第57話、暗躍(罠)
賢者が戦争について青年から講義をされている頃、とある場所にて密会が行われていた。
貴人の為の個室が用意された飲食店にて、少女と男達が席についている。
少女の背後には数人の護衛が居るが、少女にとっては護衛など何の意味も無い。
少女はキャライラス・ヘズ・グローディア。以前賢者に挑み倒された精霊術師だ。
護衛よりも強い護衛対象である彼女には、誰が傍についていようと特に関係が無い。
そんな少女の目の前には宝飾品が積まれており、その内の一つを手に取った。
「ふうん。確かに良い物ね」
幼い頃から宝飾品の類が身近に在り、ある程度の審美眼は備えている。
そんな少女の目からして、手元にある宝飾品はそれなりの値打ち物に見えた。
「ではこの仕事、引き受けて頂けますか?」
「そうねぇ・・・」
対面に座る男が問いかけると、少女はにやりと笑って宝飾品を身に着けた。
それは傍目にはとてもご機嫌な様子に見え、満足して貰えたと思ったのだろう。
むしろ身に着けた事が了承の返答であり、野暮な事は聞くなという意味に。
「満足頂けた様で何より。これであの老人は貴方に任せられます。奴さえ抑えてしまえばこの国に敵は居ないような物。ああ、戦争が終わった暁にはそれなりの立場を用意しますよ」
男はにやりと笑い、少女へ甘い言葉を投げかける。国を裏切る利益が在ると。
この男は魔法国家の人間であり、何時か上層部の一人が口にした案を実行している。
本来は工作の類は嫌うはずなのだが、良い見世物になるだろうと許可が下りた。
愚か者達が敵を前に同士討ちをする。それは面白い見世物だろうと。
何より『それなりの立場』という言葉は、お前に相応しい『奴隷身分』という意味で。
男は目の前の小娘を心底馬鹿にした目で見つめ、これからの見世物を楽しみに嗤う。
けれど男の笑みを見て言葉を聞いた瞬間、少女の笑みが消えた。
「ホント、あんた達って馬鹿なのね」
「・・・え?」
少女が何を言ったのか、男は一瞬理解できず呆けた顔を見せるた。
その様子が余計に気に障ったか、少女の顔は段々と険しくなっていく。
「この程度の物で命を捨てろって? 脳みそ腐ってんじゃないのアンタ達。あのクソガキがどれだけの力量か理解してないのかしらね。いえ、信じたくないっていうのが正しいのかしら」
「なっ、貴様、誰に向かってそんな口を―――――」
「現実が見えてないアンタに向かってよ。人を馬鹿にした目を隠そうともせずに、相手を小娘だというだけで騙せると思ってるグズに向かって言ってんのよ」
少女は怒りのままに魔力を開放し、その魔力量に目の前の男達は動けなくなる。
男が見開いた目に映るのは、自分の魔力を遥かに超える力。その力に呼吸すら忘れて。
「はっ、何が魔法使い至上主義よ。その思想を持った三下は、この程度の魔力を当てられただけで動けなくなるくせにさ。しかも陛下が意図的に流した情報に容易く釣られるとか。ホント魔法を使う事以外の脳がないわよね、あんた達の国って。いえ、私達を嫌い過ぎるからかしら?」
先程とは違う獰猛な笑みを見せる少女は、目の前の男とその所属の国をこき下ろす。
これは最初から仕組まれた事だと。この密会は国王陛下も承知の上だと。
少女が賢者を嫌い今の扱いを不当だと思っていると、扱いやすい子供という情報を流したと。
「き、貴様、一体、何を・・・!」
「あー、そういうの要らないから。私馬鹿の相手をする気は無いの」
「がはっ!?」
少女がつまらなそうに風の魔法を放つと、男達が吹き飛び壁に叩きつけられる。
一瞬防御の為に魔法を使おうとしたのは見えたが、少女の魔法発動速度には敵わなかった。
少女の魔法は賢者が認める程の速さを誇っている。威力は兎も角速さだけは凄まじいと。
本人もその自負があるからこそ、目の前の男に真正面から魔法を放ったのだ。
自分の魔力に呑まれる程度の相手なら、負ける事なんてあるはずがないと。
「後ろからジジイを攻撃して裏切る。そんな危ない橋渡らせる為に出した報酬がこれっぽっち。色々と現実が見えてないってのが良く解るわ。ジジイを一番の脅威として見てるってのもね」
「ぎ、ざま・・・!」
「ああ、たわ言を聞くのは私の仕事に入ってないから黙ってて。とりあえず両手両足砕いて陛下に引き渡すだけだし。ま、これを報酬に貰って良いって話だから、美味しい仕事だったけどね。アンタ達が馬鹿で助かるわぁ。アンタ達は私達を馬鹿にしてるんでしょうけど。くふっ」
少女は倒れる男から目を逸らし、宝飾品を手に満足気な笑みを見せる。
最早男には一切の興味がないという態度でありながら、けれど片手を男達に向けた。
「やっ、やめ――――」
「ふん、ふふん~♪」
「ぎゃああああ! ぎがっ、あ、がああっ!!」
その手には魔力が練り上げられ、そして宣言通り風の魔法で男達の手足を砕いて行く。
風を打ち付けるのではなく纏わせてねじ切る様に。防御など一切無意味だと言わんばかりに。
響き渡る叫び声の中少女の軽い鼻歌が混じる光景に、護衛達は思わず顔を顰めてしまう。
けれどそれも長くは続かず、護衛達も顔を顰めたのは一瞬だった。
男達は痛みに耐えきれなかったのが気を失い、叫び声が消えた所で魔法も消える。
「暗殺は嫌うくせにこういう工作は仕掛けて良いって、どういう思考回路なのかしら。同士討ちで混乱するのを眺めて楽しみたいって事? ま、あのクソガキをその程度の事でどうにか出来ると思ってる事が解った時点で、次の戦争は勝ったようなものね。あ、そのゴミ宜しく」
「「「はっ」」」
手足がおかしな方向に曲がり、鼻水と涙と涎で汚れた男達を運ぶように指示する少女。
護衛達はその指示通り男を抱え、いずこかへと運び出していく。
けれど少女はもう自分の仕事は終わりと、席について鼻を鳴らす。
「ふっ、今頃ジジイの所にも誰か行ってるのかしら。開幕と同時に魔法を撃ちあえば、確かに裏切りなのか、裏切りに気が付いた対処なのかは解らないわよね。勿論その策に乗るならだけど」
少女がテーブルに残った宝飾品を身に着け、楽し気に鼻歌を歌いながら呟く。
彼女は賢者との確執と子供らしい頭の悪さ、というものを他国に流していた。
本来なら国の恥になりかねない情報を、けれど国王は気にせず流してしまう。
結果魔法国家はその情報を信じ、そして彼女の呟いた通り老人の事も信じていた。
曰く、老人は賢者を筆頭として認めておらず、自らを認めない国へ翻意を抱き始めていると。
この情報も少女へ考えたものと同じく、愚か者どもが内で争っていると見下していた。
結果どうなるかと言えば、見世物として面白かろうと老人へも話を持って行っている。
開幕と同時に本陣に向けて魔法を放ち、自らを認めない国を見限ってはどうかと。
その際に筆頭である小娘も殺してしまえば、誰もがその実力を認めると。
「愚か者どもが」
「が・・・あ・・・」
「げほっ・・・うぐぁ・・・」
当然実力を持った上層部が来た訳ではない以上、賢者に忠誠を誓った老人は普通に切れた。
彼の足元にはその話を持ち掛けた男たちが転がっており、誰もが焦げて呻いている。
中には手足が炭になっている者もおり、最早治療は不可能だろう。
ただこの状況は老人が先に攻撃した訳ではなく、あくまで身を守る為の反撃だ。
辛抱強く策に付き合っていた友人は、けれど彼らの口から聞き捨てならない言葉を聞いた。
あんな子供が精霊術師筆頭などと、馬鹿げた事を君程の者が許せはしないだろうと。
以前の老人ならば頷いただろう。だが今の老人には余りに馬鹿らしい発言だと感じる言葉。
『少なくとも筆頭殿は、貴様らの様に力量差も理解できない、認められない者共よりは力を持っているお方だ。罠に嵌めようと考えながら、相手を嗤う態度も隠せない貴様らよりは賢いとも断言できる。人を馬鹿にするのは結構だが、力が無ければ滑稽な姿を晒すだけだぞ』
そう告げてゆっくり数秒後、何を言われたのか理解した男達は魔法を放った。
しかしそれを凌駕する魔力量と速度で雷が蹂躙し、この結果となった訳だ。
「貴様ら程度が筆頭殿を測れると思うな。私にすら手も足も出ん程度の連中が。もっとも私に対抗できるだけの力を持つ者は、私と同じ席に着くのも反吐が出る、等と言い出すのだろうが」
ため息交じりな老人のつぶやきは、最早男達の耳には届いていない。
その事を確認した老人は人に指示を出し、男達を捕らえて城へ送る。
彼らは公式に訪問してきたわけではない。ならば公的な扱いは必要ないと。
「さて、城で拷問を受けるのと、戦場で筆頭殿に完全に折られるのと、奴らにとってはどちらが幸せなのだろうな・・・どちらにせよ、私は筆頭殿の為に仕事をするだけだが」
賢者と青年にのんびりとした時間が在ったのは、この二人への接触も要因だった。
戦争に面白い見世物を用意する為にと、そんなくだらない策を講じる為の時間が。
それを諜報員達も知っているからこそ、何か手は無いかと動く時間があったと言える。
「このようなくだらない策略に時間をかけて付き合ったのも、筆頭殿が英気を養う時間を作れたと思えば役に立てたと言えるだろう」
今頃彼女は王太子とのんびりしているだろうと、老人は優しく笑うのだった。
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