第105話、理由(建前)

「という訳でネイズルよ、少々遠出をするぞ」

「は?」

「荷物はもう既に纏めておる。いくぞー」

「え、ちょ、何、どこに!?」


 朝食を食べ終えた後で唐突に賢者に告げられ、混乱したまま背中を押される従兄。

 小さな従妹に本気で抵抗する訳にもいかず、騒ぎつつも足は素直に動かす。


「気を付けて行ってくるんだよ、ナーラ」

「お友達の所に遊びに行くだけだから大丈夫とは思うけど、無茶はしないようにね?」


 ただ賢者の両親がそう告げた事により、従兄は何となく状況を察しはじめた。

 おそらく貴族子女のお茶かに誘われ、そのパートナー代わりを務めるのだろうと。

 一応自分の貴族の血を引くの子息の端くれだ。その辺りの勉強は出来ている。


 今後も世話になる従妹の為に、ここは大人しく一肌脱ぐか。


「ナーラちゃん、メリネちゃんに宜しく言っといておくれ」

「うむ、爺上はメリネの事も可愛がっておったものな」

「まあ、あのぐらいの歳の子は、儂にとっては皆孫みたいなもんじゃしな」


 そんな事を考えていた従兄ではあったが、賢者と祖父の会話を聞いて一瞬固まった。

 けれどぎこちない動きで再度足を動かし、またも混乱した思考になり始める。


(メリネ? メリネってまさか、メリネ・グールグ・チャイス? 精霊術師の一人?)


 従兄は先祖に憧れ、精霊術師憧れ、その憧れは他の精霊術師にも向けられていた。

 なので現存する精霊術師の名前は全員知っている。

 そんな彼が『メリネ』と聞けば、それはどうしても精霊術師メリネを連想してしまった。


 つまり完全に正解を当てている従兄なのだが、それでも理解が出来ずに混乱している。

 何せ彼にとって精霊術師は本当に『憧れの存在』なので。

 ナーラこそ赤子から知ってる気安さはあれど、他の精霊術師となると話が違うのだ。


 勿論キャライラスの悪評も知ってはいるので、微妙な気持ちも多少あるのだが。


「では、行ってまいります」


 そうして混乱している内に庭に出て、車に乗った賢者がぺこりと出発の挨拶をした。

 背中を押されていた自分も当然乗り込んでおり、賢者の侍女も既に乗っている。

 賢者の家族は「気を付けて」と言って手を振り、祖父が孫達の頭を撫でてから扉が閉まる。


 そして少しの間の後車が走り出し、賢者は「よいせ」と胡坐をかく。


「・・・淑女の座り方じゃないぞ、ナーラ」

「よいではないか。訓練中は儂もネイズルもこんな座り方じゃろうに」

「それは・・・そうだけど」


 従兄はチラッ侍女に目を向けると、侍女は若干呆れつつも容認している様だ。


「普段なら叱られるが、移動中もお主の訓練はするからのう。何時もの調子で良かろう?」

「山神様が居ないのに出来るのか?」

「何を言って居る。ここに居るじゃろう」


 従兄の問いに賢者は耳をつんつんと突く。勿論自分のでは無く頭の上の熊耳を。


「山神様は常に儂と共に居る。本体は山に居るが、いつでも傍に居るんじゃよ」

「そういうものなのか・・・」


 精霊の契約とは精霊が自分の体の一部を埋め込むようなもの。

 故にそれは一心同体とも言え、常に傍で見守っているとも言えると告げる。

 すると侍女も初耳という様子で、そういえば言っておらんかったと気が付いた。


「お嬢様、私は山神様に失礼をしていたりしませんか?」

「ザリィは山神様には割と好かれとるぞ」

「そう、なのですか?」

「儂の面倒を良く見てくれておるからのう。悪い事をしたら叱るのも含めて、お主の事は信頼しているようじゃの。ザリィがザリィである限り、その心配は不要じゃよ」

「・・・そうですか・・・山神様が」


 侍女は少しほっとした様子を見せ、同時に何処か気合いを入れる様子も見せた。

 賢者は「余計な事言ってしもうたかもしれん」と、若干恐々としていたが。


「という訳で移動中も遊んではおれんぞ。どうせ到着まで数日かかるんじゃ。その時間を無駄にする意味は無かろう。山の中は熊の領域じゃから集中し易かったろうが、車内での移動中でも同じ事が出来るとは限らん。ほれほれ、はようはじめるぞ」

「いや、その前に少しぐらい説明をしてくれよ」

「説明?」

「今から行くところって、メリネ・グールグ・チャイス様なのか?」

「なんじゃ、知っておったのか」

「精霊術師の名前は全員知ってる。いや待って、本当にチャイス様の所に行くのか!?」

「そうじゃよ。何じゃつまらん。到着して驚かせようと思っておったのに」

「・・・お前時々驚く程子供っぽいな。いや、それが普通なんだけど」


 ドッキリが上手く行かなかったと、唇を尖らせて残念がる賢者。

 因みに家族は承知の話である。途中で気が付くだろうなとも思っていたが。

 なにせ両親も弟の子が制霊術師に憧れている事は知っているのだから。


 そこに何も気にしていない祖父が名前を口にしてしまえば、こうなる事は当然である。


「まあ、以前から何度も遊びに来いと誘われておってな。ついでじゃしお主の訓練もかねて遊びに行こうと思ったんじゃよ」

「俺なんか居たら邪魔にならないか・・・?」

「魔法使いにとって、見聞を広める事も大事な事じゃよ。魔法には様々な物が有る。精霊術師の魔法と魔法使の魔法は少々違うが、それでもお主の学びにはなるはずじゃ。邪魔などとつまらん事は気にするな。メリネも気にはすまい。むしろお主を歓迎すると思うぞ」

「そ、そうなのか・・・?」


 従兄は少々不安を抱えながらも、どこかわくわくした様子を見せ始めた。

 憧れの人と会えるのだから当然だ。子供らしい可愛らしい笑顔だ。

 そしてこんな可愛い子をメリネが見れば。


(儂に構う分が少しは分散するじゃろう。儂、賢い!)


 従兄は自分より背が高くはあるが、まだ可愛らしいと断言できる容姿だ。

 つまり賢者は従兄を生贄に捧げようと画策していた。酷い話である。


『グォ・・・』

(た、鍛錬や経験になるというのも嘘ではないぞ!? その為だけに連れて行くのではないぞ!? ほ、ほんとじゃって! 熊よ、そんな目で儂を見るでない!!)


 従兄を可愛い弟弟子と認識した熊は、師匠の仕打ちに半眼を向けるのであった。

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