が帰るからといって鍛錬を止めるのはお勧めせんぞ。折角精霊様と更に深く理解を深める事が出来たんじゃ。頻繁でなくともよいから、続けるようにするんじゃぞ」
「勿論ですわ。ナーラ様のおかげで更に強くなれる事が解ったんですもの。これからを想えば尚の事強くなって損はありません。きちんと続けるつもりです」
賢者が来てから続けている基礎鍛錬。それはメリネが飛ばした訓練でもあった。
精霊術師は魔力を感じて操作をするまでは、特に意識をせずとも出来る事だ。
それが精霊に力を授かる利点でもあり、賢者にとっては悪い点でもあるとも割れている所。
特に魔力を感じる訓練はしないで、魔力操作の訓練ばかりをするのは余計にだ。
自分の持つ力の本質を知らぬままに、その力の運用技術だけを磨く。
それは一見問題無いようには見えるが、扱う力が変われば運用の仕方も変わる。
あとから自分の力の本質が解ったとしても、それを同じように扱いきれるかは別の話だ。
むしろ長年技術を磨いて来た事で、大きくなった力を扱えなくなる可能性すらある。
「お主には息災で居て欲しいからの。儂の数少ない友人じゃしな」
「ナーラ様のご期待に応えられるよう精進いたしますわ」
部下であり、同僚でもあり、けれど賢者としては友人というのが一番しっくりくる。
そんな賢者の想いを受け止めたメリネは、その言葉に恥ずかしく無い様にと気合を入れた。
「そういえば、あの鍛錬は誰にも教えない方が宜しいのでしょうか」
「いや、別に構わんぞ。そもそもが魔法使いの基礎鍛錬じゃしな」
「そうですか・・・解りました」
メリネは一瞬何かを思考する様子を見せ、けれど何を考えたのかは口にしなかった。
賢者は少し気になったものの、口に出さぬなら問わぬ方が良いかと結論を出す。
そうしてその後は穏やかに食事を終えて就寝し、翌朝宣言通りに賢者はメリネの家を出る。
賢者の見送りには家族総出どころか、使用人達も殆ど総出で見送った。
それは単純に客人への礼というよりも、メリネへの想いがあればこそなのだろう。
お嬢様をどうか宜しくお願いしますと何度も言われ、賢者は暖かい気持ちになっていた。
「では、メリネよ。またの」
「はい、また・・・ネイズル様も、またお越しくださいね」
「は、はい。ありがとうございます、メリネ様」
そして最後にメリネと別れの挨拶をして、賢者が乗り込んだ車が領地へと走り出す。
車の姿が見えなくなるまでメリネは見送り、そして見えなくなった所で溜息を吐いた。
楽しい時間で、充実した時間で、そして明日から寂しくなると。
「お嬢様、本日はどうされますか?」
「今日はゆっくりしましょうか・・・多分明日の朝から少し慌ただしくなりますし」
「明日の朝・・・何かご予定が?」
メリネ付きの侍女は、御付きとは言えメリネの予定全てを把握してはいない。
先の王家からの手紙と同様、下手に聞けない内容などもある為だ。
なのでそれ関連かと思って訊ねたのだが、メリネはニマーッとした笑顔を見せた。
「多分面白いお爺ちゃんが見れますわよ?」
「・・・お爺ちゃん?」
「ええ。本当はこんなつもりじゃなかったんですけど・・・まあ謝罪に絵画をひとつ差し上げてご機嫌を取りましょうか。私室に保管してる分は絶対渡せませんけど」
「はあ・・・」
侍女にはメリネが何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。
けれど彼女の言った通り、翌朝に家が騒がしい事になる。
「メリネ嬢! ナーラ様はまだご在宅か!?」
「ヒューコン様、落ち着いて下さいな。先ずは挨拶を」
ナーラに教えを受けている。しかもとても可愛がってもいる。
そんな自慢を詰め込んだ手紙を受けたブライズが乗り込んできたので。
ただし既にナーラが居ないという事を聞いた老人は、これ以上ない程に崩れ落ちるのだった。
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