第107話、領都(ド田舎)

「失礼致しました。みっともない姿を晒してしまいましたね。ふふっ」


 恥ずかし気に微笑んでいるメリネだが、彼女に向けられる目は残念この上ない。

 賢者のみならず使用人達も同じ様子なのだが、メリネは気にせず続ける。


「それでネイズル様は見聞を広めに来たと仰っておりましたが、グールグ領もスブイ領とそこまで大差はない場所ですよ。この通り山に囲まれたような領地ですし」

「確かに、領主の住む街としては、大分自然豊かじゃの」


 メリネの言葉を聞き、そこで賢者はぐるりと周囲を見回す。

 見えるのは自然豊かな山と、山を少し開いて作られた畑。

 むしろ下手をするとスブイ領よりも田舎と言えてしまう光景だ


「儂の住む所が特別かと思っておったんじゃが、ここも領地を守る外壁などは無いんじゃな」

「そうですね。作る話は出た事は在るんですが、結局作らないままですね」

「何か理由があるのか?」

「下手に山を開いて精霊の機嫌を損ねない為、といった所ですね」

「ウチと似た様な理由か」


 この国の精霊は土地に根差した精霊達だ。となればその土地その物が力とも言える。

 ならば下手に土地を触られるのは、自分の力を削がれる事と同意とも言えた。

 そんな精霊達と契約をしている精霊術師達は、土地をいじる事に反対するしかない。


 勿論多少の柵や堀や塀などは作っているが、王都や王城の様な立派な外壁等は無い。

 とはいえ一応は一部の道に関所の様な物は作っているので、無防備という訳でもない。


 それに契約者が居ない状態であれば兎も角、契約している状態なら精霊の守りもある。

 領地となっている場所は殆ど精霊の領域と言って過言ではない。

 ならば領地内で何か問題が起こった時、契約している術者も異変を知らせて貰える。


 たとえ知らせられないとしても、何かしらの違和感を術者自身が持つ事になるだろう。

 例外として、契約した精霊との融和が進んでいない賢者にはさっぱり解らない訳だが。

 ただそこは流石に熊が気を使って、不味い時は伝える様にしている。


「道だけはしっかり作っておりますから、こんな土地でも交通の便は悪くはありませんが」

「その様じゃな。随分金をかけとるのう」

「・・・そこまでかかっておりませんの」

「そうなのか?」

「・・・資金のかかりそうな場所は私が魔法で整備しておりますから。お父様の指示で」

「あー・・・」


 そういえば王都に居た時もそんな事を言っていた様なと、賢者は微妙な反応を示す。

 自分はギリグ家で可愛い可愛いと愛でられているが、メリネはそうではないのかもしれない。

 あえて言葉を選ばずに言うのであれば、それこそ家の道具として使われているのではと。


「お父様は未だに私には甘い物を与えておけばご機嫌な娘だと思って、仕事が終わった頃合いにケーキを用意していたりするんですの。確かに甘い物は嫌いではありませんが、私も何時までも子供ではありませんのに。まあ訓練にもなりますし、やりたくない訳でもないんですけども」


 続けた言葉は父への愚痴ではあったが、その表情はそこまで険しくはない。

 いや、声音もそこまでとげとげしい物ではなく、仕方ないなという様に聞こえる。

 これは思ったより悪い関係ではないのかもしれないと、賢者は少しだけ安心した。


「親子の仲は良いようじゃの。何よりじゃ」

「・・・こほん、そうですね、嫌いではありませんよ。嫌いでは」


 優しい目を向けられた事が気恥ずかしかったのか、小さな咳払いと共にそう答えるメリネ。

 素直に応えるのも悔しいと感じたらしい。ただ悔しさを向けられているのは父の様だが。


「それで、ええと、そうそうネイズル様のお話でしたね。そんな訳でして、見られるものと言えば山と畑と川ぐらいでしょうか。あ、この土地特有の山菜等は見所とも言えますね。美味しいですわよ。お茶も作っておりますので、美味しいお茶もごちそうできわすわ」

「それは魅力的じゃな。のうネイズル」

「あ、ああ」


 賢者に声をかけられた従兄だが、先程の事も在って上手く応えられない。

 憧れの人の本性を知ってしまった事で、胸の内で複雑な葛藤が生まれているのも理由か。


「申し訳ありませんネイズル様。私可愛い子に目が無くて。本当に失礼をしてしまいました」

「あ、い、いえ、その、お気になさらず・・・」


 精霊術師に謝らせるのは不味いと思い、慌ててそう答えた従兄。

 だが内心では「可愛いかぁ・・・」とかなり残念な気持ちだが。

 男なの子なのでやはり「可愛い」よりも「格好良い」に憧れるのだ。


「ですが気が変わったら何時でもお教えくださいね。あ、そうだ、いっその事ナーラ様とお揃いのドレスとか如何でしょう。きっと物凄く可愛いと思うんですあだっ!?」

「メリネ様、また話がそれております」

「そんなにポンポン後頭部を叩かないで下さる!?」

「ならそんなにポンポン暴走しないで下さい」


 また暴走しかけた主人に手刀をかました使用人は、すました顔で下がっていく。

 それに悔し気な視線を向けつつも、メリネは自分が悪いかと気を取り直した。


「まあ私としてはナーラ様に遊びに来て頂きたかっただけですし、可愛らしい方は大歓迎ですから良いのですけど、王都と違って本当に大したものはありませんわ」

「そうかの。あるではないか。この土地で一番の目玉が」

「一番の目玉?」


 一体何の事を言っているのだろうと、メリネは自領の特産物を思い浮かべる。

 服飾などは自分が好きで力を入れているが、特産物という程ではない。

 一応土地特有の食材や薬剤もあるが、それでも一番という程ではないだろう。


 どれもこれも替えが利く物だ。他の追随を許さない様な特産品ではない。

 そう思い首を傾げるメリネだったが、賢者はにやりとした表情のまま続ける。


「お主と精霊が居ろう。どうもネイズルには魔法の才能がるらしくてな。儂と山神様で訓練を始めたのじゃが、そこでお主の誘いは丁度良いと思いつれて来たという訳じゃ」

「魔法の才能が・・・それはそれは」


 賢者に視線を向けられ、そしてジロジロと探る様にメリネに見つめられる。

 二人の精霊術師に値踏みされている気分の従兄は、何とも言えずに視線だけを返す。


「では私と訓練をさせる為に連れて来たという事ですか?」

「いや、まだそこまでの領域ではない。ネイズルには基礎の基礎しかやらせておらん」

「基礎の基礎、ですか」

「そうじゃ。基礎の基礎じゃ・・・メリネ、儂らを遊びに誘ったんじゃから、お主も儂らの鍛錬に付き合って貰おうかの」

「あら、それこそ望む所ですわ」


 賢者と共に訓練が出来るのであれば、メリネにとって重畳以外の何物でもない。

 笑顔で歓迎を示しつつ、快く了承の言葉を返した。


(ヒューコン様が悔しがりそうですわね。ふふっ)


 最近になって私的な連絡も取る様になった精霊術師へ、今度自慢の手紙を書こう。

 そんな性格の悪い事を考えながら、彼女は二人を屋敷へ招き入れる。


「とはいえ今日は来たばかり。お茶でも飲んでゆっくり致しましょう。ネイズル様も緊張されておられる様子ですし、少し肩の力を抜いてからの方が良いでしょう?」

「そうじゃな。そうさせて貰うかの」

「し、失礼します・・・!」


 そうして可愛い児童二人を迎えたメリネは、これから数日のご機嫌な日々に思いをはせる。

 だがそのご機嫌な日々に、大きな恐怖を体験する事になるとは露も知らずに。

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