第41話、試合(実戦)
「くそっ、馬鹿な、こんなはずが、こんな事が!!」
今度はこちらの番。そう告げた賢者の言葉を無視する様に、老人は魔法を放ち続ける。
目の前の現実を否定しようと。こんな現実はあり得ないと。そう思う為に。
対する賢者は精霊化の状態ではあるが、それらの魔法をきっちり防いでいた。
精霊化していれば身に受けても致命ではないとはいえ、食らえば消耗するのは変わりない。
ならば無防備に受ける理由はどこにもなく、だからこそ老人は余計に狼狽えている。
どんなふうに、どれだけ力を籠めようとも、目の前の小熊は悉くを凌駕するのだから。
勿論防いでいるのは熊であり、賢者は熊に指示を出しているだけだが。
(ふいー、流石にちと慌てたのう。やはり訓練は大事じゃな、うん)
『グォン!』
先程は余裕綽綽な態度を見せていた賢者だが、内心は少々冷や汗をかいていた。
老人の魔法の技量が思ったよりも高く、精霊化による防御が割とギリギリだったのだ。
結果として無傷で防ぎ切ったが、一歩間違えれば賢者が倒れていただろう。
(油断じゃのう。精霊化出来れば何とかなるじゃろー、と悠長に構え過ぎたわい)
忘れてはならないが、賢者本人の魔法能力は精霊術師の誰よりも低い。
使える範囲の力を運用する技量は高くとも、一度に扱える魔力総量は誰にも勝てない。
唯一勝てる相手が居るとすれば、攻撃系の魔法ではない青年ぐらいだろう。
その事を改めて思い知り、思わず大きな溜息を吐いてしまう。
小熊の姿でありながらはっきりと解る溜息は、老人の怒りを更に引き上げる。
「っ、溜息だと!? ふざけるなぁ! 私の、この私の魔法を前に、溜息だとぉ!!!」
老人に対し吐いた訳では無いが、何も通じないこの状況では勘違いしても仕方ないか。
確かに老人の魔法は賢者に一切通じておらず、けれどその実老人の技量はそこまで悪くない。
少なくとも目の前で展開されている雷は、素の状態では絶対に防げないだろう。
精霊化をして熊に守って貰っているから生きていられる状態だ。
そう考えると自分の存在はかなり詐欺であり、普通なら申し訳ないと感じてしまう
確かに今も放ち続けている魔法は中々のものだ。先程褒めた言葉に嘘はない。
一番である事を拘るだけあって、成程これは確かに年月を積み重ねたのであろう。
ポッと出のガキんちょに抜かされたなど、それは認めたくないとい気持ちも解る。
賢者がそこまで考えた所で、その気持ちに相反する感情が膨れ上がる。
(―――――だからどうした)
ならば単純に技量を見せればよかったのだ。自分こそが一番だと。
精霊術師として全うに仕事をして、誰しもを認めさせれば良かっただけだ。
だが目の前のジジイは何をした。その力を持つ事を特別と勘違いして父を脅したのだ。
ああ勿論それに力で対抗する自分も同類であろう。そこを否定するつもりは無い。
我が身とて我が儘を通す為に力を振るい、他者の力を借りてまで押し通そうとしている。
だが申し訳ない気持ちなど欠片も浮かばない。今の自分に浮かぶ訳が無い。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 何故通じん! 何故、何故だ! 私は、私は精霊術師なのだ! それだけが私の価値だ! 貴様の様な小娘にぃ!!!」
むしろ目の前のジジイが怒れば怒る程、ふざけるなという想いが増していく。
身の内の怒りが増していく。貴様に何の都合があろうと。どんな想いを抱えていようと。
「―――――だから、どうした」
『グルォン!』
怒りが言葉になり、熊に伝染して魔力が溢れる。殺意を孕んだ魔力に変換される。
ここまで最低限の防御だけに努めていた熊が、攻勢に移る為に魔力を練り上げていく。
それは放てば人を殺す程度では済まない、城が吹き飛びかねない程の魔力量。
「あ・・・な・・・あ・・・」
老人は先程までの叫んでいた様子が消え、驚愕で目を見開き後ずさる。
精霊に授かった魔力を使う魔法と、精霊そのものと化して使う魔法。
その力の圧倒的な差に恐怖を感じ始め、最早怒りを保つ事すら出来なくなっている。
「貴様の都合は良く解った。貴様はその自尊心の為に他者を殺す事を何とも思っておらんとな。良かろう。ならば儂も貴様と同じ場に立ってやろう。儂も儂の家族を害する貴様を叩き潰す」
腹の底に渦巻く怒りが、ずっと我慢していた怒りが、燻ぶっていた怒りが燃え上がる。
儂の行動は我が儘か。我が儘じゃろうな。儂も儂の都合で貴様を潰すのじゃから。
じゃが細かい理屈などどうでも良い。正義も正当性も関係ない。
儂は家族を愚弄した貴様が許せん。その我が儘を通す為に力を振るおう。
生前にそう決めたのだから。儂は今生を好きに生きると。後悔せぬように生きると!
「腹立っとるんはこっちも同じ事じゃ、阿呆が!!」
『グオオオオン!』
熊の膨大な魔力が空に立ち上り、天候を凄まじい早さで書き換えていく。
青かった空は雲に覆われ、黒い雲が集まり、そして稲光を放ち始める。
「っ、天候操作・・・本当に山神は何でも出来るね・・・」
ローラルの声が耳に届き、少しだけ賢者の頭に冷静さが戻る。
それでも怒りが消えた訳では無く、そのまま魔法の構築は続けていく。
老人を倒す為だけであればここまで大仰な魔法を使う必要はない。
彼には防げない威力の魔法を放ち、気絶させて精霊を封印してしまえば良いだけだ。
だが賢者は老人の喧嘩を買い、そして完膚無きまでに叩き潰す事を決めた。
この男とは相容れないと。この男の信念と自分の信念は、余りにも相容れないと判断して。
「これが貴様と儂の差じゃ。打ちひしがれろ」
老人には出来ない事を、当然傍で見ている少女にも出来ない事を、圧倒的な差を見せつける。
本人の心が折れるほどの力の差。逆らう余地のない程の差を叩きつける為に。
(熊の力というのが情けない限りじゃがな。出来るなら自分の力でやってやりたかったの)
魔力量だけであれば同じ事が出来るが、実際に術式を組む事は出来ないのが悔しい。
ほんの少しだけ心残りを抱えたまま、心の内の怒りを放つように暗雲から雷が放たれた。
その雷は自然には不可能な太さでそのまま地面に――――――――落ちてこない。
「あ、あはは・・・ナーラ様、凄い・・・」
空に龍が舞う。触れれば全ての生命を焼き尽くすと感じる雷の龍が。
雲で覆われた暗闇の中を光り輝き、まるで生命を持つように空を泳ぐ。
そんな光景にメリネは乾いた笑いが漏れ、改めて敵わないと実感していた。
「さて、悔い改める時間は取れたか?」
「っ!」
だが忘れてはならない。これは賢者と老人の手合わせだ。
どちらかが敗北を認めるか、戦闘不能になるまで続ける勝負だ。
賢者は力を見せつけるだけ見せつけてから、無慈悲にも老人へと死の言葉を告げる。
「さらばじゃ、ブライズ・ポルル・ヒューコン」
「ま―――――」
待ってくれ。きっと老人はそう言いたかったのだろう。だが老人は無慈悲にも竜に食われた。
雷の龍の速さは目で対処できるものではなく、その後には黒焦げの老人が出来上がる。
「なんちゃっての」
本当に龍が老人を襲っていれば、確実にそうなっただろう。
だが龍は老人の直前で消え去ってしまい、代わりとばかりに気絶する程度の雷撃を見舞う。
耐性を持っていると考え強めに放った事で、老人は力なく倒れ伏した。
普通ならば防御もしていたのだろうが、雷の龍の存在に呑まれて無防備に食らった形だ。
ただちょっと強すぎたのか、倒れ伏した老人はビクンビクンと危ない感じに痙攣している。
(あ、これ、ちょっとやばくないかの・・・やばい! 熊よ、治癒を、回復を!)
『グルゥ?』
(いや、儂も本当はしとうはないけど、殺しちゃまずいんじゃって!)
治しちゃうの? と首を傾げる熊に、慌てて頼んで治癒をかける締まらない賢者であった。
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