第90話、約束(ほぼ強制)
「取り合えず、話は解った」
お茶を飲みながら二人の話を聞き、ひと段落した所で賢者がそう告げた。
表情に呆れが混ざっている事は致し方ない事だろう。
だが不愉快な表情を二人に向けていないのは、それが魔法に関する事だからか。
「お主らが希望するのであれば模擬戦の相手になろう。とはいえローラル相手にした時と同じく制限をかけた訓練に付き合って貰う形にはなるので、それでも良いというのであればだが」
それに賢者としても悪い話ではない。目の前の二人はおそらく並み以上はある。
特に老人の魔法の速度には目を見張るものがあったし、対処を今から考えなければいけない。
素の状態でどこまでやれるか、むしろ自分が鍛えて貰う形になるだろう。
そういった判断から条件を付け、本気を出せば勝てるんだぞと言う風に告げた。
実際は本人の本気では負ける可能性が高いが、その辺りは誤魔化しておくしかない。
精霊化の全力こそが賢者の本気だと、そう思われているのだから。
「勿論です、筆頭殿」
「構いませんわ!」
条件など関係ないとばかりに即答で頷く二人に、賢者は思わず苦笑してしまう。
そんなにも自分との手合わせが楽しみだと言われると、やはり悪い気がしないのも有る。
とはいえ、だ。
「では今からでも場所を抑えに参りましょう」
「ええ、どこが良いかしら。やはり殿下と同じ条件が良いのかしら」
「待てコラ落ち着けお主ら」
今すぐにでもと立ち上がる二人に待ったをかける賢者。
そして窓を指差し、二人の視線がそちらへとむけられる。
窓の外は赤くなっており、日が傾いている事が確認できた。
つまりもうすぐ夜である。今から始めると真夜中になる事だろう。
「明日じゃ明日。今日は我慢せい」
「・・・承知致しました」
「はい・・・」
(子供か)
あからさまにしょぼんとする老人と淑女の姿は、叱られる子供そのものだった。
(ブライズは大分落ち着いた様子を感じておったんじゃが、魔法に関する事・・・いや、精霊術に関する事になると、以前と余り変わらんのかもしれんのう)
賢者の想像通り、老人は以前の様な狂気じみた執着は無い物の、思想自体は変わっていない。
精霊術師として強く在る事。そしてこれからも研鑽を続ける事に誇りを抱いている。
自分よりも遥かに格上な存在を認識した事で、研鑽する気持ちが残った形になっただけで。
一番強く在る事に固執はしない。けれど死ぬ最後まで研鑽は続けよう。
自分を救ってくれた精霊に誇れる自分で在る様に。老人の想いはただそれだけ。
その大事な想いに気が付かせてくれた賢者だからこそ、老人は付き従う事を決めたのだ。
(メリネは魔法と言うよりも、儂に構って貰えた事が羨ましいって感じじゃろうが)
此方も大体想像通りではあるが、精霊術師としての技術が見たいのも事実だ。
メリネ自身は意外と真面目に研鑽を積むタイプだが、周囲と共にという事は余り無かった。
なにしろ精霊術師は面倒な人間が多い。教えを乞うのすら面倒くさい。
頭のおかしい女と、一番に固執する老人と、国王至上主義の男と、自分の無い女。
一応話が通じる精霊術師は王太子殿下で、模擬戦でも魔法を放つのが怖い。
そんな中見た目も中身も好ましい精霊術師が居り、訓練に付き合ってくれる。
メリネにとっては待ちに待った存在であり、最早救世主の様に感じていた。
何せ自分より技量が上であり、学ぶ事しかないと解っているのだから。
(この機会を逃す手はないですわ! あと格好良いナーラ様も見たいですし!)
どちらの比重が重いかは本人にしか解らないが、一応真面目に訓練を希望しているのだ。
なので絶対にこの機会を逃がすまいとした結果、残念な人間が二人生まれた形である。
「で、ではナーラ様、夕食をご一緒致しませんか?」
「ふむ、まあそれぐらい――――」
良いだろう、と返事しようとした所でスッと侍女が前に出た。
「大旦那様が朝も昼もお嬢様に会えていないと嘆いておられますが、宜しいのですか?」
「―――――すまん、メリネ。また今度な」
部屋ですねている祖父を簡単に想像出来た賢者は、頭を下げて断った。
因みにその想像通り拗ねている。大きい図体を丸めて侍従に愚痴りながら。
とはいえその愚痴を大半聞き流されているので、いつもの事ではあるのだが。
ただ普段の愚痴の内容は祖母に叱られた事だったりする。
基本祖母に弱い祖父である。一応元ギリグ家当主なのに。
(婿じゃなくて直系のはずなんじゃが・・・祖母の方が大事に扱われとるんじゃよな)
家の者は揃って祖母の味方をするので、基本的に勝つ要素がない祖父。
過去に何かがあったのだろうが、その辺りは祖父も祖母も語らない。
訊ねても前者は冷や汗交じりに、後者は思考が読めない表情で笑うだけだ。
間違いなく祖父が何かをやらかしたのだろうが、それ以上問い詰めた事は無い。
「仕方ありませんね。ご家族を蔑ろには出来ませんし、そういうナーラ様だからこそ私は良いと思いますから。でも明日はどうか、宜しくお願い致しますね」
「ああ、解った。すまんなメリネ」
以外にもあっさり引いたなと思いながら、謝罪と礼を告げる賢者。
老人も大人しくそれに頷き、これ以上何かを言う事は無かった。
「では、筆頭殿。私共はこれで失礼致します。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした、ナーラ様」
「いや、儂は別に良いんじゃがな・・・」
チラッと侍女に目を向けると、二人もその意図に気が付いた。
「侍女殿、護衛達も面倒をかけて申し訳なかった」
「申し訳ありませんでした、皆さま」
「謝罪をお受けします。ですが余りお気になさらず。お嬢様のお客様をもてなすのは私の仕事でもありますので。今後もお嬢様と良きお付き合いをして頂ければ何よりです」
二人の謝罪を一応は受け入れ、その上で気にするなと告げる侍女。
そこには二人が賢者の『味方』をしているという点が大きい。
老人は最初こそいい印象はなかったが、他の精霊術師と友好的である事は力になる。
となればお嬢様の為になる以上、その程度の面倒など特に気にする事も無かった。
殿下と違って怪しむ要素が少ないのも在る。むしろそれが一番かもしれない。
護衛達も同じ様に小さく頷き、賢者はなんだか嬉しくなった。
「良い侍女と護衛じゃろ?」
「ええ、筆頭殿に相応しい者達かと」
「いいですわね、ギリグ家は」
満面の笑みで告げる賢者に、老人はごく真面目に、メリネはどこか羨ましそうに答える。
メリネの様子が少しだけ気になった賢者だが、二人が立ち上がった事で問う事は無かった。
最後に軽く礼をして二人は去っていき、それと入れ違いになる様に祖父がやって来る。
「ナーラちゃん! やっと会えた! お爺ちゃんは朝の挨拶すら出来なくて、寂しくて寂しくて仕方なかったんじゃぞ!」
「す、すまん、爺上」
完全に祖父の事を忘れていた、なんて言ったらまた落ち込むのだろう。
若干目を逸らしながらその事を黙っておき、祖父のするがままに抱きかかえらえる。
そのまま暫く頬擦りをされたが、甘んじて受け入れるのであった。
だが暫くすると祖父は突然真剣な表情になり、賢者の侍女へと鋭い目を向ける
「ところで先程精霊術師の姿が見えたが、何かあったか?」
「お嬢様へ手合わせの申し込みがあっただけです」
「・・・大丈夫か?」
「単純な訓練の願いですから問題は無いかと」
「・・・そうか、解った」
それでもやらせたくはない、という思いを抑え込んで祖父は頷いた。
孫は既に精霊術師だ。一人前の貴族扱いだ。となれば止められはしないと。
その孫は祖父の緩急のあり過ぎる豹変に、風邪ひきそうじゃな、などと思っているが。
「じゃあ夕食は一緒に出来るんじゃよな、ナーラちゃん?」
「・・・ご一緒しますぞ、爺上」
あの若造と夕食などと言わないよな、という副音声が聞こえた賢者であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます