第106話、メリネ(暴走)

 メリネの誘いを受けて移動をする間、賢者が告げた通り従兄の鍛錬の日々が続いた。

 とはいえ彼女の領地までそこまで遠くなく、数日程度の話ではあったが。


(この国ってそこまで大きくはないし、領地持ちの貴族も少ないんじゃよなぁ)


 元々が逃げ延びた民なせいか、他の国とは少しばかり貴族の在り方が違う所がある。

 それはきっと精霊術師を要とした国家運営が理由なのだろう。


 精霊と契約した者が万全で戦える様に、周囲の者達が雑務を補佐をする国。

 時が経つとその形が変容し、契約した子孫が大貴族となり下位貴族がその補助になった。

 なので下位貴族の領地持ちは余り居らず、事務仕事に従事している文官が多い。


 勿論一部例外はあるし、開拓などもしているので全てがそうではないが。


(戦争で手柄を立てる、なんて事も基本出来んからな。出来れば戦争をしたくないのがこの国の基本方針みたいじゃし。魔法国家以外とは争った歴史がほぼ無いのは凄いの)


 まだ国の事情を知って浅い賢者だが、その後多少は過去の歴史について学んでいた。

 一応毎日訓練ばかりしていた訳ではないのだ。

 賢者としては出来れば訓練だけをしたいが、そうなると侍女が怖いので。


 両親と祖父母が甘いのは、侍女が目を光らせている事も一つの理由かもしれない。


「お、そろそろかの?」


 車の速度がゆっくりと落ちていき、人が走る程度の速さになった。

 暫くはその速さのまま走っていたが、また段々と速度が落ちていく。

 そうして完全に車が停まった所で扉がノックされ、侍女が内側から扉を開けた。


「ナーラ様! いらっしゃいませ!」

「おおっ!?」


 そして車の外では当然メリネが待っており、賢者が下りるのも待たずに突撃して来た。

 車内に入り込んで賢者を抱きしめ、顔を胸に埋めさせながら頭を撫でる。


「ああ、ナーラ様お久しぶりです! 相変わらずお可愛らしい!!」

「ぷはっ・・・お主も変わらんのう・・・」


 メリネの胸から顔を出し、呆れた表情を向ける賢者。

 その様子に少し正気を取り戻したのか、コホンと咳払いをして離れる。


「失礼致しました。これまでの我慢が爆発してしまったようですわ」


 ニコリと笑って淑女の礼をとる姿は、先程の醜態さえなければ完璧だっただろう。

 とはいえ既にやってしまった事は取り返せない。賢者は半眼のままだ。

 メリネはそんな視線に気まずい物を覚え、スイっと視線を逸らした。


 ただその先に居た従兄に気が付き、キョトンとした表情を見せる。


「ナーラ様、そちらのお方はどなたですか?」


 歳の頃を考えれば明らかに護衛ではなく、かといって従者とも思えない。

 立ち振る舞いが従者のそれではなく、けれど賢者と同じ車に乗る事を許される子。

 しかも態々他の領地へ向かうのにつれて来た事を考えると・・・。


「もしや殿下との婚約を破棄して彼と・・・!?」

「アホか」


 衝撃の事実を知ってしまった。そんな様子のメリネに最早脱力する賢者。

 従兄はと言えばあまりにとんでもない話に固まってしまっている。


「冗談ですよ、冗談。それでどなたなのですか? 察するに親族の方とお見受けしますが」

「うむ、儂の従兄での。見聞を広める意味も込めて一緒に遊びに来たんじゃよ」

「それはそれは、歓迎いたしますわ」


 ニコリとほほ笑むメリネは、その姿だけを見ればとても愛らしい淑女だ。

 残念な様子さえなければ普通に容姿は良く、そんな笑顔を向けられた従兄はと言えば。


「よ、よろ、宜しく、おねが、お願い致します。ネイズルと、申します」


 ガッチガチになっていた。それも仕方のない事でもある。

 相手は憧れの精霊術師で、更に年上の女性だ。

 色々な感情が渦巻いてまともに動けなくなってしまっている。


 その事実を自分で認識出来ているせいで、余計に感情の渦は抑えてくれない。

 呆れられていないだろうか。そんな従兄の考えは――――――当然何の意味も無い。


「何ですのこの可愛い子は。持って帰って良いのかしら?」

「早速仮面が剝がれとるぞー」

「はっ、失礼致しました・・・ナーラ様とお顔立ちが似ておられる上、あどけなさの残る方でしたので・・・お二人居られるのですから片方は私が貰っても良いのでは?」

「どういう思考をしたらそうなるんじゃ・・・つーか真顔で言うな。怖いわ」


 最早目の前の女児と男児しか見えてないメリネは、危ない世界に思考がトリップしている。

 そんな彼女をみかねたのか、使用人らしき女性が一歩前に出た。


「申し訳ありません、ギリグ様。我らが主人の失礼をお詫びいたします」

「ふむ、謝罪は受け取ろう」

「寛大なお言葉、感謝いたします」

「気にするでない。メリネの事は一応知っとるし・・・あ奴はアレだけではなかろう?」

「ご理解いただけている事を嬉しく思います」


 本当に心から嬉しそうに、使用人の女性は笑顔を見せた。

 歳の頃はまだ少女と言える頃で、可愛らしいという言葉が当てはまる。

 となれば何となくではあるが、メリネが拾った娘であろうという気はした。


「主人の事を悪く言う方もおられますが、救い上げられた者にとっては神よりもありがたい存在と思っております故、ギリグ様が主人を良く思って頂けているなら何よりでございます」

「ふむ、まあ儂は拾って好き勝手にしてる訳じゃないなら、それで良いんじゃないかと思っとるだけじゃよ。お主だって望んでここに居るのじゃろう?」

「はい」


 朗らかに笑う使用人の笑顔を見れば、主人がどういう扱いをしているか良く解る。

 そして別に年配の使用人の扱いが悪い訳でないのも、背後の者達を見ればすぐに解った。

 メリネに何処か残念な目を向けている者も居るが、基本は皆優しい表情なのだから。


「ネイズル様、ドレスに興味はございませんか? いえ、男性という事など気にする必要はございません。可愛らしい容姿の方は、可愛らしい服装が似合うものなのです。髪は短く切りそろえてあるようですが、ウィッグの類もありますので気にせずとも大丈夫ですわ」

「え? え!? な、なにを!?」

「ぷにぷにの頬。ずっと触っていたくなる感触ですわね。ああナーラ様の代わりなどと言っては失礼ですが、やはり似ているせいで重ねてしまいますわね。そうだ、熊耳のカチューシャなどつけてみませんか。きっと似合うと思うんですのよ。ね? ね?」

「ひうっ・・・な、ナーラ助けてー!」


 凄い勢いでネイズルに詰め寄る主人を見て、流石に使用人達も止めに入ったが。

 ただし止め方は優しさの欠片も無く、手刀を後頭部に入れて止められていた。


「・・・綺麗な手刀でしたね、お嬢様」

「・・・後頭部に容赦なくぶち込んだな」


 なおぶち込まれた当人は、淑女の恥も外聞もなく後頭部を抑えて転がっていた。

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