第36話、対処(罰則)
「はふぅ・・・」
あの後最後まで餌付けされる形で食事を終え、食後のお茶を楽しむ賢者。
相変わらず配置は青年の膝の上であり、女性は眉をピクピクさせながら見つめている。
何せ青年は完全に賢者の耳を好きにしており、更に賢者が構わないと言ってしまっていた。
女性としては心底気に食わない話だが、賢者が認めるのであれば仕方ない。
既に一通り文句と嫌味も言い切ったので、あとは王太子殿下の良識に任せるしかないと。
だが当然青年はそんな言葉を聞き届ける気など無く、最早完全に無視して耳を揉んでいる。
「ん~・・・ちょうど良い運動の後に食事をして、食後のお茶を飲みながら按摩とは、贅沢な昼下がりじゃのう。あ、ローラルよ、もうちょい付け根の所を・・・おお、そこじゃそこ・・・」
むしろ賢者が完全に弟子と同じ扱いをしており、気持ち良さに脳みそが溶け切っている。
「・・・狡い」
「はぇ?」
ただ突然ビキィっと何かがひび割れる音が響き、同時に女性の唸る様な声も耳に届く。
賢者は半分寝かけていた眼を見開くと、目の前に座る女性が泣きそうな顔になっていた。
そして響いた音の原因であろう、カップがバキィッと音を立てて砕けた。
「私も、私もナーラ様を膝に乗せたいし、耳も触りたいです!」
「カップを握り砕く程悔しがる事かい・・・つーかお主も力が強いの・・・」
最早悲鳴の様に叫ぶ女性に、流石に賢者も呆れた目を向ける。
とはいえ放置も可哀そうかと、賢者は青年の膝から降りようとした。
だが動こうとした瞬間青年の腕が抱き留め降りる事を許してくれない。
「ローラル。あまり同僚を虐めるもんじゃないぞ」
「・・・了解」
ただ賢者がメッと人差し指を立てて注意すると、渋々ながら賢者を下した。
手を放すだけじゃないスマートさは、やはり王子と言った所だろうか。
等と思いながら賢者が女性の下へ向かうと、彼女は椅子から降りて賢者に抱き着いた。
「ナーラ様ぁ・・・!」
「よしよし。我慢したんじゃよな。じゃがカップを割るのは流石に如何なものかと思うぞ」
女性はすみませんと即座に謝罪を口にしたが、表情と完全に合っていない。
やっとお預けから解放されたと、蕩けた顔で賢者を堪能する様に抱きしめる。
そしてひょいっと持ち上げ、青年がしていた様に膝に乗せた。
その間にテーブルの上は片づけられ、割れたカップも既に無い。
(優秀じゃのー・・・いや、もしや慣れとるだけか?)
すました様子で片づけを終えて控える女性の侍女に、大変なんじゃのーという目を向ける。
その様子に賢者の侍女が半眼を向けている。お嬢様も大概なのですがと。
青年の侍従達は王太子殿下の見た事のない態度に若干困惑している。
「さて、落ち着いた所で本題に入って良いかの」
「本題? 何の話ですの、ナーラ様」
確実に賢者以外誰も落ち着いていないと思うが、気にしていない賢者は話を進める。
女性がその発言に首を傾げ、青年はお茶を一口飲むと説明の為に口を開く。
「ヒューコン卿が彼女を認めないと言っている様でね。対策の相談さ」
「昨日したんじゃが、明日の昼から時間をかけてもう一度話そう、とローラルに言われての」
「・・・成程、あのジジイですか」
青年の提案は確実に口実だが、賢者は全く気が付いていない。
当然女性は気が付き半眼で見つめるも、青年は気にした様子もなく笑顔を見せる。
ただ賢者が手元に居ないせいか、少々笑顔にとげがあるが。
「とはいえ、儂自らが相手をする事には変わりないんじゃがの」
「そこはどうしようもないだろうね。力を見せなければ彼は納得しないだろう」
「あの面倒な老人の事ですから、力を見せた後も面倒ですわよ」
「なんじゃ、負けても納得せんのか?」
「いや、納得はするとは思う。だが定期的に挑んで来るだろう。だが彼は過去に他の精霊術師に勝つまで何度も何度も挑み続けたらしいんだ。今回もそうなるかもしれないね」
「勝とうが負けようが面倒な老人なのですわ」
つまりあの老人との勝負は、一度勝てばそれで終わり、とはならないという事だ。
すぐに再戦という事は無いだろうが、暫くしたらまた挑んで来る。
ただ賢者にとって問題なのは、その頻度と方法だ。
下手をすれば領地に押しかけかねない。事前に対処しておく必要があると思った。
「のう、ローラルよ。今後精霊術師同士の手合わせに多少の規約を作ろうと思うんじゃが、儂が勝手に決めても問題ないかの?」
「うーん、父はその辺りも含めて君を筆頭にしたと思うし、良いんじゃないかな。一応その規約とやらが問題ないか、決める前に私に確認させては欲しいけれど」
「私はナーラ様の決めた事なら従いますわ!」
むふーっと鼻息荒く告げる女性ではあるが、おそらく彼女には必要の無い規約になる。
賢者が作りたい決まり事は、面倒な人間たちへの制約の様な物だ。
勿論賢者の目のない所で従う可能性もあるが、そこは一応賢者にも考えがある。
「ではあのジジイが再戦を望むとしても、簡単には望めない決まりを作ってしまおうか。再戦をする事は致し方ないとしても、ジジイの都合に振り回されるのは御免じゃ」
「成程、それぐらいなら良いんじゃないかな」
「宜しいかと思います!」
賢者が自分の案を口にすると、二人とも肯定して頷き返した。
その際に青年の侍従が紙とペンを賢者に手渡している。
礼を言って受け取った賢者は、早速その事をざっくりと紙に書いた。
青書は後でするつもりなので、今は案の部分だけでも記録に残しておけば良い。
「ただ精霊術師同士で訓練が出来ないのは困るで、その辺りの塩梅をどうするかじゃなぁ」
「お互い納得の鍛錬なら良いのではないですか?」
「そうだね、勝負ではなく鍛錬の範囲なら、という事であれば良いかと思うよ」
「じゃが鍛錬という口実で挑まれてはかなわんぞ」
「その辺りは受ける側も解るだろう? もし鍛錬を越えた行動をし始めたら、その時は規約違反で罰則を受ける様にしておけば良いんじゃないかな」
「ですがそれではあの小娘辺りが逆手を取って罰則を利用しませんかしら」
「ありそうじゃのう・・・」
城内で堂々と殺しに来た少女を思い出し、賢者は大きなため息を吐いてしまう。
面倒な人間に対処したかったが、他の面倒な人間が枷になってしまった。
だがここは逆に考えよう。そのおかげでこの先落とし穴がなくなるのだと。
賢者はそう前向きに考える事にして、協力的な二人と共に案を練っていく。
「では精霊術師同士の勝負に関しては、精霊術師の立会人をお互い一人は用意して、一度勝負をしたら翌年までは勝負出来ない。そんな感じでどうかの」
「ナーラ様は一年に一回は勝負を受ける気ですの?」
「まあ、多少のガス抜きは必要じゃろうからな。締め付けるだけでは良くなかろう」
賢者としては勝負自体は余り嫌がっていない。嫌なのは老人の都合に振り回される事だ。
だがこうやって決まりを作っておけば、老人は事前連絡をしなければならなくなる。
立会人の用意や、勝負の場所決めと、自分の都合を優先する事が出来るだろう。
何より高慢な老人が他者の都合に合わせなければならない、という点で既に嫌がらせである。
普通なら嫌がらせになるはずも無いが、この事実を知った老人はさぞ腹を立てる事だろう。
賢者はその辺りも理解した上であり、今は能天気幼女は返上の様だ。
「だがナーラ、それを破った場合の罰則はどうしようか。私は先程軽く言ってしまったけれど、彼に対し罰則になりそうな事が余りないんだ。精霊術師だから下手な罰則も与えられないしね」
「暫く精霊術を封印する、というのはどうじゃ」
「あー・・・確かにそれは効果的な罰ではありますけど、あのジジイが守るでしょうか」
「間違いなく破るだろうね。精霊術の使えない精霊術師など何の意味も無いとか言い出すかな」
「何を言っておる。使えない様に封印するんじゃよ。本人の意思に関係なくの」
「「・・・は?」」
賢者の返答に、二人が目を見開いて間抜けな声を上げた。
いや、驚いているのは二人だけでなく、この場の全員が驚愕の表情を見せている。
それ程に賢者の言葉は非常識であり、そしてこの国にとって脅威となる内容だ。
当然賢者も流石にそれぐらいは理解しており、それでもあえて手札を開示した。
自分に敵対するという事が、どういうリスクを持つのか思い知らせてやろうと。
自分一人で勝手をすれば身の危険と思っていたが、こちらには既に二人味方がいる。
しかも片方は王太子であり、自らの婚約者を望んでいる相手だ。
ならば今ここで出来る限りの手を打つ方が、後々の安全に繋がると判断した。
当然国王が自分を更に危険視する事も織り込み済みで。
「精霊術を封印される事程、あのジジイにとって辛い事は無かろう。当然バカな事を平気でやる小娘にとってもな。あ奴は恨みを相当買っていそうだからの。精霊術が使えなくなればどういう事になるか・・・流石にそこまで想像できん阿呆ではあるまい」
ニィっと口角を上げて告げる賢者からは、腹の底に煮える様な怒りが滲み出ていた。
両親をゴミの様に見下した事も、両親を殺しかけた事も、賢者は未だに怒っている。
殺しはしない。傷めつけもしない。だが恐れ知らず共に恐怖を味わって貰おうと。
「山神様の力があれば造作もない」
『グォン!』
ただし実際に封印をするのは熊である。鍛錬はその為の確認でもあったのだ。
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