第37話、封印術(力技)

「・・・山神とはそこまでの精霊だったのか・・・特別視される訳だ」

「精霊術の封印・・・恐ろしいですわね。それは確かに、あの二人には効果的でしょう」

「じゃろう」


 青年と女性の評価を聞いて、ふふんと胸を張る女児賢者。

 すると女性が「はああぁ」と溶けた顔をするが賢者は気にしていない。

 むしろ『儂可愛いものな!』と段々自信をつけている始末である。


(自力で成せぬのが情けないとは思うが、元と辿れば熊の魔法は儂の魔法じゃ。儂が教えたからこそ熊も使えると思えば、まわりまわって儂の成果と言えなくもないじゃろう)

『グォン!』

(・・・素直に肯定されると流石に恥ずかしいの。そこは突っ込んで良いんじゃぞ)

『グォ?』


 そうなの? と首を傾げる熊に、コホンと咳払いをして気を取り直す賢者。

 少々調子に乗ってしまった自覚もあり、恥ずかしい気持ちを誤魔化している。

 とはいえ熊以外には賢者の心など解るはずもなく、皆は唯々山神の力に驚いていたが。


 ただ青年は一番早くその驚愕から立ち直り、真剣な表情を賢者に向ける。


「ナーラはその力を常に使える、という認識で良いんだね?」

「そうじゃな」

「・・・試しに私にやってみてくれるかな」

「ローラルにか?」

「うん。どんな感じなのか、体験しておきたいんだ」

「ふむ・・・」


 賢者はその提案に少し悩んだ。何せ相手は王太子だ。

 王族と精霊術師の呪いを考えれば、熊にはつらい事なのではと。


(熊よ、出来そうか?)

『グォン!』


 だが返答は意外にも肯定であり、熊は元気の良い鳴き声で返した。


(ローラル自身が望んだ事じゃからか?)


 ならば問題ないかと判断して青年へ頷き返す。


「解った。ただ少々時間がかかる故、そのまま動かずにおるんじゃぞ。本来は気絶させて無抵抗になった相手に施す術じゃからの。動いている相手には使えんのはこの術の難点じゃな」

「成程。そこまで便利な術ではないんだね。了解した」


 青年は賢者に言われた通りその場から動かず、賢者はそんな青年に近づいて行く。

 ただし彼に手が届く頃には、賢者は精霊化して小熊の姿になっていた。


「っ、精霊化・・・!」

「ナーラ様、嘘、だ、大丈夫なんですか!?」

「む、驚かせてしもうたか。大丈夫じゃよ。ほれ、痛くないじゃろ?」


 賢者は青年の足をポンポンと優しく叩き、安全じゃよとアピールする。

 その場にいる全員が『そうじゃない』と思ったが口には出さなかった。

 心配したのは賢者の身で、だが賢者の様子から問題ないと判断して。


「じゃから動くでないぞ、ローラルよ」

「・・・解った。お手柔らかにね」

(熊よ、宜しく頼む)

『グォン!』


 今度こそ精霊術の封印をする為、青年に前足を触れながら熊に願う。

 熊はその願いを叶える為に全力で応え、部屋の中を熊の魔力が蹂躙する。

 その力は精霊術師の二人だけでなく、術を使えない者達にまで感じ取れていた。


 圧倒的な力。ただの精霊ではなく、土地神となる程の精霊の力を。


(・・・恐ろしいな。この力を呪いで抑えられないなんて)


 精霊術の封印。その力は青年にとっても脅威だと感じていた。

 それは自分の隠密能力も無効化するという事なのだから。

 だからどういった形で封印するのか、事前に知っておきたかった。


 けれど青年は、そんな事は些細だと思い知ったのだ。

 封印術が脅威なのではない。それだけの力を使える精霊が脅威なのだと。

 他の精霊術師とは違う。土地神と化した精霊の力を十全に使えるナーラこそが脅威だと。


 そしてその判断は青年だけではなく、同じく精霊術師である女性も感じていた。


(これが精霊化の力・・・なんて、強い力なの・・・勝てない・・・!)


 それなりに自分の力には自信があった。老人の相手が面倒なだけで力を抜いていた。

 だから本気を出せば同じ精霊術師にもそう負けはしない、という自負が崩れ去る。

 ナーラ様に勝つのは無理だ。アレは精霊そのものだ。災害の様な存在だ。


 彼女との戦いは精霊術師と戦うのではなく、山神という精霊と戦うという事。

 命を懸けて精霊化をして初めて同じ目線に立てる存在。それがナーラという人物。

 陛下が精霊術師筆頭等と言う役職を作る訳だわ。彼女こそが筆頭に相応しい。


 女性は最早崇拝に近い想いを抱きながら、魔力を放つ小熊を見つめる。


(儂何もせんで良いから楽ちんじゃのー)


 ただし当の本人は完全に能天気である。何せ熊任せなので。

 むしろ精霊となり土地神となった熊の方が、生前の賢者よりも上手く出来るまである。

 これは魔法の技量の上下ではなく、精霊であるからこその利点というものだ。


 この封印術に一番必要な技術は、精霊の魔力と術者の繋がりを辿れる事。

 自身が精霊である熊にとって、そんな物は呼吸をするのと同レベルだ。


『グオオオオオオオオオオン!』


 熊は大きく鳴き声を上げながら、青年と精霊の力の繋がりに魔力を伝わせる。

 そして伝わせた魔力を青年に流し込んでいき、精霊の魔力をそのまま覆い込んだ。

 更に覆った魔力を増やして圧縮していき、青年の中の精霊の魔力を完全に封じ込める。


「っ、これが、封印か・・・!」


 その瞬間精霊の力を感じ取れなくなった青年は、驚愕の表情で目を見開いた。

 試しに魔力を集めてみようとするも、当然一切集まらずに終わるだけだ。

 むしろ自分がどうやって魔法を使っていたのかすら思い出せない。


「これは、怖いね・・・精霊術師にとっては恐怖以外の何物でもないだろうな」


 青年は本来その精霊術師に対抗する為に、自身の身を鍛え上げている。

 だから術が使えなくても出来る事はあるが、術に頼っている者達はどうなるか。

 そんな物想像するまでもない。ただの無力な一般人に成り下がる。


 一番恐ろしいのは、そんな術を王族に平気で使える事実だ。

 やはり彼女には呪いが通用しない。王族相手でも平気で力を振るえる。

 となれば彼女が曲がらぬ様に、そして見捨てられぬ様に全力を尽くすのが自分の役目か。


 青年は改めて自分の立ち位置を認識し、けれどその認識は少々誤っている。

 なぜなら熊は青年が許可を出したから出来たのであって、嫌がっていたらかけられない。

 通常ならば術師の常識に引っ張られるのだが、熊は精霊なので人間とは少々認識が異なる。


 とはいえ現状そこに突っ込みを入れる人間がおらず、その勘違いは国王まで伝わる事だろう。

 結果として国王は『自分の判断は間違っていなかったのか自信がないな』と呟く事になる。


(よしよし、上手く出来たの。いい仕事じゃぞ熊よ!)

『グォン!』


 ただ色々と思われている本人は、熊の魔法の出来に満足して喜んでいる能天気っぷりだが。


「これはどのぐらいの期間有効なのかな」

「んー、そうじゃなぁ・・・年単位で可能じゃろうな」

「まさかの返答だったよ。長くても数十日程度と思ってたのに」

「何せ山神の魔力での封印術じゃからの。そうそう簡単には消えんよ」

「契約している精霊が抵抗して解けたりはしないのかい?」

「無くは無いが無理じゃろうな。そんな実力があればそもそも封印出来んよ」

「どういう事だい?」

「単純な話じゃよ。これは封印をかける術者が、かけられる術者よりも上の力が無いと不可能な術という事じゃ。少なくとも精霊化出来るだけの技量が無ければ封印はとけん」


 この封印は精霊にではなく、術者の体内に施したものだ。

 精霊術師が精霊に魔力を流し込まれる際、無事でいられる限界というものがある。

 それは素養による物も在るし、その後の鍛錬で変動する事も無い訳ではない。


 つまり成長して精霊化できるようになれば、解く事も不可能ではないという事でもある。


 何故ならこの術は術者の魔力で強引に精霊の魔力を包んでいる。

 封印術という名称を付けてはいるが、その実術というには烏滸がましい力技なのだ。

 とはいえきちんとした魔力操作技術が無ければ不可能なので、術と言えなくも無いのだが。


「という訳で、封印解除じゃ」

『グォン』

「っ、これは、変な気分だね」


 賢者の言葉に従った熊は、青年に流し込んでいた魔力を抜いて霧散させる。

 同時に精霊との繋がりが戻った青年は、突然な感覚の変化に若干戸惑っていた。


「メリネも体験しておくか?」

「はい!」

「・・・いや、儂を抱きしめる必要はないんじゃが」

「すみません!」

「・・・謝るなら離さんか普通・・・まあ良いか」


 青年への獣への執着をどうこうと言っていたくせに、目の前の小熊にやられた様である。

 中身が賢者というのも理由ではあるが、見た目は可愛らしい小熊なので。

 そうして青年と同じように封印術を体験し、老人へは確実に脅しになるとお墨付きを貰った。


「殿下、私は今まで間違っておりました。可愛らしさは同じなのですね」

「理解してくれて嬉しいよ、メリネ嬢」


 ただ何か二人が変な共鳴を起こしていた。

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