第109話、日々(合間)
メリネの領地に遊びに来て数日の間、ほぼ毎日を鍛錬に費やした。
賢者が従兄を鍛えたかったのも理由ではあるが、何よりもメリネが望んでの事だ。
とはいえ流石に全ての時間を鍛錬に当てるのは不健康と、のんびり過ごす日もあったが。
あとはメリネの母が言っていた通り、本当に画家を呼んでしまった事もあった。
幸いは別にじっと座っていなくてはいけない訳ではなく、お茶を許されていた事か。
時には本を読んでのんびりと過ごし、自然体の姿で過ごす事が出来た。
ある程度下書きが出来たら、後は見なくても描ける画家だった事も大きいだろう。
何よりも手が凄まじく早い事が、今回その画家が呼ばれた理由の様だが。
そうして出来上がった絵は二つ。淑女らしい姿の絵と、可愛らしい幼児の絵。
前者は良くある椅子に座った貴族の姿絵で、後者は草原を走り回っている。
「上手いもんじゃのう・・・儂こんな服着ておらんかったのに」
「そこはやはり画家ですから。これぐらい出来ないと貴族には呼ばれませんわ」
「なるほどのー」
賢者は余り『絵に残す』という事に魅力を感じていなかった。
だが改めて自分の描かれた絵を見て思うのは、なかなか良いなという気持ち。
可愛らしい自分の姿が残されるのは、存外に心躍ったらしい。
「ネイズルも描いて貰ったんじゃよな。どんな風になったんじゃ?」
「ふふっ、こちらを」
賢者はがぜん他の絵にも興味が沸き、従兄の絵を見たいとメリネに問う。
そんな賢者に目じりを下げながら、メリネは従兄の描かれた絵を出した。
「おお、キリッとしとるのう、格好いいではないか。のう、ネイズル」
「あ、ああ・・・良いのかな、俺まで描いて貰って」
「別に良かろうよ。メリネが望んでの事なんじゃし」
本来絵とはかなり高い物だ。有名画家でなくとも貴族の姿絵などかなりかかる。
だというのに今回何枚も書かせており、幾らになるのかと従兄は震えていた。
彼は貴族の血族でそれなりに裕福ではあるが、貴族の様な生活は送っていないので。
叔父が商売をした利益で生活しているので、余り浪費はしない口なのだ。
「メリネよ。その後ろに有る絵はどんな物なんじゃ?」
賢者はにっこりと笑いながら、メリネが布をとらなかった絵に指を向ける。
どう見てもキャンバスの類の物が複数個、布を被せられたままの状態だ。
もっと凄い絵をこれから見せてくれるのではと、ワクワクしながら問いかけた。
「あ、えっと・・・その・・・」
ただメリネは問われた事に若干の焦りを見せ、何故か視線が空を泳ぎ始めた。
「た、ただの、趣味の絵ですの。ついでにお願いしたもので、お二人には関係がない物ですので・・・そう、家の、家の大事な絵ですので、勝手に見せる訳にはいかない物なんです」
前半と後半で言ってる事が違う。賢者はそう思い不審なものを感じた。
いや、言動のみならず態度から明らかに不審ではあるのだが。
とはいえ家の大事な物と言われてしまえば、無理に見せろという訳にもいかない。
「ま、そういう事なら仕方ないの」
「そうです、仕方ないんです。申し訳ありません。さ、絵のお披露目も終わりましたし、お茶の時間にでも致しましょう。そうだ、どの絵も二枚ずつ描いて頂いておりますので、片方は差し上げますね。お二人ともご両親に見せてあげて下さいな。だれかー。二人に案内をー」
賢者が興味を失ったと判断したメリネは、明らかにホッとした様子を見せた。
そして早口でまくしたてて部屋から出して、使用人達に二人を案内させるように指示を出す。
「お主は一緒に行かんのか?」
「後ですぐに参りますから」
「・・・解った。では先に行っとるよ」
「はい。すぐに追いかけますので」
何時もなら「絶対一緒に参ります」ぐらい言うはずなのに。
賢者はそう訝しんだものの、だからと言って特に何がある訳でもない。
気にしても仕方ないかと、従兄と共に部屋を出て別室へ案内される。
メリネはそんな二人に手を振って、角を曲がって姿が見えなくなった所で部屋に戻った。
「ふぅー・・・危なかった。別で置いておけば良かったのに、普段の癖で同じ所に置いてしまいましたわ。それにしても・・・ああ、お可愛らしい。彼を呼んで正解でしたわね。ナーラ様とネイズル様の可愛らしさがしっかりと表現されておりますわ。ねえ、そう思わない?」
「ええ、大変お可愛らしいかと」
自分付きの侍女だけが残る部屋にて、出来上がった絵画を眺めるメリネ。
メリネが同意を求めると、言われた通り素直に同意する侍女。
ただ主に対する義務的な物ではなく、本心から可愛いとは思っている。
「・・・そちらの絵は、ですけども。知りませんよ、後でばれて怒られても」
「うっ・・・」
しかし侍女は先程賢者に見せなかった絵に目を向け、呆れた様に主に告げる。
そしてメリネはとっさに反論する事が出来ず、喉が詰まった様な呻きを漏らした。
「だ、だって、可愛らしかったんですもの・・・!」
「それとこれとは別でしょう。全く」
侍女が布に手をかけてはぎ取ると、そこには複数枚の賢者と従兄の絵があった。
ただし二人に見せた絵とは違い・・・色々とメリネの欲望が詰め込まれている絵が。
熊耳でドレスを着た従兄の絵や、熊の様なもこもこ服姿の賢者の絵。
メリネに抱き着いている賢者と従兄の絵などもあった。完全に妄想の産物である。
中でも一番酷いのはセクシーランジェリー姿の賢者だろうか。従兄も隣に描かれている。
「あの方も貴族の注文とはいえ良く描きますね、姫様の妄想垂れ流しの絵なんて。それでいて醜聞がそこまで酷くないんですから、身の保身も理由でしょうけど彼の口の堅さには感心します」
「だって可愛いじゃありませんの!」
「それで全てが許されると思わないで下さいよ」
「私は許しますわ!」
「はぁ・・・」
許すのはメリネではなく周囲の人間だろうにと、侍女は残念な主人に頭を抱える。
とはいえこんな主人を嫌いになれない自分も、結局の所甘いのだろうなと思いながら。
「まあ、家に置いておく分には良いですが、絶対に盗まれないようにして下さいよ。特にギリグ様のこんな絵が世に出たら大変な事になりますからね。最低でも彼は処刑ですよ」
「解ってますわ、それぐらい。精霊様にもお願いしておりますから大丈夫ですわ」
「・・・精霊様に・・・ああもうこの人は・・・」
こんな事に精霊様を使うなと、声を大にしてい言いたい侍女だった。
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