第104話、誘い(懇願)
「は、腹減った・・・」
山を下りて侍女と合流し、帰りの車の中で落ちついた所で疲れを自覚した従兄。
空腹で鳴る腹と一気に襲ってきた疲れから、ガタゴトと揺れる車の振動すら辛そうだ。
「まあ昼食も食わずに集中しとったからのう。儂としては流石にあそこまで集中するとは思っておらんかったぞ」
「あらお嬢様、お昼を食べられていないのですか?」
「いや、食ったぞ、この通りじゃ」
「・・・ネイズル様の分もお食べになられたので?」
賢者は空になった弁当箱を見せ、きっちり食べた証拠を見せる。
ただ従兄も一緒に食べる為に量が入っていたのに、完全に空っぽだった。
「一応夕暮れ前まではネイズルの分も残しておったんじゃが、この調子では食う機会が無いと思ってな。山神様に残りは食って貰った」
「山神様に残りを・・・」
侍女はなんて罰当たりな事をと思ったが、山神が受け入れたなら良いのかと思い直した。
「美味いと喜んでおったぞ」
「そうですか。それは何よりです。我が家の料理人達も喜ぶ事でしょう」
実際山神様への感謝と信仰はそこそこに高く、山神に褒めて貰ったとなれば確実に喜ぶだろう。
特に今代は賢者が精霊術師になった事で、その存在を確かなものとしている。
居るかもどうか解らない神ではなく、実際に守ってくれる山神の存在は民にとって心強い。
そしてその山神の力を持って民を守るからこそ、領主一族は貴族として貴ばれている。
賢者はある意味で現代に舞い降りた神に様なものだが、当然本人にその自覚は無い。
「うう・・・ゆれが・・・きぼちわるい・・・」
「ネイズル、あとちょっとで家に着くから、もうちょっとがんばれ」
「がんばるぅ・・・」
手を握って応援する賢者と、くたばりながらもそれに応える従兄。
余りにも子供らしい二人の様子に、侍女はクスクスと笑いながら見つめている。
そうて賢者の言葉通りすぐに家に辿り着き、従兄はふらふらしながら車を降りた。
「お帰り、ナーラ・・・彼は大丈夫なのかい?」
笑顔で出迎えた父だったが、隣の従兄を見て少し目を見開く。
母と祖母も言葉こそ口にしなかったが、同じような気持ちを抱えているのだろう。
祖父は特に気にした様子なく「お帰りナーラちゃん!」と賢者を抱えた。
「す、すみません、ちょっと、疲れてる、だけです・・・」
「あと空腹もじゃな。ちょいと集中しすぎて昼を食いそびれておるんじゃよ。ネイズルの分は多めにしてあげて欲しいんじゃが、今からでもお願いできるかの?」
流石に本家当主の前で余りにみっともない姿は不味いと、従兄は自分で事情を伝える。
そこに賢者が補足を入れたことで、まだ不安そうながらもみな納得した。
「よいよい、子供はそれぐらい張り切るもんじゃ! 疲れたのはそれだけ頑張った証拠じゃろうよ! 怪我も無く帰って来たのであればそれで良いではないか! 誰か、厨房に行ってネイズルの分を増やしてやる様に伝えよ! かっかっかっ!」
ただ祖父だけは快活に笑い、従兄の頭をぐりぐりと撫でながら指示を出す。
父は小さくため息をついていたが特に咎めず、祖母も苦笑をするだけにとどめた。
祖父にとってはナーラもネイズルも可愛い孫だ。そこに違いなど何もない。
まあ女の子という事で、賢者の事は少し可愛がりが過ぎてはいるが。
従兄はそんな祖父の態度に少し照れ臭くなりつつも、大きな手を受け入れていた。
そんな従兄に優しい目を向けた賢者は、ニマッと笑いながら口を開く。
「そうじゃぞ。しっかり食べて、しっかり寝るんじゃ。明日も同じ事をやるからの!」
「え、明日も?」
「そうじゃ。最初に言ったじゃろう。暫くは同じ事をやると。それに今回の事も、時間が無い故に切り上げてしまったからの。明日も上手く行くとは限らんぞ?」
自分が集中しすぎたせいではあるが、明日もこの疲労感を覚えるのか。
そう思ってしまった従兄だが、すぐに頭を振ってその思考を消す。
この程度の疲労だけで値を上げる事等自分には許されていないと。
(父上に言われた事を思い出せ。お前にはもう逃げる資格がないんだ)
疲れでくたびれていた自分に喝を入れ、背筋を伸ばして賢者に目を向ける。
「解った。明日も宜しく頼む」
「うむ、まかせよ!」
力強く告げる従兄の様子に、賢者は嬉しくなって笑顔で応える。
その様子は仲のいい兄妹の様にも、それこそ婚約者にも見える程に。
(王太子殿下より余程相性が良いのではないでしょうか。年齢的にも)
などと侍女が考えている事など知らず、賢者はご機嫌に食堂へと向かう。
もしこの場に青年が居たと知れば、言い知れぬ危機感を抱えたかもしれない。
初日はそんな一幕はあったものの、その後の日々も従兄は同じ調子だった。
従兄は毎日毎日くたびれるまで自分の内を探り、ヘロヘロになって帰る。
賢者がもうやらなくても良いと判断するまで、そんな日々が続く事に。
覚悟を決めていた従兄はそれでも音を上げる事なく、賢者と熊の指示に従っている。
とはいえ賢者だけでは不安だっただろう。山神という存在が居てこその安心もあった。
そうしてのんびりと従兄を鍛える日々が過ぎたある日、一通の手紙が届いた。
『何で何度誘っても遊びに来てくれませんの!?』
要約すると、そういう内容の手紙が。差出人は当然メリネである。
「あー・・・そろそろ行ってやるかぁ」
『グォ・・・』
それ以外に届いた手紙の束を抱えながら、賢者と熊は呆れる様に呟いた。
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