第63話、希望(幼女)
陣地に潜入してきた男の発言は、賢者にとっては余りに予想外だった。
何せ本人はとうとう暗殺者の類が来たか、と考えていたのだから。
なれば恨み言の一つや二つでも言われるのかと思えば、自国の元首を殺してくれと来た。
「次の戦争では、元首が戦場に出るのは確実です。そして貴女なら奴を討てる。どうか奴を逃がさず確実に仕留めて頂きたいのです・・・!」
「中々面白い事を言うね。何故その願いを私に伝えられず、我らが精霊術師筆頭殿に直接言わなければならなかったのかな?」
それに応えたのは困惑で首を傾げたまま固まる賢者ではなく、横で聞いていた青年だ。
正確には賢者と侍女の護衛なのだが、それでも王太子として今の話は聞き流せない。
元首をしとめて欲しいという願いを届けるだけなら、賢者を待たなくても良かったはずと。
嘘や誤魔化しは許さないという威圧も籠った言葉に、男は一瞬ビクッとしながらも答える。
「直接告げなければ、伝わらない可能性があります。敵国の諜報員や兵士の戯言と」
「・・・それは内容次第だと思うけどね」
「それでも、情報が伝わらない可能性を確実に潰したかったのです」
「・・・成程。そちらの国らしいというか、何というか」
何処までも真剣に語る男の言葉に、青年は思わずという様子でため息を吐く。
青年の感覚で言ってしまえば、こんな事態になったのに情報共有をしない方が馬鹿らしい。
目の前の男の言葉の真意や対処は兎も角として、少なくとも賢者にこの事を隠す意味が無い。
いや、内容次第では隠すだろうが、目の前の男には内容など関係ないのだろう。
それが自国では当たり前の事だからだ。情報共有が確実に行われていないからだ。
確実に上げる必要がある最優先の情報も、何故かどこかで止まっている事があると。
ミスではなく、こんな情報に価値が無いと判断した誰かが、そこで止める事があると。
勿論目の前の人間が王太子と知っている男は、青年の言葉を完全に否定する事はしない。
機嫌を損ねて話を聞いてもらえなければ失敗であり、けれど完全に肯定する訳にもいかない。
ただ諜報員を忍ばせている国の王子としては、男の言葉に説得力を感じてしまった。
「とりあえずは納得しよう。ならばこの話はリザーロとメリネ嬢も一緒の方が良いか。ナーラ、申し訳ないけどお願いできるかな。私は彼らを見張って待っているから。集まる場所は会議用の天幕にしよう。今回はナーラの天幕の近くに建てているから丁度良いだろうし」
「む、あ、ああ、解った」
まだ困惑から立ち直っていなかった賢者は、青年の言葉に頷きつつ明るい方へと向かう。
当然侍女をもその後をついて行き、手ごろな人間に声をかけて伝令を頼んだ。
先ずは王太子への応援の兵士と、次に他の精霊術師への連絡。
全体で見れば同じ陣とはいえ、他の者達はそれぞれ自分の兵を率いている。
故に賢者が歩いて呼びに行くよりも、兵士に伝令として向かって貰った方が速い。
そうして侍女がテキパキと進めていく中、賢者は腕を組んで考えていた。
(諜報員が自国の情報を渡しに来る。その時点で罠の可能性もあるじゃろう。じゃがあの必死の様子が嘘であるとは儂には思えん。本気で元首が討たれる事を願っておるように見えた)
暗がりで顔は見えず、判断できるのはその声音のみ。
けれど賢者はその声音から切羽詰まったものを感じていた。
まるで後が無い様な。もう縋る物がここだけという様な。
(弟子よ、どうやらお主の愛した国は、余りにもお主の思想と変わり過ぎた様じゃな)
他国の人間に自国の元首を討つ事を願う。それがどういう意味を持つのか。
勿論ただ逆恨みで行動した可能性も全く無いとは言わない。
だが普通に考えれば、自国の在り方に不満を持つが故の行動というのが妥当だろう。
(一歩間違えれば殺されておった。それを考えれば、安易な逆恨みで出来るじゃろうか。いや、出来る者も居るな。愚か者とは時に力量や状況も考えず暴挙に出るからの)
流石に今回はそれに該当しないだろう、とは思うものの一応頭の片隅にはおいておく。
先程の男がとても演技が上手く、悪意を隠すのが得意という事もありえなくはない。
「お嬢様、連絡は済ませましたがお戻りになりますか。それとも天幕でお待ちになりますか」
「んー、一応ローラルの所へ戻るか。あの男は儂に願いがあった事から暴れんとは思うが、それが独断の可能性も有るじゃろう。その場合気絶してる連中が起きて魔法を使いかねんしの」
「畏まりました」
「危ないからザリィは戻っても良いんじゃぞ?」
「戦場以外ではお嬢様の傍に居ます。それがお約束のはずですが」
「・・・そうじゃったな。ならばお主も約束は守れよ」
「仰せのままに」
「・・・どの口が言うんじゃか」
仰せのままに等と言うが、そんな事を言うなら領地で大人しくしていろと言いたい。
賢者はそんな思いを胸に抱きつつも、それ以上の事を言うのはやめておいた。
下手な事を言ってしまうと、戦場にまで付いて来かねないと思って。
賢者は侍女が戦争に付いて来る事を嫌がり、けれど侍女は絶対について行くと主張した。
その妥協点が『戦場に着いたら後方に下がる』という約束だ。
自分は前に出なければならず、そんな所に侍女を連れていけないと。
とはいえ流石に侍女とてその辺りは弁えていて、邪魔になる場所について行く気は無い。
賢者に誤解をさせていると解った上で、誤解を解く気が無い侍女であった。
そんなお互いの思惑というよりも、侍女の手のひらで転がされている賢者は青年の下へ戻る。
するとその途中で移動中の青年と出会い、昏倒していた者達は兵士達に担がれている。
「お帰りナーラ」
「問題はなさそう・・・じゃな」
「彼は大人しくしているし、他の者達もまだ起きてないからね。ちょっと強く殴り過ぎたかもしれない。流石に複数人が相手だったから、加減する余裕が余り無かったんだよねぇ」
「殴った? お主素手でやったのか?」
「そうだよ。じゃないと煩いじゃないか」
(こういう所が怖いんじゃよなぁ・・・素手で簡単に昏倒させるとか普通に恐ろしいんじゃて)
人を昏倒させるのに武器すら要らない上に、隠密行動が得意とか最早暗殺者だ。
賢者は思わず素手で自分の首をゴキリとされる想像をしてしまった。
一瞬背筋に走った寒気に身を震わせ、けれどそれを誤魔化す様に男へ口を開く。
「では行くかの。お主の話は皆が集まってからじゃ。良いな?」
「はい」
意識のある男は縛られているものの、大人しく青年の後をついて歩いている。
とはいえ周囲の兵士が目を光らせており、下手な動きが出来ないというのもあるだろう。
流石に視認して敵と認識された状態では、隠匿系の魔法もあまり意味が無い。
勿論それも使いようによっては、この場からも脱する事が出来る可能性はあるが。
ただしそれは周りが兵士のみ、賢者と青年が居なければという条件が付く。
男もそんな事は諭されるまでも無く理解しており、そもそも最初から逃げ出す気が無い。
(・・・上手く行った、と思って良いだろうか。勿論捕らえられている以上は最上ではないが、少なくとも話を聞いて貰える状況にはなった。考え方を変えれば、精霊術師全員が話を聞く態度を見せてくれると解った事は良かったと言えるかもしれない。後は、彼女次第か)
その内心は、むしろこの状況は好都合だと、そう考えていた程なのだから。
勿論男が目を向ける先の幼女がどう行動するかで、その結果は変わるだろうが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます