第55話、暗躍(不可能)
青年がギリグ家にやって来て数日が経ち、その間に何度も襲撃が・・・起きてはいない。
むしろ賢者の警戒は何だったのかという程に、毎日平和な日々を送っている。
更には魔法国家もまだ本格的な動きを見せておらず、賢者の出番は皆無といって良い。
「何も仕掛けて来んのー」
『グォン』
今日も今日とて山で熊と鍛錬をする賢者は、熊から侵入者の件は既に聞いていた。
なので最近は熊に鍛錬をさせつつ、自分も出来る事が無いかと頑張っている。
ただし成長の兆しが有るのは熊の方だけで、賢者は相変わらず術式が組めないままだが。
「まあ、平和な方が良いんじゃがな。儂も成長が全く見られんし・・・いや、本当に落ち込みそうになる程に成長が見えんの。マジでどうやったら術式が組めるんじゃ・・・」
『グォ・・・』
賢者とてただ出来ない事を繰り返すような、そんな無駄な真似はしていない。
先ずは今組める術式での最大威力の攻撃と、大量展開による物量攻撃の訓練。
鍛錬場より更に広い山の空の上に、小規模な術式を際限なく大量に展開していた。
賢者としてはかなり不服なのだが、熊はその光景にちょっと困っていたりする。
単純に大量展開するだけなら熊も出来るが、賢者は全ての術式を完全制御している。
大量に作り出した魔法全てを狙い通りに操る様子は、山神の熊をして未だ不可能な技だった。
先日の件で細やかな操作の鍛錬を続け、以前よりは多少はマシになっている。
けれど結局はまだ生前の賢者には届いていなかったのだと、熊は改めて思った。
出来ないと言ったらまた鍛錬の追加だろうなぁ、等と思いつつ。
「お主にも協力してもらったのにこれではな・・・すまんな」
『グォン!』
申し訳なさそうに謝る賢者に、気にしないでと答える熊。
賢者は熊に頼んで精霊化をして貰い、すぐに解除して魔法を組むという事もしていた。
何故か精霊化している時限定で、賢者は過去の記憶が戻ったかのように術式を思い出す。
けれど精霊化を解除すると元に戻り、突然記憶が消えたかのように組めなくなる。
なので精霊化の解除と同時に術式を組む、という事を実行した。
結果は賢者たちの反応通り、上手くは行かなかった訳だが。
(やはりこれは単純に儂の体に欠陥が・・・いや、魂に欠陥があるのかもしれん。転生術が半端に成功した事で魂が損傷し、それが精霊化の時だけ回復しておるのか。精霊は魂だけの存在とも言える。熊となった状態の儂は、損耗した部分を熊で補っているのかもしれんな)
現状の自分の状態を振り返り、納得できそうな理由を想像する賢者。
勿論これが正解とは限らないが、現状はそう考える方がしっくりくると。
少なくとも否定した所で今はどうしようもなく、そんな事より鍛える方が先だ。
「仕掛けて来んなら仕掛けて来んで構わん。その間に儂らは出来る限り鍛えさせて貰おう」
『グオオオン!』
警戒を解いた訳でではないが、賢者と熊はそう判断して鍛錬を続ける。
そうして賢者が山で鍛錬している間の青年はというと―――――――。
「ふっ!」
「ぐあ!? いっつ・・・まいりました」
「すまない、ちょっと力を入れ過ぎたね」
「いえ、殿下に落ち度はありません。我が身の未熟を恥じるばかりです」
賢者の護衛の騎士達と毎日模擬選や、単純な筋肉負荷の鍛錬をしていた。
初日こそただ待っていたのだが、これでは体が鈍ると騎士達に頼み込んだ。
当然王太子に怪我をさせては問題が、などと考えた騎士達は最初こそ困っていた。
だが実際に相対して木剣を撃ち合い、その認識が間違っていた事を察する。
そもそも目の前の王太子殿下の体を見れば鍛えている事は明白なのだ。
大体において青年は『精霊術師を殺す為の剣』であり、化け物と戦う想定で鍛えた様な物。
普通の人間と戦うつもりの騎士達とでは、最初から見ている次元が違ったのも要因だろう。
今ではむしろ騎士達が稽古をつけて貰っている、という状態になっていた。
(その内ナーラとも模擬戦をやりたいな。彼女なら私や父が剣を振る理由を知っているし、鍛錬に付き合ってくれると思うんだけど。彼女なら上手く手加減してくれるだろうし)
最初から賢者に勝つ気が無いのは、おそらく王都での光景が原因だろう。
とはいえ青年であれば、賢者を下す事は不可能では無い。
賢者はあくまで『精霊化』した状態であれば青年に勝てる力を持つ。
だが精霊化していない賢者では、青年に接近戦を挑まれればなす術が無いだろう。
そして青年が得意とする術は隠匿。不意打ちであれば賢者も対応できない可能性が高い。
賢者の身はあくまでただの女児。魔力が多いだけの幼児でしかないのだから。
勿論熊とて指を加えて見ている事はしないが、確実に防げる保証など何処にも無い。
とはいえ二人の関係上、青年がそんな手段を取る事は無いと断言できる。
今は、という言葉が頭につきはするが。
そしてそんな青年と賢者の鍛錬を、諜報員の目が捉えていた。
勿論気が付かれないように距離を取って、それでも彼らの目には恐れが浮かんでいる。
「今日は何時にもまして凄まじいな」
「なんて魔力量だ・・・馬鹿げてる・・・」
「これが山神の力か・・・」
彼らの目には幼い熊耳幼女が放つ魔法が映り、その膨大な量に息を呑む。
一つ一つの魔力は確かに小さい。だがその数が余りにも多すぎる。
しかも見た所制御も完璧で、それを幼児と言える子供が行っている事実は異様でしかない。
「あれは、戦争の為の鍛錬だな」
「ああ、数を、とにかく数をバラまく魔法だ・・・しかもあの制御を見る限り、適当にばらまかれる事は期待できないだろうな。確実に当てて来るぞ」
「こんな事なら契約前にこの家の人間を殺しておけば・・・!」
彼らは賢者を暗殺するつもりで、その際に命を落としても実行する覚悟で居た。
毎日鍛錬で山に登る事も、そして途中から一人になる事も都合よかった。
だが誘いの類も考え警戒している内に、目の前の存在が化け物だと理解してしまった。
山に居る内は手を出せない。あの熊の精霊が傍に居る以上、精霊化を相手にするのと同じだ。
むしろもっと最悪だ。精霊化した賢者と、精霊そのものである山神を相手にするのだから。
彼らは魔法国家では落ちこぼれかもしれないが、魔法使いであるが故に理解出来てしまう。
だからと言って山を下りた後に隙があるかと言えば、あの王太子殿下が邪魔をする。
まるでこちらに気が付いていると言わんばかりに、スッと視線が向く時があるのだから。
距離を取っているのに、声も聞こえるはずの無い距離なのに、こちらを見ているのだ。
今も騎士達に稽古をつけながら、時々観察する様に目を向けている。
「化け物共が・・・!」
「本国は何故理解してくれないんだ!」
最悪青年はまだ良い。彼の戦闘は近接戦闘だ、それは既に知れ渡っている。
けれどあの女児の魔力量は捨て置けない。アレは人間の抱えられる魔力量じゃない。
正面から戦うのは自殺行為だ。ならば不意打ちしか術がない。
賢者が意図していた事ではなかったが、その膨大な魔力による魔法は彼らの心を折っていた。
あれだけの魔力量なのだから、強力な魔法も使えるのだろうと勘違いされて。
だからといって不意打ちが出来るかと言えば、あの王太子が居るせいで叶わない。
「どうしたら良いんだ・・・」
賢者は仕掛けて来ないと呟いていたが、実際は仕掛けられないというのが彼らの現状だった。
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