第58話、宣戦布告(若干予定外)

 ある日賢者は鍛錬から帰ると両親に呼ばれ、汗を流すのも後回しに居間へ向かった。

 青年も同席する様に呼ばれており、賢者の隣を陣取る様に席に着いている。

 そうして家の者が皆が席に着いた所で、テーブルの上にスッと手紙が置かれた。


 賢者は首を傾げながら受け取り、既に開かれた跡の在る手紙を開く。


「せんせんふこく」

「うん、宣戦布告して来たみたいだね」


 思わず幼児らしい発音になってしまった賢者と、肯定する様に頷く青年。

 内容は魔法国家が宣戦布告をして来たので、精霊術師を招集するというものだ。


(随分行動が早いね。罠に嵌められた事に気が付いて怒り心頭って所かな?)


 宣戦布告はもう少し後だと想定していた青年は、予想外の早さにそう判断した。

 そしてその判断は間違っておらず、魔法国家は自分達が遊ばれた事に気が付いている。

 当然頭に血が上り切った状態であり、万全の準備を整える時間すら放棄した。


 本来ならきっちりと準備を整えて始める戦争を、かなり前倒しで動かしている。

 勿論それは次の戦争で潰してやろうと、ある程度の準備は済ませていたからではあるが。

 それでも本来戦争を決めてからの準備と言うものがあり、そこを放棄したのはかなり大きい。


(それだけ本気で戦力をぶつけてくるつもりだろうね。全力の短期決戦のつもりかな。これは、思っていた以上に好機かもしれない。上手く行けば・・・頭を潰せる)


 無理な行軍を可能にするにはそれなりに要因が在るはずだ。

 たとえば今まで出てこなかった首脳陣が戦場に出てくる可能性。

 何だかんだと彼らは後ろに居たが、前に出て来る可能性がぐっと上がった。


 つまり青年が暗躍して成果を上げる事が出来ると、暗い笑顔を見せながら考えている。

 賢者はそんな青年の様子に気が付かず、ふむふむと頷きながら手紙の続きを飛んでいた。


「解っておったが、やっぱり領地から兵を出す事になるんじゃな」

「まあ戦争だし、攻撃の数が欲しいからね」


 この国には弓を放つ兵士が必要なので、各地の貴族は戦力を出す様にと要請されている。

 当然そうなると手紙は『ギリグ家』に送られてきたもので、両親も既に目を通していた。


「・・・とうとうナーラを送らねばならないのか」

「まだ幼いナーラちゃんを戦場に送るのは心苦しいわ・・・」


 近い内に仕掛けて来ると予想していた両親は、手紙を見つめ深い溜め息を吐いている。

 元々戦いから遠ざけたかった二人としては、とうとうこの日が来たかという想いだ。

 頭では理解している。もう娘は精霊術師なのだと。ならば送り出さねばならないと。


 けれどどうしても快く送り出す事が出来ず、そして周囲の騎士や使用人達も同じ様子だ。

 たとえ賢者の強さを既に理解していても、やはりまだ幼児と言って良い子供。

 そんな子を戦場に送る事に抵抗を持ち、けれど一人だけ様子が違う者が居た。


「何を俯いておるバカ息子よ。儂らの可愛いお姫様の出立じゃ。笑って見送ってやるのが儂らの務めじゃろうが。我が家の誇る精霊術師様の初舞台なのじゃからな」


 賢者の祖父だけは笑顔で、そして賢者の頭を撫でてそう告げる。

 ただその言葉が聞き捨てなっらなかったのか、父がガタッと立ち上がった。


「父上はナーラが心配ではないのですか!」

「心配でない訳が無かろうが!」

「っ!」


 怒りのままに叫んだ父だったが、それ以上の迫力の祖父に気圧される。

 そして思わず視線を逸らした所で、困った様な顔で見つめる賢者と目が合った。


「お主らが落ち込んでいては、ナーラちゃんが落ち込むじゃろうが。心配だとしても・・・否、心配だからこそ笑って見送ってやれ。それが見送る側の最低限の仕事じゃろう」


 祖父とて心配な気持ちが無い訳ではない。賢者は可愛い孫娘なのだから。

 本音を言えば戦場に送る事などしたくはないし、行かなくて良いと引き止めたい。

 けれどそれは出来ない。何故なら自分達は貴族なのだから。


 賢者が精霊術師でなければ、ただの令嬢として屋敷に残せただろう。

 けれど賢者は精霊術師になってしまった。それも筆頭等という立場も持っている。

 ならば貴族として、領民からの税で生きる者として、務めは果たさねばならない。


 何よりもこの戦争には領民も出向くのだ。兵士として送り出されるのだ。

 だというのに責任を負うべき人間を送らない等、貴族としてあってはならない。

 少なくともギリグ家はそういう生き方をして来た。そしてこれからもそうあり続ける。


 先代当主の意思の乗ったその言葉に、父は深くため息を吐いてから頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」

「馬鹿者。儂に謝ってどうする。謝るならナーラちゃんにじゃろうが」

「ふふっ、そうですね。ナーラ、済まないね。みっともない所を見せてしまって」


 祖父の言葉に苦笑して、賢者に優しい目を向ける父。


「わ、儂は何も気にしておらんよ。父上の心配も、母上の心配も、儂の事を思ってくれているからでしょう。嬉しく思いこそすれ、悪い事など何もありませんぞ」

「・・・ナーラは本当にいい子だね」


 ただ賢者としては言葉通り、自分へ向けてくれる想いは嬉しく思っている。

 心配なのは両親の心労であり、そんな賢者だからこそ両親も笑顔を作った。


「ナーラ。生きて帰って来てくれ。それだけが私達の願いだ」

「承知しました。安心して待っていてくだされ」


 賢者もそんな両親の気持ちを裏切るまいと、ニッと笑って応えた。

 その為に日々鍛錬をして来たのだ。何より熊が傍についてくれている。

 簡単に死ぬつもりは無いし、むしろ勝って帰ってくるつもりだと。


「まあ儂もついて行くんじゃ、ナーラちゃんの事は任せておけ」

「・・・え、爺上も行くのか?」

「そりゃそうじゃろう。儂が行かねば誰が我が領の兵の指揮をとるんじゃ。当主を向かわせるわけにはいかんし、ナーラちゃんじゃ無理じゃろう?」

「それは、そう、じゃけれども」


 まさか家族が行くと思っていなかった賢者は、けれどそれ以上の事は口にしなかった。

 家族が戦場へ行くのは領民も同じだ。ならば自分が行かなくて良いなどと言えるはずがない。

 ただチラッと騎士達を見てしまう事から、その内心は周りに漏れてはいるが。


 つまり指揮官ができる者は居るのだから、任せてはだめなのだろうかと。

 騎士達はその視線と意味に気がついてはいるが、決定に異を唱える権利は無い。

 先代が行くと決めた。ならば粛々と騎士の務めを果たすまでだと。


(ならば儂が全力で守ればよいだけの事・・・と言えれば格好いいんじゃがなぁ。今回もまた熊頼りになってしまうんじゃろうな。すまんの、熊よ)

『グオオオオン!』


 賢者は申し訳ない気持ちで頼んでいるが、熊は相変わらずやる気満々で応える。

 熊に取って大事なのは賢者であり、それは賢者の心も守るべきものだ。

 たとえ賢者に頼まれずとも、自発的に祖父の身を守った事だろう。


「では明日早速出発、という事になるのかの?」

「いや、流石にそれはちょっと厳しいよ。一応準備はしていたけど、兵を纏めるのに数日欲しいかな。ああ、ナーラはその間いつも通りに過ごしていてくれて構わないよ」

「ふむ・・・父上がそう言うなら、そうさせて貰うがの」


 色々と思う所はあるものの、実際賢者が居た所で役には立たない。

 所詮今の自分は幼児なのだなと、賢者は改めて自覚してため息を吐く。

 とはいえその代わり、戦場ではひと働きして見せようと思いながら。


(熊よ、守るぞ。出来る限り)

『グォン!』

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