第108話、精霊(全力)
メリネの住む屋敷は賢者の住む屋敷と然程変わらず、とはいえ立派な屋敷ではあった。
彼女に歓迎されて迎えられた賢者と従兄、そして使用人と護衛達は少し安堵している。
大貴族の家は屋敷ではなく城な事もあるので、慣れた雰囲気は多少気が楽だと。
「ギリグ様、お初にお目にかかります。私はチャイス家の当主を務めさせて頂いております」
先ずはお茶をとのんびり過ごし、日が暮れた所でメリネの父が挨拶をしに来た。
相手が幼児だからと舐めた様子は無く、恭しい態度で接して来る。
なので賢者もしっかりと淑女の礼を示すと、従兄が少し驚いてその様子を見ていた。
勿論当主は従兄にも礼を返したが、こちらはただの子供相手という態度だ。
とはいえ精霊術師ナーラが連れて来た客人という事で、態度は優しい物ではあったが。
「では娘の邪魔をしても機嫌を損ねられてしまいますので、私はこの辺りで失礼致します」
「お父様、一言余計ですわ」
「ふふっ、娘を宜しくお願い致します、ギリグ様」
そして去り際に見せた会話と優しい目に、賢者は自分の父を彷彿とさせた。
「何じゃ、やはり仲は良いではないか」
「・・・別に悪くはありませんわ。人使いが荒い事以外は。ええ」
メリネはその後少々不貞腐れたままだったが、賢者を抱きしめた事で機嫌を直す。
その後膝の上に乗せた賢者にだらしない顔を見せ、従兄の複雑な感情は増していく。
胸の中の憧れがガラガラ崩れていく様は、けれど賢者は仕方なかろうと思っていた。
精霊術師とて人間だ。勿論従兄の憧れに近い者も居ない訳ではない。
落ち着いたブライズや普段のリザーロならば、きっと従兄の理想に近いだろう。
けれど彼らとて一皮剥けば、他者から残念な目を向けられる中身を持っている。
(人間なんてそんなもんじゃよなぁ。どれだけ立派な人間とて、常に立派な人間を続けるのは殆ど状態は不可能じゃ。従兄殿はその辺り夢見がちの様じゃからのう)
今まではわざわざ指摘しなかったが、これからもきっとこういう事が起きるだろう。
従兄が魔法使いとして大成したならば、きっと精霊術師とも関わるだろうから。
(その時あの小娘と顔を合わせてどうなるかだけが気になる所じゃが・・・まあ、儂が元気な間はあの小娘も下手な真似はすまい・・・と思いたいが、どうかのぉ)
唯一の懸念はキャライラス。そして従兄も彼女の事だけは好きではない。
ただ彼が知っている情報は彼女の一部で、本物はもっとたちが悪いというのが問題だ。
とはいえまだまだ先の話であり、今悩んでも仕方なかろうと思考を切り捨てた。
そんなこんなで到着当日はゆっくりと過ごし、夕食もチャイス一家と共に過ごす事に。
「ああ可愛らしい! なんて可愛らしいの! 熊耳がピコピコ動く様なんて・・・ああ、メリネ! 絵画を! 絵画を描かせましょう! この可愛らしさは残しておくべきだわ!」
「解りますお母さま! これは一種の芸術ですわよね!」
そこで母親が娘とそっくりだ、という無駄な情報も知る事になったが。
父親は苦笑しつつ賢者と従兄に謝り、けれど止める気は一切無いらしい。
ギリグ家が特殊だと思っていたが、他の家も大概だなと賢者は思った。
そうしてその日は大人しく就寝して、翌朝はメリネを伴って家を出る。
勿論徒歩ではなく皆車に乗って、そして賢者はメリネの膝の上だ。
最早慣れ切った賢者はその状態で外を眺め、長閑な景色にのんびりとしている。
従兄はまだ距離感を上手く掴めておらず、静かに揺られるだけだったが。
そうして暫く走った後に車が停まり、メリネに誘導されて外に出る。
するとそこには立派な塀があり、兵士がその兵の出入り口を守っていた。
明らかにこの先に何かある。そう思わせる雰囲気だ。
「何時もご苦労様です」
「「「「はっ」」」」
メリネが兵士達に声をかけて扉を開き、スタスタと中へ入っていく。
ただし入れるのは彼女と賢者、そして今回特別にとなった従兄だけ。
彼女が連れて来た使用人達や、勿論賢者が連れて来た者達もこの場で待機だ。
スブイの山への道と同じで、許可を得た者のみが入れる事になっている。
ただスブイ領と違い山道ではなく平坦な道のりの後、広く土が掘り返された場所に出た。
「なにやらボコボコじゃのう」
「ええ、どうも精霊様は地面の下が好きみたいですので」
「ふむ―――――」
メリネの言葉に頷いた所で、賢者は下から上がって来る威圧感を感じ取った。
従兄も何となく何かを感じ取ったのか、反射的に地面を見つめる。
(・・・やはり、従兄殿は才能が有るの。しかしそれならば、もう少し魔力があっても良さそうなんじゃけどなぁ・・・まあ焦る事でも無し、のんびりやるしかないが)
従兄を視界に入れていた賢者はそんな風に思い、けれど思考を切り替えて地面を見る。
すると少しの揺れを感じたかと思うと、土が上にはじけ飛んで何かが現れた。。
「・・・もぐら、じゃの」
「精霊様、今日も実にお可愛らしい!」
「あ、お主そういうのも許容範囲なんじゃな」
メリネは地面から現れた大きなもぐらに、土がつくのも構わず突撃して行った。
するとモグラはメリネを傷つけないように気を付けながら、ゆっくりとはい出て来る。
若干困った様子に見えるのは気のせいだろうか、などと賢者は思った。
「つーかお主、そういうのも行けるならローラルの事は言えんじゃろうに」
「あの方はモフモフなら何でも良い、という方ですもの。私は可愛いのが好きなのです」
そこにどう違いがあるのかと賢者は一瞬思ったが、言っても仕方ないと即座に諦めた。
何より先ずは精霊に挨拶をする方が大事かと、大きなもぐらへと顔を向ける。
「土の精霊様、で良いのかの。暫く世話になる」
賢者が声をかけると、モグラは賢者に意識を向けた様に見えた。
そして暫く見えているか解らない目で見つめ、小さくコクリと頷く。
許可は得られたようだとホッとした所で、メリネがスッと離れた。
「ゆっくりしていけ、との事です」
「ふむ、感謝する」
どうやら通訳をメリネに任せたらしく、流石に彼女もしっかり仕事をした。
そこで従兄が静かなだと思いチラッと見ると、熊を見た時と同じ状態になっている。
もぐらもそんな従兄の様子に思う所があったのか、突然体を小さくさせ始めた。
ただし良く居るモグラの大きさではなく、大型犬ぐらいの大きさだが。
「ああ・・・ああ、可愛い・・・可愛い・・・!」
結果従兄は正気に戻ったが、メリネが暫く壊れた。
小さくなったモグラを抱きしめながら撫で続ける何かになってしまった。
しょうが無いのでしばらく好きにさせて、気が済んだ所で言い訳を始めた。
「流石に令嬢として動物の毛だらけになるのは許されませんが、精霊様なら許されますので。精霊様がこんなに可愛らしい方で本当に幸せですわ」
半分ただの幸せ話だったが、モグラがされるがままなのできっと良いのだろう。
「お主が幸せなのも精霊との仲が良いのも分かったが、そろそろ始めて良いかの?」
「あ、す、すみません。ネイズル様の訓練でしたわよね。あ、でも基礎の基礎って言っておりましたけど、一体何をされますの? 魔力操作の訓練ですの?」
「そのもっと前じゃよ。魔力を感じる訓練じゃ。お主も付き合え」
「魔力を? 私は既に魔力を感じられるのですが・・・」
「さて、本当にそうかのう。なあ、精霊様?」
「え?」
賢者がモグラに声をかけると、モグラはスイっと視線を逸らした。
そんな精霊の反応に驚き、メリネは心の中で精霊へと問いかける。
けれど答えは伝えて貰えず、いい機会だから彼女に従うと良いと言われた。
「・・・解りましたわ。良く解りませんが、お付き合い致します」
メリネにとって魔力を感じる事等、精霊と契約した時から常にある事。
胸に精霊が宿っている感覚が有るからこそ、自分は戦場にも立てるのだから。
だから怪訝な気持ちはあれど、賢者と精霊が言うのであれば。
そう思い賢者の指示に従い、服が汚れるのを機にせず地面に座る。
「そう、心を落ち着けて、魔力を探るんじゃ。体の奥にある力に、もっと奥に、もっと深く」
何故か意識の奥底に響いて来るような賢者の声音だけがメリネの頭に響く。
そのおかげか何なのか、彼女の意識はただひたすらに自分だけに向いていた。
奥に奥に、深く深く、自分の奥底に意識を向ける様な感覚の後――――――。
「っ――――!」
強大な力に飲み込まれる様な、埋め尽くされる様な、潰される様な感覚を味わう。
人間が感じて良い物ではない。余りにも強大過ぎる力。
その力の傍にあるだけで体が震えて来る様な、言葉では言い表しにくい恐怖。
「かっ、はっ・・・!」
思わずメリネは意識を外に向け、詰まる呼吸を無理足りしながら地面に手をついた。
「な、なんですの、今の、は・・・!」
「それが精霊の力じゃよ」
「っ、あれ、が・・・」
「お主が今まで感じていたもの、今精霊から感じているもの、それらは全て精霊の一部じゃ。精霊はお主が壊れん様に、優しく、優しく、気を使って力を与えておる。気にいった相手じゃからと力を適当に与えておったなら、扱えぬ強大な力に振り回されて死んでおったじゃろうな」
賢者の説明を聞きながら、メリネはカタカタと震える体をさ抱きしめた。
あんな力が、あんな強大で恐ろしい力が、今まで自分の体にあったのかと。
「お主が精霊術師を名乗り、そして力を使いこなす事を望むのであれば、先ずはその力の強大さを理解する事じゃ。そしてその力を受け入れ、更に体に馴染ませていくんじゃよ。さすればお主が扱える魔力量は更に上がる。勿論できん場合もあるがな」
「・・・そんな、事が・・・そうですの」
自分は未熟者ではあるが、それでもそこそこできる人間になったつもりだった。
けれど精霊の力の大きさを知った今、メリネは自分がなんて愚かだったのかと感じている。
「っ、やりますわ・・・私、精霊様の力をもっと使いこなしてみせますわ・・・!」
故に彼女の目には、最早恐怖ではなく光が灯っていた。
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