第54話、侵入者(発見済み)

 青年と賢者が再開の挨拶を終えた後、家族揃っての食事となった。

 当然と言うべきかその場には青年も着席していて、にこやかに団欒に混ざっている。

 とはいえその笑顔に何処か作った様子が見えるのは致し方ないのだろう。


 何せ家族以外の貴族が一人居て、しかも相手は王太子殿下なのだから。

 両親や祖父母は兎も角、使用人達は皆いつもとは違う緊張感がある。

 ただ一部の使用人や騎士からは、どこか厳しい目が有るのは否めないが。


「殿下のお口には合わないかもしれませんが」


 父の言葉で青年は食卓に目を向け、自分の前に置かれている食事を観察する。

 質素という程ではないが、高位貴族の食事と考えれば質素。

 確実に食べきれる量を、庶民でも手の届く材料で作ってある。


 勿論毎日しっかり食べられる量があるという点では、そこはやはり高位貴族なのだろう。

 だが王太子が客として座っているのに、その為の食事をふるまう食卓には見えない。

 青年はそんな風に思いながら、けれど口元は笑みを浮かべていた。


「この家の食卓に招いて頂けた事に感謝を」

「そうですか。殿下にそう言って頂ければ何よりです」


 何時も通りの食事。つまり何時も賢者が口にしている食事。

 普段通りの日常の食卓に着く事を許すと、賢者の父は言外に告げたのだ。

 それは『今の所は貴方を認めよう』と言っている事なのだと気が付いての笑み。


 賢者と上手くやりたい青年にとっては、この対応は安堵と喜びが増すものでしかない。

 何せ賢者が帰って来る前の対応は、婚約者でも連絡をしっかりしろと言われていたのだ。

 実際青年もやってしまったという自覚があり、粛々とお小言を受け入れている。


 だからこそ食卓に着く時にも少々厳しい言葉がある、と思っていた所でこの扱い。

 思わず小さく息を吐いてしまうのも、安堵の笑みを賢者に向けるのも致し方ないだろう。


「では頂こうか」


 そこで祖父が食事を始める様に促し、皆それに従って各々料理を口にする。

 賢者たちには食べなれた食事、けれど青年にとっては素朴とも言える料理。

 ただけして味が無い訳ではなく、優しい味とでも表現すればいいだろうか。


 食べる者を想って作られた料理。そう感じる物がその料理には存在した。


「うちの料理人の腕は素晴らしいじゃろう?」

「ああ、これは素晴らしいね」


 賢者が得意げに告げる言葉に、青年は心から頷いて返していた。

 その二人の様子を皆が観察しており、流石に賢者もそれぐらいは解っている。

 なので意識して明るく努め、青年との仲が良いと見せる様に声をかけた。


(儂の方でも少しは歩み寄ってやらんとな・・・初手でやってもうた負い目もあるしの)


 現状の青年への厳しさは、賢者が彼との婚約を望んでいないと告げたせいだ。

 今でこそ多少歓迎の様子は見えるが、元々は明らかに歓迎していなかった。

 両親や祖父母に何か思う所が在ったのだろうが、ならば尚の事それを崩す事は無い。


「ローラルよ。これは儂の好物なんじゃよ」

「へえ、それは良い事を聞いた。覚えておこう」


 食卓にある好物の事を告げ、表面上は皆穏やかに食事が進んだ。

 そうして食事を終えた後は流石に賢者も部屋に戻り、やっと気が抜けると椅子に崩れる。


「あー・・・今日は疲れたのう・・・」

「お嬢様、そのまま転がらないで下さい。着替えが先ですよ」

「めんどい・・・」

「まったくもう・・・」


 起きる様に言っても生きない賢者にため息を吐き、強制的に起こして服を脱がす侍女。

 その間賢者はされるがままに棒立ちになり、あっという間に寝間着に着替えさせられる。

 着替えが終わったのを確認した賢者は、そのままボスンとベッドに倒れた。


「・・・お嬢様、本日はそんなにお疲れですか?」

「あー、うん、流石にちょいとなー」

「王太子殿下の訪問の負担が原因でしょうか」

「そ――――」


 そうじゃな。流れでそう言いかけて、慌てて賢者は言葉を飲み込んだ。


(やっべぇ、今の誘導されとったぞ。ザリィよ、なんて恐ろしい事をするんじゃ)


 完全に気の抜けたタイミングで失言を取る。そんな貴族令嬢の手腕に戦慄を覚える賢者。


「そんな事は無いぞ? うん、儂はただ、鍛錬で疲れた後に普段と違う事が在ったから疲れただけで、ローラルの奴が居るせいではないからな?」

「・・・そうですか。お嬢様がそうおっしゃるなら、今は信じましょう」


 少し疑った様子ではあるものの、賢者の言葉に頷く侍女。

 賢者は追撃が来るものと思っていたので、少々肩透かしを食らっていた。

 とはいえ納得したならそれで良いかと、やはりどこか能天気なのだが。


 今は信じましょう。その発言の時点で、賢者の言葉を信じていないというのに。


「ではお嬢様、ゆっくりお休みください」

「あいよー、お休みザリィ」


 侍女が明かりを消してから頭を下げて部屋を出ていき、そこで賢者は熊に意識を向ける。


「熊よ、もし怪しい連中が儂以外を人質に取ろうとしておった場合、儂が居らずともどうか助けてやってくれんか。今の儂では気が付くのが遅れかねん。頼む」


 寝転がっていた体を起こし、山に向けて賢者は頭を下げる。

 暗殺者に関して賢者は色々と言っていたが、自分の力が足りない事は理解している。

 生前の賢者であれば、たとえ人質を取られても対処する自信が在った。


 むしろ人質を取られない様に、敵の行動に事前に気が付く事が出来ただろう。

 けれど今の賢者にはその力は無い。ならば大事な物を守る為にどうすれば良いか。

 単純明快だ。自分と契約をしてくれている、この地の山神様に願えば良い。


「恥知らずな願いと思うが、お主が頼りじゃ。どうか、この通り」

『グォ!? グオオオン!』


 まさか賢者が頭を下げて頼んでくると思わず、熊は慌てて了承を返す。

 熊にしてみればやっと賢者の役に立てると、ただそれだけの考えでしかない。

 その程度の事は軽く頼みさえすれば、何の気も無く受けるつもりだった。


「すまぬ。そう言ってくれると助かる。ありがとう、熊よ」

『グォン!』


 熊は当たり前だと言うが、賢者にとっては自分が情けなくて堪らない。

 何時か生まれた頃にこの力を家の為にと想い、けれど現実はそう上手くは行っていない。

 自分の力だけではどうにもならない。その現実から目を背ける訳にも行かない。


 背ければ害をこうむるのは賢者の身近な存在だ。そんな事は許せない。


「儂も儂の出来る事をする。じゃから、今後も頼むの、熊よ」

『グオオオオン!』


 申し訳なさそうに頼む賢者に、熊は今までで一番の気合いを入れて応えた。

 それは大好きな友達で師匠である賢者に、こんな顔をさせた相手に向けての咆哮。

 賢者にだけしか聞こえないその咆哮は、山神の力を開放する事でもあった。


「ふふっ、頼りになるの・・・うみゅ、いかん、ねむい。やはり体がついてこんな・・・」

『グォウ』

「ああ、お休み、熊よ・・・ありがとう・・・」


 最後まで熊に申し訳なさを抱えながら、耐えられずに眠りに入った賢者。

 そんな賢者を優しい想いで見つめ、けれどその目は鋭く獲物を見つめる。

 既に領地内に入り込んでいる、賢者暗殺を企てる者達を。


『グゥゥゥ・・・!』


 少しでも行動に移せば容赦はしない。熊の唸り声には殺意が籠っていた。

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