第39話、状況確認(面倒しかない)
賢者が王城に来てから数日が経った。だが未だに精霊術師が集まったという報告が無い。
ほぼ全員と顔合わせが済んでしまっている訳だが、最後の一人が未だ王都に現れないからだ。
(まあ儂が王都に来るのにも数日かかったしのう。招集を受けてから王都へ向かったとなれば、これぐらい時間がかかって当然か。むしろ他と顔を合わせられた事が偶然なのじゃろうな)
先日青年に教えて貰った事だが、基本的に精霊術師は家長以外の役職を持つ事が出来ない。
故に王太子である青年は別としても、通常精霊術師は城に勤めていないのだとか。
それはおそらく精霊術師の権限を余り大きくさせない為の処置なのだろう。
この国での精霊術師という存在は、明らかに常識を逸脱した存在と見られている。
そんな人間が国の中枢に絡めば、周りの反対を潰して物事を推し進める事が出来てしまう。
呪いが在る以上実行が簡単ではないとしても、戦力以上の存在理由を消したかったのだ。
そんな訳で地位としては王族に次ぐ精霊術師だが、国内で出来る事は意外と少ない。
とはいえ精霊術師の家の者は別扱いなので、目端の利く者は上手くやる様だが。
賢者を襲った少女がその類であり、更に一人だけ例外が存在している。
(リザーロが例外とは、流石に予想外じゃったの)
青年は王太子だから別として、リザーロだけが王の配下として王城で常に勤めている。
それは本来ありえない事らしいが、目の届く所に置いておいた方が良いという判断らしい。
結果として良い方向に進んだらしく、リザーロの暴走は目に見えて減ったそうだ。
(あの小娘だけは、儂らの到着に合わせる為に単独で急いで来たようじゃがな・・・)
賢者を襲った少女が城に居たのは偶然ではなく、賢者の一家を殺す為にやって来ている。
その事に関して先日少女は家長を伴って両親へと謝罪に来た。
どうやら少女の行動は独断であり、彼女の父は全く知らない話だったそうだ。
とはいえ本人の自己申告でしかないので、そういう事にして来ただけの可能性が高いが。
(儂の家を潰す算段を元から立てとった訳じゃし、小娘の行動を知っておりながら見逃しただけじゃろうよ。上手く行けばそれで良し。失敗すれば平謝りで許して貰おうという所かの)
精霊術師同士の手合わせは許容されているが、殺害をした場合はその限りではない。
少女に反省が無く国に逆らう意思有りとなれば別だが、謝罪をした以上は許さざるを得ない。
それなりの『誠意』を見せて来たから、という事で収めるしかない訳だ。
ただしその『誠意』は、父にかなり搾り取られた結果になっている。
相手は父の怒り加減が予想外だったらしく、かなり驚いた様子を見せていた。
今までギリグ家当主は腰抜け、という風に評されていたからこその驚きらしいが。
ただ賢者としては、あれだけの事をして手心を加えて貰えると思う考えの方が解らなかった。
むしろ腹に渦巻く怒りが燻ぶっている身として、許してやっただけでも寛大と感じている。
『あまり私を舐めるなよ、グローディア卿』
既に国王陛下とこの一件の為の『お話』を済ませていたらしい父親の猛攻は凄まじかった。
きっと父の言う通り舐めてかかっていたのだろう。謝りさえすれば許す相手だと。
結果としてはそんな甘い話になる訳もなく、中々に痛手を負って貰う事になった。
(これで小娘の動きに制限がかかれば良いが・・・期待はせん方が良いか)
少女の家の家長が少女に甘いというのは有名な話らしい。
何よりも家長と少女は思考が似通っているとも賢者は聞いている。
となれば先の謝罪も腹の中では『何時か覚えていろ』と思っている可能性が高い。
今は賢者が少女より強大な力を持っている、という理由があるから大人しいだけだ。
きっとどうにかして賢者の足を掬いに来ようとするだろう。警戒しておく必要がある。
(そういう意味では、やはり精霊術師の味方が三人いる現状は上々という所か)
王太子、メリネ、リザーロ。微妙に味方と言い切れないが、味方と思い込む事にする。
少なくとも二人はそうそう簡単に裏切らないだろうし、一人も上手く付き合えば良い。
とはいえ全員曲者だらけである事は変わりないのだが。
(・・・今日もこの状況じゃしの)
賢者が現状を振り返り色々と考えていたのは、賢者が身動きを取れない状況なのが理由だった。
今賢者は王太子たる青年の膝の上に乗っており、存分に耳を触り倒されている。
そしてそんな賢者の膝の上にメリネの頭が乗って、彼女の腕は賢者の腰に回されていた。
「今日も良い手触りだ・・・ああ、良い・・・」
「ナーラ様ぁ・・・もっと撫でて下さいぃ・・・」
あれから毎日賢者に会いに来る二人は、一日一回は必ずこの状態になっている。
特に女性に関しては人に見せられないような顔で、本当にお主それで良いのかと思った。
とはいえ余りに幸せそうな顔に、仕方ないのうと言いながら頭を撫でているのだが。
「お主ら、毎日毎日良く飽きんのう・・・」
「飽きるなんてある訳ないじゃないか。許されるならずっと触っていたいよ」
「ナーラ様のお膝・・・お膝可愛い・・・」
最早女性に関しては会話が成立していない。末期である。いや、青年も酷いが。
因みに耳が気持ち良くて眠った場合は、起きるまで寝顔をガン見していた。
青年はその間もずっと耳を揉んでいたのだから筋金入りである。
(この耳が本物じゃったら流石に痛いんじゃろうな)
熊耳に感覚は有るが、実際には存在しない耳である。
魔力で作った疑似感覚の様な物で、どれだけ揉まれても揉み返しの類は無い。
そういう意味では青年にとって、賢者という熊耳幼女は至高の存在と言える。
(・・・儂、城で起きてる時間の大半こやつらに取られとるんじゃが・・・まさか全員の顔合わせが終わった後もこうはならんよな。流石に領地に帰れるよな?)
賢者は一抹の不安を抱えながら二人の機嫌を取り、そしてやっとリザーロから報告が入る。
最後の一人がもうすぐ王都に着くという先ぶれが王城に届いたらしい。
それを受けた賢者は待つ事はせず、もう先に挨拶をしようと出迎えに向かう事にした。
当然青年と女性も共について来て、リザーロも一緒に出迎えるつもりらしい。
「さーて、最後の一人はどんな奴かのう」
「殿下とメリネ嬢から聞いていないのか?」
「いや、一応聞いてはおるが、実際に会って見んと解らん事もあるじゃろう?」
指示待ち人間と事前に聞いてはいるが、実際どの程度なのかが解らない。
ただ想像するよりも会う方が早いだろうと、それ以上の想像を放棄していた。
三人からは「普通はそうだけど」と言われたが、それでも賢者は会って判断したかった。
正直に言えば少しだけ希望を持ってしまったのだ。少しはマシな人間ではないかと。
ただ指示待ちをするだけというのであれば、問題児どもよりは付き合いやすいのではと。
そんな期待を持って出迎えた先で出会った女性は、無表情で賢者を見つめていた。
いや、正確にはその目は賢者を見ていない。ただ賢者の方向を向いているだけだ。
目は確実に入ってくる情報を捉えているだろうが、ただそれだけの事。
彼女の目は何も見ていない。見えているだけで気にしていない。そういう顔だ。
そんな様子に困惑している賢者を補助する様に、リザーロが一歩前に出た。
「グリリル嬢、彼女が精霊術師筆頭のナーラ嬢だ。自己紹介をしてくれ」
「はじめまして。グリリル・ユルス・エルスと言います。精霊術師です」
返って来たのは指示通りの自己紹介。淡々としたと抑揚の無い声音。
ただ言われた通りの事をした、という風にしか感じられない返答だった。
そしてそれだけの事を言い終わると、彼女は完全に動きを止めてしまう。
どこを見ているのか解らない、ただ前を見ているだけの状態に。
「指示を出さないとずっとこのままなのが彼女だ。解って貰えたかな、ナーラ嬢」
「・・・これは重症じゃの・・・誰の言う事でも聞くのか?」
「いや、流石に自分より下位の人間の言う事は聞かない様に、という教育がされている。だからその辺の人間が何かを言った所で従いはしない。安心してくれ」
「・・・そうかい」
何も安心できないと思った賢者だったが、その言葉はぐっと飲みこんだ。
指示待ち人間・・・流石に限度がある。やはり精霊術師は問題児しかいないと思いながら。
賢者は大きなため息を吐いてから、顔合わせの場に向かうように指示を出すのだった。
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