第40話、手合わせ(老人)

「急な招集にもかかわらず集まってくれた事に感謝する。既に皆知っていると思うが、この度は国王陛下の命により我ら精霊術師の中に筆頭を据える事になった。彼女がその筆頭となる」


 精霊術師全員が集まった会議室で、みな席に着いたのを確認したリザーロがそう告げた。

 彼が手を伸ばして示す先には、上座に座った賢者の姿がある。

 精霊術師達の反応は様々であり、歓迎の表情を見せるのはローラルとメリネの二人だけ。


 一人は無関心、一人は表情にこそ出していないが不快、一人はあからさまに不快という所か。

 当然表情から不愉快だと滲ませているのは、賢者に喧嘩を売った老人である。

 因みにリザーロは国王の決定という認識しかないので、どちらでもないと考えるべきだろう。


「紹介に預かった、精霊術師筆頭となったナーラ・スブイ・ギリグじゃ。皆宜しく頼む」


 形式上よろしくと告げると、メリネだけは「こちらこそ!」と嬉しそうに答えた。


(はぁ~・・・上座にふんぞり返る幼女。背伸びしている感じでかわいぃ・・・!)


 心の中は紹介の言葉が何だろうと関係なさそうだが。彼女は完全に通常営業である。

 ローラルはにこやかにほほ笑むだけで済ませ、ただ盛大な舌打ちが一つ響く。

 当然全員の視線が・・・グリリル以外の者の視線がその音源へと向いた。


 舌打ちの主は当然と言うべきか、ブライズ・ポルル・ヒューコンという老人だ。

 賢者は呆れ顔を見せたが、それより不愉快そうな顔のリザーロが口を開く。


「ブライズ・ヒューコン。この様な場で舌打ちとは品が無い。意見があるのであればしっかりと物申してはどうだ。それに筆頭殿は我らが上司だ。その態度は如何なものかと思わんのか」

「ふん、私はまだその小娘を筆頭などとは認めておらぬ」

「陛下のご判断に逆らうつもりか」

「その陛下から許可を得ている発言だ。下がれリザーロ」


 許可を得ている。その発言にリザーロはピクリと眉を動かして口を閉じた。

 賢者としては想定内の事ではあったが、思った以上にリザーロが役に立たなかった。

 とはいえ彼も納得したわけではなく、陛下の許可があるならと渋々引き下がった様だが。


(ふむ、陛下至上主義ではあるが、だからと言ってこのジジイの発言を許せるかどうかは別、といった所かの。まあ何でもかんでも国王が言うなら許容するという訳じゃないのは発見か)


 てっきり国王の言葉であれば、元が不服な状況でも喜んで受け入れると思っていた。

 だが老人に対し若干不服な表情を見せるリザーロは、思う所が何かあると見て良いだろう。

 それでもこの場は黙る事に決めた以上、もう彼が役に立たない事に変わりはないが。


「喜べ小娘。正式に貴様に挑む許可は得た。同じ小娘を倒した程度で調子に乗っている様だが、精霊術師の高みを体感してしまえば筆頭などという重みに耐えられなくなるだろう」

「それも陛下に許可を得たという事かの?」

「そうだ。私が貴様の実力に納得いかなければ、貴様を筆頭等とは認めん事もな。何、安心するがいい。貴様の代わりに我が身が筆頭になるだけだ。術者の筆頭にな」

「・・・くだらん」


 賢者は初めて老人と出会った時と同じように、盛大な溜息と共に呟いた。

 表情は言葉通りであり、老人もまた以前と同じように殺気立った表情を見せる。


「また煙に巻いて逃げる算段か、小娘」

「いいや。陛下が許可を出したのだろう? ちゃんと相手になってやろうではないか。だがお主には後で少々説教をさせて貰おう。今言った所で無意味そうじゃからの」

「っ・・・良いだろう。場所を移すぞ。リザーロ、構わんだろうな」

「陛下の許可があるならば私に否は無い」


 否は無いと言いつつも、若干の不快を孕んだ声音で応えるリザーロ。

 その様子に賢者は少しクスッと笑い、それすらも気に食わないのか老人が睨む。


(自分が笑われたと思ったか? まあ半分は間違っておらんが、本当に下らんの)


 元々低かった老人の評価を更に下げ、率先して出て行った老人追うべく席を立つ。

 ただ賢者は一体どこに行くべきか解らずリザーロへと尋ねた。

 すると精霊術師が手合わせする為の場所があるので、そこに向かう事になると告げられる。


「そんな所があったんじゃな」

「ただの広場だがな。何もない方がやり易いだろう?」

「成程」


 つまりはただの平地。広く場所を取っているだけの所に向かうらしい。

 大人数での訓練にも使う事があるらしいが、今日は確実に空いているとの事だ。

 既に老人の姿は見えず、一人でとっとと行ってしまったのだろう。


「では行くかの、皆の衆」


 賢者の言葉に従い皆席を立ち、少女も不服を言わずについて来る。

 暫くは部下として振る舞い我慢を続けるのだろうが、その化けの皮は何時はがれる事か。

 今も心の奥底では賢者に怒りを抱いており、けれど賢者もそれに気が付いてはいる。


(今のうちに怒っておれ。あのジジイの次はお主じゃぞ)


 封印術の事はまだ老人にも少女にも伝えていない。故にまだ危機感が足りない。

 老人は挑んで来る事を予想していた為、この後気絶させて術を施す予定だ。

 目が覚めた時の老人がどういう態度を見せるか、実は今から楽しみな賢者である。


(力で上に立とうとするものは、より強い力が生まれた時簡単に崩れ去る。それを思い知る事になるじゃろうな。まあ、それは儂にも言える事ではあるんじゃがな・・・はぁ)


 本音を言えば賢者とて、一緒に働くべき同僚とは仲良くしたかった。

 何かが起こった時手を取り合える関係であれば、実力の上下など何の問題も無い。

 だがこうなった以上は仕方ないと、改めて覚悟を決めて広場へと赴く。


 そこにはすでに老人が立っており、苛々した様子で賢者に目を向けた。


「遅いぞ! 私を待たせるとはどういうつもりだ!」

「貴様が認めてなかろうが今の儂は精霊術師筆頭じゃ。儂の指示無く勝手に移動を始めた上に、その儂に対しその言い様はどういう了見じゃ。身の程を弁えろブライズ」

「っ、私は陛下から貴様に挑む許可を頂いている!」

「それは挑む許可じゃろう。今の儂を筆頭と認めない許可とは言っておらんはずじゃ。阿呆が」

「ぐっ・・・!」


 賢者の言葉通り、国王は彼に『認めたくないなら挑む許可を与える』としか言われていない。

 勝てば筆頭に据えるとも、筆頭と認めなくとも良いとも言っていない。

 その部分を突っ込まれた事で微かに呪いの影響が出たらしい。老人の表情が怪しくなる。


「・・・申し訳なかった。筆頭殿。ではすぐにでも勝負を始めたい。宜しいか」


 ギリッと歯を食いしばりながら、一切の謝罪をする気のない顔で謝る老人。

 賢者はあきれ顔で応えながら、トテトテと短い脚を動かして移動を始める。


「構わんぞ。初めの合図はどうする」

「必要ない」


 つまりは勝負を受けたこの瞬間から、もう勝負は始まっているという事だろう。

 そう判断した賢者は軽く魔力を練り上げ準備をし、対する老人も魔力を放ち始めた。


「っ!」


 そしてその次の瞬間、幾つもの雷が老人から放たれ、賢者の周囲を蹂躙していく。

 容赦のない雷の魔法は見てから躱せる速さをしておらず、衝撃も通常の雷以上だった。

 暴風が共に舞ったかの衝撃が周囲に走り、土煙が上がって賢者の姿が見えなくなる。


「ふん、他愛もない。やはりこの程度か」


 反撃が無い。魔力の反応もない。何も感じない。

 その様子に老人は「はっ」と鼻で笑って勝ち誇った。


 やはり小娘が制霊術師筆頭など、何かの間違いでしかなかったのだ。

 筆頭は我が身こそが相応しい。精霊術師として高みに居る自分こそが。

 雷という恵まれた属性を手にした我が身こそ、術師の頂点に立つ者なのだ。


 見てから躱す事など出来はしない。キャライラスの小娘の様に常に防御でもしていない限り。

 そんな小娘の防御とて、我が雷にかかれば何の事も無―――――――。


「っ、な、なんだ・・・!?」


 突然、ゾクリと、悪寒が走った。それどころか手が、体が震えている。

 胸の奥底に感じる精霊が騒いでいる。早く逃げろと。このままでは不味いと。

 意味が解らない。何に恐れているのだ。何から逃げると。


「っ!? な、に・・・!?」

「ふむ、小娘とは違ってかなりの研鑽が見て取れるの。魔力の収束も悪くない。無駄なく纏められた魔力をきっちり力に変換しておるな。言うだけの事はあったという事か」

『グォン』


 風が舞い土煙が払われ、小娘が居たはずの場所に何故か子熊が立っている。

 いや、違う、アレは熊じゃない。何だ、何なんだこの魔力は。何故今まで感じられなかった。

 暴力的なまでに膨大な魔力量。こんな、こんな事があって良いはずがない!


「さて、次は儂らの番じゃよな?」

「ふざけるなああああ!」


 この様な小娘が、精霊化の深奥に達しているなど認めん!

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