第64話、思想(敵国)
「この者達が侵入者か」
「やっぱりうちの国は魔法使いを相手には弱いですわね。警備の兵は一切気が付く事が出来ず、王太子殿下自らが対処となるなんて」
「メリネ嬢、それを兵士達の前で言うのは止めておいて欲しいのだが。彼らとて好き好んで素通りさせた訳ではないんだ」
「リザーロに言われずとも解ってますわよ。ここには精霊術師しかいないからこその発言です。彼らが手を抜いているとも、役に立たないとも言うつもりはありませんわ」
リザーロとメリネへの連絡が付き、二人とも真夜中にも拘らず直ぐに対応した。
特にメリネに限っては『ナーラ様がお呼びなら!』とほぼ寝間着のままの参上だ。
一応一番上にコートの様な物を羽織っているが、中はとても男性に見せられるものではない。
いや、女性的な魅力、という点であれば誰にでも見せられるのだろうが。
ただリザーロは普段通りすぎて、むしろ寝ているのかどうか賢者は若干心配になった。
そんな二人の軽口を聞いていた青年は、少々困った表情で口を開く。
「そもそも我が国の弱点を敵国の諜報員の前で言わないで欲しいね」
「あら、それこそ今更ではありませんか、王太子殿下?」
「そうだね、と言い難い返しをしないで欲しいな・・・我が国の長年の悩みなんだよ?」
「あらあら、それは申し訳ありません」
欠片も謝る気の無さそうなニコニコ笑顔の謝罪に、青年は苦笑で返すしかない。
実際彼女の言う通り今更な話で、この国に魔法使いが少ない事は自他が認める事だ。
ただし魔法国家以外の国は、精霊術師という存在をきちんと脅威と見ている。
この国は確かに戦争での攻め手に乏しい。だがそれはけして弱いという訳ではない。
被害を度外視した戦法を精霊術師がとれば、大打撃を与えられる事は間違いないのだ。
その損害を考えるのが普通の国で、考えないのが魔法国家といった所か。
賢者は魔法使いに不意打ちをされる事を考えたが、それは逆もあり得るのだ。
国民への被害を守れないのであれば、全力をもって攻撃するという方法が。
やられた事やり返す形で、ゲリラ戦法で戦えば精霊術師にも勝ち目はある。
ただその場合完全な泥沼戦争になり、どちらもの被害が尋常ではなくなるだろうが。
戦場に出ない一般人も被害に遭う様な、本物の泥沼の戦争に。
(とはいえ我が国が負ければ国民の扱いは確実に酷いものになる、という事を考えれば最悪そういった戦いも有りえたけど。私が単身であちらの国に乗り込んで首脳陣の首を獲るとかね)
青年が少々物騒な事を考えている事は、いつも通りの様子なので誰も気が付かない。
ただ青年と契約している精霊だけは、何かを言いたげな雰囲気を醸し出してはいたが。
「無駄話はそのぐらいにして、儂はそろそろこやつの話を聞きたいんじゃが。外に侍女を待たせておるし・・・ふあぁ、何より儂は眠いんじゃよ。これでも幼児じゃぞ」
「ああ、ごめんなさいナーラ様! リザーロと殿下のせいで!」
「・・・すまない、ナーラ嬢」
「・・・ごめんね、ナーラ」
体が幼児故に眠気に負けそうな賢者の文句に、メリネは責任を他者に押し付けた。
二人は思う所はあるものの、これ以上話を引き延ばしたくないと我慢をする。
そして青年は賢者の要望通り、捉えた男に向けて声をかける。
「では話を聞かせて貰おうか。君は何故ナーラにあんな願いを?」
「既に察しているのではありませんか。この様な事を頼む理由など、一つしかありません」
「それでもきちんと言葉にして貰わないとね」
「・・・解りました。我々は元首とは違う派閥に所属する者です。今の国を良く思っておらず、ですが元首を止めるだけの力も無い。あの国は良くも悪くも実力主義。そして実力のある者が愚者でも従うのが国の在り方です」
「随分な物言いだね。自国の元首を愚者だと言っているように聞こえるけど」
「愚者ですよ。このままでは国が亡ぶという事すら気が付けない愚者です」
「国が亡ぶね。何故そう思うのかな」
「私は王都に居ました。それが理由にはなりませんか」
「成程、あの龍を見た訳だ」
男は諜報員の一人として、王都にて賢者の、正確には熊の放つ龍を見た。
それは明らかに格の違う魔法であり、青年の腕に抱かれていた小熊も同じ事だ。
魔法使いであれば、魔法を使える者であれば、あの脅威を理解できないはずがない。
「あれが戦場で放たれてしまえば、自国の被害は凄まじい事になります」
「そうだね。こちらとしてはそれが望ましいけど」
「当然だと思います。けれど戦場で下っ端がどれだけ死んだ所で、上の連中は気にしない。ただコマが減った程度にしか考えていない。我々の命を見ていない」
「・・・そうだね」
男がこぶしを握りながら告げるそれは、青年にとっては良く知る事だ。
忍び込ませた諜報員からの情報は、常にそんな話が付きまとうのだから。
「元首達は魔法使い至上主義に誇りを持っている訳じゃない。ただそう在る事で自分達にとって過ごしやすい国である事が需要なんです。だから本当は、別にこの国だってどうでも良い連中が何人も居る。そんな連中の煽りに乗っている馬鹿どもは本気でこの国を見下してますけどね」
「ハハッ、馬鹿どもと来たか」
「ええ、馬鹿ですよ。現実が見えていない馬鹿だ」
男はその『馬鹿』達の事を思い出しているのか、険しい顔をしてそう告げた。
ただリザーロとメリネは、男に対し酷く冷めた目を向ける。くだらないと言わんばかりに。
「悪いが貴様らの思想も国の事も私にはどうでも良い。敵国だからな。敵国の都合が何であれ、今まで貴様らが仕掛けてきた戦争で何人死んだと思っている。そんな思想がどうのと言う話で絆されるとでも思ったか。元首をしとめて欲しいというなら、何かしらの利を提示しろ」
「ええ、その通りね。ナーラ様に元首を仕留めろという事は、ナーラ様に危険な場に出ろと言うのと同じ事。お涙頂戴で願いを聞く程貴方の国との関係は安い物ではないはずでしてよ」
敵国。そう、敵国だ。けして友好国の使者の願いではない。
その時点で男の言う事等、二人にとっては余りにどうでも良かった。
今必要なのは思想よりも、現実的な対処の話だと。
「具体的に、元首を仕留めれば貴様らはどう動くつもりだ。そして元首を仕留めろと言うのであれば、戦場で有利に動ける情報なりは持って来ているのだろうな。更に言えば今まで戦場に出てこなかった元首が確実に出て来るという理由はなんだ。本当に確実なのか」
緩く話していた青年とは違い、詰める様に問うリザーロ。
そんな彼に青年は苦笑するものの、止める様子は一切ない。
青年とて内心は同じ思いを抱えているのだ。情で動く理由など無いと。
すると男は一瞬怯んだものの、心を落ち着ける様に小さく息を吐いてから口を開いた。
「先ず元首は確実に動きます。自分達がこの国に対し怒り心頭であり、自ら叩き潰すと部下達に言ってしまった。もう撤回は出来ず、確実に戦場には向かってきます」
「成程。撤回してしまえば、自らの地位を危うくする、って所かな?」
リザーロではなく青年が軽い口調で問うと、男はコクリと頷く。
「そうです。元首は確かに強い。だが無敵ではない。思想に従っている者達が多いからこその強さという点もある。だというのにもし今回自らの言葉を曲げれば」
「・・・元首の座から引きずり降ろされる訳だ」
青年は納得したように呟き、けれど内心で別の考えも浮かぶ。
ならばそれは、賢者が元首を仕留めても同じ事ではないかと。
「それで、その後はどうするんだい?」
ただ目の前の男がそれを理解せずに来たとは、流石に思えずに先を促した。
(・・・ね、眠い。は、早く、早く要点を纏めてくれ・・・それか儂明日聞きたい・・・!)
『グォン!』
尚賢者はそろそろ限界が近く、熊の応援も空しく瞼が閉じかけていた。
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