第103話、基礎(未満)

「それで、ええと・・・これから俺は何をしたら良いんだ?」


 また熊相手に話しかけるのは怖いのか、従兄は賢者に目を向けて問いかけた。

 その様子に熊は少し笑い、賢者も苦笑しつつ口を開く。


「従兄殿よ。魔法使いに一番必要な物は何じゃと思うかの」

「一番必要な物・・・魔力じゃないのか? 無いと話にならないだろう?」

「うむ、その通りじゃ。じゃが従兄殿はその魔力を自覚できておらん」

「そう、だな。今も全然解らないし」


 賢者の様に抑えているのならばともかく、目の前の従兄は無意識にも魔力を放っていない。

 となれば当然誰にも解るはずがなく、当人である従兄とて解るはずが無いだろう。


「ならば先ずはその魔力を感じる所から始めなければな。でなければ何も出来ん」

「確かに、それはそうだけど・・・」


 魔法は魔力を使って起こす現象で、魔力を自覚できなければ魔法も何もない。

 それは勿論納得できるが、だからと言ってそれが従兄の問いの答えにはならない。

 彼の問いはその魔力を使う為に今から何をすれば良いのか、というものなのだから。


「焦るでないネイズルよ。時間はあるんじゃ。今からする事は何の為なのか、ぐらいの事はきちんと事前に説明しておいた方が良かろう?」

「す、すまん・・・」


 ただ彼の焦りに気が付いていた賢者は苦笑しながら告げる。

 そこで本人も焦りを自覚したのか、少しばかり恥ずかし気に謝罪した。


「よいよい。気にするでない。子供の時はそんなもんじゃよ」

「自分より年下の子供に言われてもなぁ・・・」

「儂はほら、山神様が付いとるから! 普通の子供とはちょいと変わってしまっておるから!」

「・・・お前の様子が変なのは赤子の頃からだけどな」


 ザリィにも似た様な事を言われた賢者はそっと目を逸らした。


「そ、それでじゃな、先ずは自分の魔力を感じる為に、内に意識を向ける訓練をしようかの」


 誤魔化し下手か。そう思った従兄だが、余りつっこでも可哀そうだと思い止めておく。

 わたわたと少し慌てる様子は普通に可愛いのになと、そんな事も思いながら。


「内にって言っても・・・」


 従兄は賢者に言われた事で視線を下げ、自分の腹辺りを見つめる。

 けれど特にそれらしいものは感じず、困ったように眉を顰めた。


「お主に魔力がある事が解った理由は、お主に魔力を見る『目』が有るからじゃ。儂の放った魔法の魔力と耳が纏う魔力の違いが分かったという事は、魔力を見る事が出来る証拠じゃ。つまりお主は確実に魔力を持っておる。いや、この場合は『感じる』と言った方が正しいか」

「感じる、か・・・確かにそんな感じだったかも」


 従兄は魔法を見推せて貰った時を思い出し、確かに目で見た違いは無かったと思う。

 ただ何となく、何となく何かが違う様な、そんな感じがすると思った。

 ならば『見えた』というよりも『感じた』という方がきっと正しいのだろう。


「ならばその目を自身の中へ向ければ、自分の魔力を感じる事も可能じゃ。その後は魔力操作の訓練もする事になるとは思うが、それは本当に後々になるの。これはたとえ内にある魔力を感じ取れたとしても、その魔力が自分の全てではない可能性があるからじゃ」

「そんな事があるのか?」

「うむ。もっと内に、もっと奥に、もっと底に、魔力が眠っている事もある。なので魔力を感じ取れるようになったからと言って、すぐに次の訓練には移行せん事を先に告げておく」

「そっか・・・わかった」


 従兄の少し残念そうな顔に、弟子達も似たような様子だったなと思い出す。

 魔力を認識したのであれば魔力操作を、操作出来るようになったなら魔法を。

 もっともっと、次へ次へ、どうしてもそんな風にお思ってしまうのだろう。


 特に魔法に憧れが強い程、実際に魔法を使いたいという欲求は強い。

 大人でも我慢できない事がある以上、子供であれば尚更だろう。


「お主の為にも言っておる事じゃからな?」

「俺の為に?」

「そーじゃ。もし普段使っている以上の力を持っている事が後々分かった場合、魔力操作を何時も通りにするとえらい事になる。下手をすれば自滅する事も無いとは言えん」

「た、たとえば?」

「火の魔法を使って自分がまる焼け、とかじゃな」

「そ、それは、怖いな・・・」


 少し強めに脅しておこうと告げたその内容に、思惑通りビクッとする従兄。

 ただ別に嘘をついた訳ではなく、実際に起こりえる事故だからこそだ。


 賢者も熊も自分の目の前でそんな事態を起こす気は無いが、常に見ていられるわけじゃない。

 もし隠れて訓練などされた時には万が一の事態だって起こりえる。

 やらかしてしまった末のこの事態だ。叔父の顔を曇らせる様な真似はしたくない。


「という訳で、先ずは座ろうか」

『グォウ』

「へ?」


 従兄の様子に満足した賢者は、胡坐をかいて地面へと座る。

 それに倣う様に熊も座り込み、お前も座れと従兄に声を掛けた。

 ただ当人の従兄は突然の事に戸惑い、けれど熊に肩を抑えられ強制的に座る事に。


 熊としては弟弟子へ優しく『ほら、座るんだよ』というぐらいの力のつもりだった。

 けど従兄は威圧感に負けてへたりこんだ形であり、その気遣いは通じていない。


「くくっ・・・熊よ、お主が悪いとは言わんが、少々離れた方が良さそうじゃ」

『グォ・・・』


 顔が真っ青になっている従兄に気が付き、賢者は思わず笑ってしまった。

 熊はちょっとショボーンとしながら、何時もの大きさに戻って離れて座る。


「え、あ、あれ、山神様が、小さく!?」

「ああ、あれが普段の大きさじゃな。精霊様じゃから大きさは自在なんじゃよ」

『グォン』


 コクリと頷く熊は少し悲しそうだが、熊なので慣れていない従兄は気が付かない。


「まあ色々あって落ち着かんのは仕方ない。儂や山神がそうし向けたからの。そこを責める気は無いが、そんな中でも平常心を保つようにして欲しい」

「あ、すまない・・・ええと、すぅー・・・はぁー・・・」

「うむ、その調子で心落ち着け・・・そうじゃな、目を瞑ろうか」

「目を・・・」


 従兄は賢者の指示に従い、座った状態で深呼吸をしながら目を瞑る。

 すると耳に入るのは風が作る木々の揺れる音と、山に住む鳥の声。

 あとは自分が深くしている呼吸音ぐらいで、段々と心が落ち着いて行くのを自覚する。


「うむ、その調子じゃ。そのままゆっくり、ゆっくり、自分の内側に目を向ける様に意識するんじゃ。瞑った目をそのまま下に向けても良い。どんな形でも良い。心落ち着けたまま、意識を内に内に埋め込む様に、肉体の更に奥を覗き込む様に」

「肉体の、更に、奥・・・」


 正直従兄には賢者の言っている事が今いち解らない。

 内に意識を向けると言われても、体の中なんて見れるはずもない。

 けれど言われた通りに、その言葉のイメージを自分なりに咀嚼していく。


 目を瞑っているから見えはしない。視線を下げた所で暗闇だ。

 その暗闇を自覚しながらもその奥へ。体の奥へ、目を向ける様に。

 暫くそんな事を続ける内に、彼は自分の耳が何も音を拾っていない事に気が付く。


 ただそれに慌てる事も、意識しすぎる事もせず、ただ静かに内を見つめようとしていた。


「――――――っ」


 そして一瞬、何かに呑まれる様な、内側から溢れる何かに覆いつくされる感覚を覚えた。


「ぶはあっ!?」

「お、これは上手く行ったかの? 数日かけるつもりじゃったが、かなり早かったのぅ。土地の影響も在るのかもしれんな。この土地は我らがご先祖が育った土地なのじゃし」

『グォン』


 従兄は思わず目を上げて息を吐くと、賢者と熊が楽し気に笑う。

 ただ本人はまだ何が起こったのか解らず、大量の汗をかいて息を荒げていた。


「さて、今日はこの辺りで帰るとするかのう」

「え、な、なんで・・・」


 賢者はゆっくりと立ち上がって従兄へ告げるが、従兄は納得がいかない様子を見せる。

 それも当然だろう。何せ彼はただ座っていただけで、何もつかめた気がしないのだから。


「周りをよく見てみろネイズル」

「周り・・・あれ・・・」

「もう夕暮れじゃ。熊がちょいと手助けをしたとはいえ、お主は集中力が高いようじゃな。まあ内に意識を向けすぎると困る事も在るので一長一短なんじゃがな」


 従兄が集中しやすい様に、熊は周囲に結界を張り心が落ち着く様に魔法も使った。

 そのおかげで集中はし易かっただろうが、それでも本人の才能だろう。

 賢者はそう告げながらパンパンと土を払い、夕日を見ながら立ち上がる。


「嘘だろ・・・」


 ただ座って意識を内に向けていただけ。ただそれだけの時間。

 だというのにその時間だけで日が暮れるとは思っても居なかった。

 そう顔に描いてある従兄に苦笑しながら、賢者は彼の手を取って熊に別れを告げる


「では、またのー。明日も来るからのー」

『グォン♪』


 従兄は呆然としたまま、賢者に手を引かれて山を下りるしかなかった。

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