第89話、恥(本音)
「んむ・・・ふああああ・・・おろ?」
大あくびをしながら体を起こし、ぼーっとした頭で周囲を見回す賢者。
けれどなぜ自分がベッドに転がっているのかと、不思議そうに首を傾げている。
「・・・あー、そうじゃ、儂寝てもうたんじゃった・・・ふああああ・・・ローラルに悪い事をしたのう・・・んん~・・・ふはぁ」
ただ寝る前の事を思い出し、おそらく侍女が運んだのだと思い至った。
なのでとりあえず頭と体を起こそうと、グーっと力を入れて伸びをする。
脱力と同時に少し頭も起き始め、自分が着替えさせられている事にも気が付いた。
「んー・・・何かさっぱりしとるな。寝てる間に風呂に入れられたか?」
侍女の予想通り、拭かれていた時の意識は無い賢者である。
『グォン』
「ふむ、拭いてくれたのか。どっちみち面倒をかけたの」
頭をポリポリとかきながら熊に事情を聞き、ぴょんっとベッドから飛び降りる。
そのままトテトテと扉に向かい、おもむろに扉を開いた。
「ザリィや、すまんな面倒をかけて・・・何でお主らが居るんじゃい」
先ずは侍女に謝って礼を言い、護衛にも声をかけよう。
そう思い扉を開いた先には、確かに侍女と護衛が居る。
けれど部屋の中央に用意された席に、それ以外の人物が二人座っていた。
「筆頭殿、おはようございます」
「ナーラ様、おはようございます! 寝ぐせ姿もお可愛らしいですね!」
ブライズとメリネが何故か使用人部屋に居り、賢者の侍女に歓待されている。
精霊術師が二人ここに居るという事は、間違いなく目的は賢者だろう。
当人はそう判断しており、もしや何か面倒事かと身構えた。
「・・・儂を待っていたのか?」
「その通りです」
「お待ちさせて頂きましたわ」
やはり自分に用事なのかと、賢者は少々鋭い視線を二人に向ける。
起きるのを待っていたという事は、そこまで急ぎではないのだろう。
だがわざわざ待っていたのであれば、それなりに重要な話に違いない。
そう判断した賢者は話を急ぐよりも、先ずは落ち着いて席に付こうと考えた。
「ザリィ、儂にも茶を」
「畏まりました、お嬢様」
侍女に茶を頼んで足を進め、護衛に席を引かれて椅子に座る。
二人は客人が座る場所に居るので、もてなす側として二人の正面に。
そして貴族らしく座ったつもりだが、はた目からは可愛らしい事この上ない。
大人の真似をしている幼児にしか見えず、ブライズすら内心可愛らしいと思っている。
ただ敬愛する筆頭殿に恥をかかせてはいけないと、何でもない風を装っているが。
当然メリネは完全に悶えており、抱きしめたくて堪らない様子だ。
「どうぞ、お嬢様」
「うむ、ありがとう」
賢者は二人や護衛達の気持ちなぞ気が付かず、侍女から受け取った茶を静かに飲む。
そして寝起きの喉を軽く潤してからカップを置き、客人へと真剣な目を向けた。
「して、何があった。二人揃って儂を待っておるなど」
熊の手を借りずに済めば良いが、と思いながら二人の返答を待つ。
すると二人は一瞬目を合わせ、けれどすぐに賢者へと視線を戻す。
その仕草に賢者は不安を覚えてしまい、何が来るかと拳を握りながら構えた。
そんな賢者を見ていたブライズは、どこか言い難そうに表情を歪めながら口を開いた。
「既に筆頭殿御付きの侍女殿にはお話をさせて頂いております。故に本来私共はこの場に留まるべきでは無い事を承知で、筆頭殿が起きて来られるのをお待ちしておりました」
「伝言で事足りる用事、と言う事か?」
「はい、本来であれば、伝言だけを残して私共は去るべき事だと思っております」
「・・・ならば、大事という訳ではない、のかの?」
「はい。ご心配されている様な事は何も」
「・・・そう、か。なんじゃ、儂の考え過ぎじゃったか」
今日の訓練での『心』が残っていたせいか、変に警戒心を持ってしまったか。
賢者はそんな風に少し自分に呆れながら、ほっと息を吐いてお茶を飲む。
そしてもう一度気を抜いた息を吐いた時には、完全に普段の賢者に戻っていた。
どこか緩い、楽し気な笑顔の熊耳幼女に。
「それで、一体その話とやらは何なんじゃ?」
なのでもう警戒する必要は無いと気軽に問う賢者。
だがそんな賢者の問いに対し、二人は気まずそうな表情を見せる。
そのせいで賢者は消えたはずの不安がぶり返しそうになった。
「な、なんじゃ、やっぱり何ぞ問題が?」
「い、いえ、問題と言っても、我々が問題と言うか、その」
「ええ、冷静になると少々恥ずかしい真似をしている、という事を私達自身が今更になって自覚してしまったと申しますか・・・大分恥ずかしいですわね、ヒューコン卿」
「今更反省しても遅いだろう、お互いに・・・」
「そうですわね・・・」
ブライズとメリネが何かを通じ合った様に顔を見合わせ、けれど賢者はさっぱり解らない。
思わず事情を聞いているという侍女へ目を向けると、彼女は二人へと視線を向けた。
「話し難いのでしたら、私がお嬢様にご説明致しましょうか」
「いや、どうせ恥をかくのだ。自ら口にしよう」
「ええ、そうですわね」
「との事です、お嬢様」
一体何がどういう事なのか。賢者はそう言いたかったが黙った。
何やら二人が言いにくい事を、自分の口から言おうとしている事が解ったから。
(大きな問題ではなく、だが二人は恥ずかしい事。何じゃろうな。本気で解らんぞ。とはいえ大人二人が小娘に語る恥ずかしい話じゃ。笑わず真剣に聞いてやるとしよう)
賢者は優しい気持ちで二人を見つめ、そんな振る舞いが更に二人を追い詰めている。
幼女に優しく見守られる老人と淑女と言う様子に、護衛は少し吹き出しそうだ。
けれど二人も何時までも黙ってはいられないと、意を決して口を開いた。
「う、羨ましかったのです、殿下が」
「はい! 殿下は狡いです!」
「・・・んむ?」
ただその内容に賢者は更に首を傾げた。何故ローラルの話が自分に来るのかと。
(もしやあれか。お前は殿下の婚約者なのだから、きちんと手綱を握れとかいう文句を言われる流れか!? まさか婚約にこんな罠があったとは! つーかあ奴何やったんじゃ!?)
余りにも予想外な展開に賢者は混乱しながら、この場に居ない青年へと恨みを連ねる。
実際は完全に濡れ衣なのだ。いや、完全にとは言えないかもしれないが。
「筆頭殿と真剣な手合わせをお願いするなど!」
「私だってナーラ様と一緒に訓練をしたいと思っておりましたのに!!」
この通り、青年と賢者の手合わせが原因なので。
「・・・は?」
ただし賢者は理解が出来ず、何言っとるんじゃこやつら、と呆れ顔になっている。
「だって、だって、殿下ってば自慢する様に言われたんですのよ! ナーラ様との訓練がいかに有意義だったか! ナーラ様の優秀なお姿をその目に独り占めしていたなど、許せませんわ!」
「筆頭殿が制限をかけた上での技術で戦う様を、ただ言葉だけで伝えられるこのもどかしさよ。殿下は我々の意も全部理解して煽るように告げられたのです・・・!」
「・・・ああ、そう」
恥ずかしい。そう言っていた割に、堰を切ったように語りだす二人。
二人の勢いに賢者はそうとしか答えられなかった。
(つまり・・・つまりなんじゃ、二人ともローラルと儂の手合わせが羨ましくて、自分達とも手合わせをして欲しい、つー訳じゃよな。いやそれ伝言残せば良かろうて・・・ああ)
それで恥ずかしいのかと、賢者はそこで気が付いた。
良い大人が二人して、この願いを言う為だけに待っていたのかと。
そして賢者を目の前にして、今更常識的な認識が戻って来たらしい。
ただその常識も、想いを語りだしたら吹き飛んだようだが。
「・・・ザリィ、お代わり」
「畏まりました、お嬢様」
思わず頭を抱えながら、お茶のお代わりを頼む賢者であった。
因みにこの間も二人の語りは止まっていない。むしろ加速している。
(ローラル! 覚えとれよ!!)
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