第110話、次の訓練(また基礎)
「なあ、ナーラ。流石にそろそろ別の事をしたいって言ったら・・・駄目かな?」
「む? そうじゃのう・・・」
本日も変わらず精霊の居る場所に来て、魔力を感じる訓練を続けている。
ただ流石にずっと同じ訓練な事に焦れて来たのか、昼頃に従兄がそんな事を言い出した。
段々と自分の魔力を感じる事にも慣れて来たのも要因だろう。
因みにメリネは未だに脂汗をかきながら、精霊に寄りかかって魔力を探っている。
というか抱きついている。ああしていると少し安心らしい。
膨大な魔力に押し潰されそうな感覚の中、守ってくれる精霊を感じ取る事が出来ると。
身体の消耗は変わらないが、心の持ちようが変わるならばきっと効果はあるのだろう。
そう思い賢者はも今度熊と同じ事をしてみようか、などと考えていた。
まあ魔力をどれだけ感じられた所で、賢者に熊の魔力は扱えないのだが。
ともあれ今は従兄に応えるのが先かと、昼食をモグモグしながら少し悩む。
(まあずっと同じ訓練というのは飽きるもんじゃからのう。魔法の術式を覚えるのは後にするとしても、魔力操作ぐらいはやらせても良い頃合いか?)
本音を言えばまだ先には進めたくはない。本人に才能を感じるからこそまだ駄目だ。
何の機会でその才能が目覚め、扱えない力にのみ込まれるか解らない。
とはいえ退屈な気持ちも理解できるし、進めていない感覚も何となく解る。
何せ生前の自分がそんな感じだったからだ。先を、もっと先を、もっと他の技を。
そうやって追い求めた結果が高みへと至ったが、道程で色々やらかしてしまった。
自分自身には当然、他人にも迷惑をかけた覚えは何度となくある。
(しかし、我慢させて鍛錬が嫌になるのも良くないかもしれんのう)
弟子達の時にも何度かあった。同じ訓練に耐えきれず、こっそりと別の事を始める事が。
大半は問題は無かったが、偶に事故を引き起こす事も無くはなかった。
見える範囲でやってくれたら別だが、当然隠れてやるので大怪我をする事もある。
「・・・ダメか?」
ただ従兄の今までを考えると、ダメだと言えば素直に従う予感はする。
この男児は根が真面目な子なのだと、この短い間に理解出来た。
やんちゃな弟子達とは違い、不満を持ちながらも我慢をし続ける事だろう。
眉尻を下げながら問う従兄に対し、そんな風に思いクスッと笑ってしまった。
「良かろう。少し次に進むとしようかの」
「ほ、ほんとか!?」
「うむ。ただし本当に少しだけじゃぞ?」
「あ、ああ! 何すれば良いんだ!?」
賢者の許可を得た従兄は、それはもう見るからに喜んだ様子で反応を返した。
ワクワクした様子が見て取れて、可愛らしいなと思い賢者はクスクスと笑ってしまう。
尚メリネは片目を開いてその様子を見ており、妄想で集中を切らし始めていた。
精霊は困った子だなぁと思いつつも、特に咎めずに見守っている。
「嬉しいのは解るが落ち着くんじゃ。魔法を使う時は常に心を落ち着つけて、冷静にじゃぞ」
「あ、すまない・・・」
「ふふっ、嬉しいと思ってくれたなら良いんじゃよ。ただその気持ちのままだと良くないから、少し落ち着く様にと言っただけじゃ。落ち込むほどの事では無い」
「そう、か」
はしゃいだ事に関して責めるつもりは無かったが、冷静である事は必要な事だ。
少なくとも魔法使いになるのであれば、心の底の部分は常に落ち着いていなければ危ない。
とはいえ喜びが悪いと言いたい訳ではないのだと、従兄の頭を撫でながら告げる賢者。
年下の幼児に頭を撫でられ慰められる状況に、従兄は微妙な顔をしながらも受け入れた。
メリネはもう完全に集中が切れている。ハアハアと息が荒い。
賢者は気が付いているが無視をして話を続ける。でないと話が進まない。
「魔力を感じる訓練を続けて、最近は感じるのが段々早くなってきておるよな?」
「ああ。今日はこうやって昼を食べる余裕もあるしな」
「うむ。それで次にやる事は当然じゃが、感じ取った魔力操作の訓練じゃ。魔力を術式に乗せて発動する事で初めて魔法となる故、当然じゃが魔力を自由に操作出来ねば魔法は使えぬ」
「そりゃまあ、そうだろう、な」
説明に対し素直に頷く従兄に満足しながら、賢者は見本を見せる様に魔力の操作を始めた。
「奥にあるこの魔力。それをゆっくりと引き出し、引き出し・・・こうやって手元に集める。今のお主ならば感じ取る事が出来るじゃろう。ここに魔力の塊がある事が」
「・・・うん、何となくだけど、解る」
「今はそれで良い。その内しっかり感じられるようになるからの。言い忘れておったが、魔力を感じる訓練は相手の使った魔力量や魔法を察知し、対処する為の基礎訓練でもあるんじゃよ」
「成程・・・受けの訓練でもあったのか・・・そっか・・・」
賢者の補足説明を受けて、従兄は訓練への認識を少し考えなおした。
唯々基礎にも届かない事をずっとやっていると思っていたが、違うのかもしれないと。
こういう所が素直で可愛いのうと、賢者と熊は少しほっこりした気分で従兄の様子を眺める。
「ゴメン、俺が我が儘だった・・・」
「ふふっ、良いんじゃよ。慣れ始めて次に進みたかったんじゃろう? その気持ちその物は悪い事では無かろうしな。もっと高みへと、もっと先へと、その想いは悪くない。ただし魔法はそれなりに危険な技術じゃからの。きちんと基礎を重ねんと危ない事は覚えておいてくれ」
「ああ、解った」
コクリと頷く従兄に満足した賢者は、また優しく男の頭を撫でる。
メリネは最早過呼吸で倒れるのではと思う呼吸をしながら悶えていた。
小声で「何故私はあの幸せの中に居ないの!?」と言っているが賢者は変わらず無視する。
「まあ魔力操作も基礎は基礎じゃからな。術式は流石にまだ早いとしか言えんが、基礎鍛錬をする分には良かろうよ。魔力操作ならば滅多に危ない事も無いしの」
「そ、そっか。じゃ、じゃあ俺はどうしたら良いんだ?」
自分を戒めはしたものの、新しい事へのワクワクは抑えられない。
そんな従兄の前に座り、手を取って優しく握る。
「ここに魔力を集めようと意識するんじゃ。自分の奥にあった魔力を、焦らずにゆっくりと。無理に全部動かそうなどと思ってはいかんぞ。自身の魔力を感じ、感じた魔力を少し千切って、それをこの掌に乗せるんじゃ。ゆっくり、ゆっくりじゃぞ?」
「ゆっくり・・・魔力を感じて・・・千切って・・・」
ナーラの声は不思議と心に響き、その声を聴くと心が落ち着き集中するのを感じる。
従兄は小さな師匠の可愛らしい声に心を任せ、言われた通りに魔力を集めようとした。
けれどそんな状態でも魔力を引き出す事が中々出来ず、感じる事とはまた別だと理解する。
(感じ取れたのに・・・感じ取れているのに・・・魔力をそこから動かせない・・・!)
正確には少しは動かせている。けれどそれはその場で揺らしている様な程度の動き。
賢者がさっきやって見せた、魔力を別の場所に動かして集める気配は欠片も無い。
そのせいで従兄の心は焦り始め、集中していた心に乱れが入り始める。
「落ち着け、落ち着くんじゃ・・・焦る必要は無い・・・ゆっくり、ゆっくり・・・自分の魔力の表面を撫でて歪める様な感じなどはどうじゃ? 弛ませて緩んだ部分を、上手く引きはがす様にしてみたりの。先程は千切ると言うたが、アレはあくまで考え方の一つじゃからの」
「弛ませて・・・」
従兄の焦りを感じた賢者がまた声をかけ、優しく優しく頭を撫でながら落ち着かせる。
従兄はその言葉に従い想像を変え、千切るイメージをするのを諦めた。
すると先程よりも少し動きが見え始め、魔力を少しだけ引きはがせそうな感触をつかむ。
「っ・・・!」
けれど行けそうと思った次の瞬間に、魔力は元の形に戻ってしまった。
それでも成果はあった。無駄じゃなかった。何かが掴めそうだった。
従兄は失敗に腐る気持ちを持たず、先に進めそうな事に歓喜の表情を見せる。
(前向きで真面目で良い子じゃのう。フフッ、可愛いのう)
そんな従兄の集中が切れないように、心が乱れないようにと、賢者はまた優しく頭を撫でる。
因みにただ撫でているだけじゃなくて、心が落ち着く様に軽く魔法をかけていた。
これは最初に訓練した時も熊が似た様な事をしていて、賢者はそれに乗っかった形だ。
「ああ・・・ああ・・・私は何故絵の才能が無いの・・・せめてこの光景を目に焼き付けて帰りますわ・・・これは最早宗教画の一幕・・・!」
いつの間にか鑑賞に丁度良い位置に移動したメリネは、最早鍛錬を放棄していた。
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