第56話、戦法(ごりおし)
「ここは山が傍にあるからか、庭先でも緑のいい匂いがするよね」
「王都を見た後だと余計にはっきり言えるが、街があるだけの田舎じゃからのう」
昼下がり、婚約者が来ているのに訓練の毎日もどうかとお茶に興じる賢者と青年。
当然提案者は賢者ではなく青年であり、賢者は内心渋々ではあるが。
何せ戦争が控えている事は確実だと聞いている訳で、のんびりしていていいのかと。
けれど青年はそんな事は知った事ではないとばかりに、賢者を膝に乗せてご機嫌な様子だ。
勿論賢者も表面上は嫌がる様子は見せていない。何せ侍女の訝し気な監視が有るので。
その視線に気まずい思いな賢者としては、嬉しそうに熊耳を揉む青年に半眼を向けてしまう。
「・・・楽しそうじゃのう」
「それはもう。君はこの耳の素晴らしさを自覚した方が良いと思うよ」
「・・・そうかい」
心底満足そうな笑みの青年を見上げ、これに関してはもう賢者も諦めている。
城に居る間散々受けた事であるし、揉む手が気持ち良いのも理由だろう。
自分より能天気な様子に不服はあるものの、その気持ち良さに眠気が襲ってくる。
ただこれからの戦争を考えた事で、ふと気になる事が頭に浮かんだ。
「ローラルや、今更な質問をして良いかの」
「何が聞きたいのかな。私が話せる事なら何でも答えるよ」
「そうか、なれば真面目な話になるので一旦手を止めよ」
「・・・」
「オイコラ、聞こえていないふりをするな。止めんか」
「あぁ・・・!」
賢者の言葉に返答せず揉み続ける青年は、バシンと手を払われて悲し気な声を漏らす。
青年の筋肉であれば抵抗しようと思えば出来るが、流石にそこまでする気は無い。
膝の上の婚約者の機嫌を本気で損ねる事は、一番やってはいけない事だと解っている。
それでも手の中から消えた感触を求める様に、青年の手が中空を彷徨う。
賢者はそんな青年の嘆きなど無視し、パンパンと軽く顔を叩いて背筋を伸ばした。
「んん~・・・よし、目が覚めた」
「うう・・・それで、どうしたんだい・・・」
「話が終わればすぐに触れるんじゃから、そんなに落ち込む事じゃ無かろうに・・・」
もう二度と触れないとでもいうかの青年に、賢者は思わず呆れた様に呟く。
とはいえ青年の態度は城に居た時もこの調子だったので、賢者は適当に流す事にした。
「それでじゃな。儂が聞きたいのは戦争についてなんじゃが」
「戦争について?」
「うむ」
賢者は魔法国家が戦争を仕掛けて来ると聞き、その為の訓練と言って良い日々を送っている。
ただ賢者がふと気が付いたのは、自分は一体どういう立ち回りをすれば良いのかという事だ。
勿論賢者とて弟子達の戦争を見守っていた経緯から、ある程度の事は理解している。
ただし実際に参加した経験は皆無であるし、そもそも賢者が参戦したら戦略など意味が無い。
もし賢者が参戦していたら、ただただ膨大な魔力と大火力の魔法での蹂躙になっただろう。
「先ず儂に軍の指揮なぞ出来んのだが、その辺りはどうすれば良いんじゃ?」
「誰もナーラに指揮官の期待はしてないから、そこは大丈夫だよ」
「そうなのか?」
「幼児に指揮能力を求める方がおかしいと思うけど」
「・・・そうじゃな」
言われずとも考えれば当然の事だったと、賢者は恥ずかし気に目を逸らす。
その様子に軽い笑みを見せながら、青年は気が付かないふりで続ける。
「そうだね・・・先ずあの国は戦争の際、普通の国がとる戦法を取らない」
「普通の国の戦法?」
「ああ、えっと・・・普通は魔法や弓、後は投石器なんかで遠距離攻撃をして、そこから歩兵や騎馬で距離を詰めて、っていうのが大体において一般的な戦法なんだ」
「ふむ・・・」
青年の言葉を聞きながら、生前に見た軍隊の行動を思い返す。
言われてみると確かに、大体は弓を放ってから距離を詰めていた。
いきなり距離を詰めて来る様な軍はあまり居なかった様に思う。
「けれどあの国の戦い方は、とにかく魔法を撃ち続ける、っていう戦い方が主軸だ。歩兵も騎兵も全てが魔法兵なんだ。だから基本的に近接戦闘を想定してない軍隊だね」
「なるほど、それは魔法国家らしいと言えばらしいの」
まさしく生前の自分がとる基本戦法を、国民全員がとっている訳だ。
魔法使いの国らしいと言えばらしいが、穴もありそうだと賢者は思う。
「接近戦闘ができる者はおらんのか?」
「接近戦に特化した魔法使いも居るみたいだけど数は少ないかな。少なくとも戦争で活躍できる程の数はいないと思う。たとえ活躍できるだけの力を持っているとしても、前に出られると他の魔法使いが魔法を撃てなくなるから。活躍の場があるとすれば一騎打ちの時ぐらいだろうね」
「一騎打ちか。じゃがアレは基本、不利な側が望むものじゃろう?」
「中には自らが強国だからこそ一騎打ちを望むって国も無い訳じゃないけど、大体において不利をひっくり返したい側が望む手段だね。だからあの国に限って一騎打ちは無いと思って良い」
「じゃろうなぁ」
魔法至上主義であり、精霊術を邪法と考え、自分達こそが選ばれしものと思っている国。
態々相手に有利をくれてやる必要も無ければ、不利だと認める事など絶対にしたくない。
更に言えば一騎打ちを願ったとしても、相手を人と見ていない以上受けるかも怪しい。
となれば一騎打ちは最初からない、と思って問題無いだろう。
「邪教はただただ蹂躙されれば良い。そんな風に思っとる相手じゃもんな」
「私なんてその邪法使いの上に、邪法使いの国の王太子だからね。捕まったらさらし首で済めばいい方じゃないかな。ははっ」
「笑い事じゃないんじゃが・・・」
やけに明るく笑う青年に対し、賢者は若干嫌そうな顔で返す。
賢者としてはもう青年は身内側に居る存在であり、そういう冗談は笑えない。
そんな賢者の視線に気が付いた青年は、視線を合わせると先程とは違う笑みを見せる。
「普通なら笑い事じゃないね。けど笑い事に出来る余裕がある。君のおかげでね」
「ふむ、随分評価されておる様じゃの」
「そりゃそうさ。あれだけの魔法を見せつけられればね。次は今までとは違う戦い方が出来る」
「今まで?」
「うん。ああ、そうだね。ここで話が最初に戻るかな。あの国と戦う上でのこちらがとる戦法は、基本的には精霊使いが魔法を防ぎ、弓兵が弓を射ちつつ距離を詰めるんだ」
「防ぐだけ、なのかの?」
何故攻撃はしないのかと、不思議に思い首を傾げる賢者。
だが青年はそんな賢者に苦笑で返す。
「攻撃に回す余裕が無いのさ。何せ我が国の国民は基本魔法が使えないから。攻撃に弓や投石なんかの遠距離攻撃は出来ても魔法を防ぐ手段が無い。盾も鎧も魔法には効果が薄いだろう?」
「あー・・・成程の」
魔法使いの攻撃は、当然だが魔力を込めた魔法だ。攻撃を自分の意思で操作出来る。
ならば軌道を変える事も出来る攻撃を、ただの盾で防ぐのは難しい。
何より魔力を込めた一撃というのは、単純な自然現象よりも威力を持っている。
更に言えばたとえ盾や鎧で防御したとして、魔力が消えない限り魔法は消えないのだ。
火であればそのまま纏わりつかせ、水であれば口と鼻を塞ぎ、土でも同じ事が出来る。
接近していれば術者を倒せば良いかもしれないが、戦争なんて基本的に遠距離から始まる。
となれば魔法使いの攻撃を防ぐには、どうしたって魔法が使える人間が必須になるだろう。
「そういう意味ではヒューコン卿は凄かったけどね。彼は魔法を防御しつつ、攻撃にまで意識を割く事が出来るから。矜持を持つだけは在ると皆が認めざるを得なかった」
「ほう。確かにあ奴の魔法構築は、中々に研鑽が見て取れたからの」
賢者は老人と戦った事を思い出し、初撃の魔法の精度は評価できると思っている。
魔力量こそ足りないとは思うが、それでも十分戦えるレベルであろうと。
少なくとも今の賢者では、逆立ちしても彼に勝つ事は出来ない。
「そんな訳で基本的に精霊術師の立ち回りは弓兵を守る事。ただそれだけになる事が多い」
「じゃがそれじゃと攻めきれんのではないか?」
「うん。君の言う通り、追い返す事は出来ても攻める事は難しい。向こうだって弓の攻撃を無防備に受ける訳じゃないからね。しっかり防ぐし、接近は避けようとするからね」
「ならば精霊術師だけで出撃してはいかんのか。それならば守るのは自分の身一つで良いのじゃから、攻撃にも移る事が出来るじゃろう」
「それは無理だよ」
名案ではと口にした賢者だが、青年はまたも苦笑で賢者に返す。
「君なら出来る気はするけど、他の精霊術師にそれは『死んで来い』と言ってるのと一緒だよ。この戦法は此方が攻撃をする事で相手が防御に魔力を割くからこそできる戦法だし」
「あー・・・すまん」
全て防いで反撃すればいい。そんな単純な賢者の考えは、膨大な魔力量を持つからこそだ。
普通の魔法使いでは、ましてや魔力を持たないこの国の精霊術師では不可能な戦法。
軍隊規模の総攻撃を一点に集中させられて、それを防ぎながら反撃など出来る訳が無い。
賢者のつげる戦法などと呼べないごり押しは、賢者にしかできない行動だ。
その事を優しく諭され、流石に理解した賢者は素直に謝った。
「となると儂は皆を守りつつ、反撃が出来る二人目という事じゃな」
「今までを考えればそうなるんだけど・・・さてどうだろうね」
「何じゃ、含みのある言い方じゃの。儂は違う運用をされるのか?」
「その辺りは父が決めると思うから、今の私には何とも答えようが無いのさ」
「成程。あ奴が決めおるのか」
ニヤッと笑う国王の姿を想像し、若干イラっとする賢者。相変わらず国王が嫌いな様子だ。
「・・・そういえば、お主はどうするんじゃ? お主遠距離戦闘型じゃなかろう」
「私は戦争では基本は後方だよ。ま、何故か相手方の陣地から数人、有力な魔法使いが消えていたりするかもしれないけどね」
「お主、それは・・・」
それはつまり、単独で敵陣に潜り込んでいる、という意味だ。
自らの精霊術、隠匿の魔術を全力で使っての潜伏で。
そう理解した賢者は心配そうな顔を向け、けれど青年を止める事は無かった。
「・・・無理はするんじゃないぞ、ローラル。これは筆頭としての命令じゃ」
「了解致しました、筆頭殿」
ただそれでも『死ぬな』と、それだけは青年に伝えたかった。
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