第34話、最後の一人(やはり問題児)

 好意からくる暴走とは、何時の時代も困ったものだ。

 敵意があれば抵抗を出来る事も、好意だとどうにも行動しにくい。

 かつての弟子の事を思い出しながら、女性の膝の上で菓子をもぐもぐと食べる。


「筆頭殿、こちらも美味しいですよ」


 そして女性はもぐもぐと食べる少女に対し、見つめているだけで幸せという表情だ。

 いや、膝の上に乗せて抱きしめているので、完全に手は出しているのだが。

 とはいえそれもいかがわしい気配はなく、ただただ可愛いものを愛でているだけ。


(まあ良いか。害は無い・・・無い? ようじゃし)


 細かい事を言えば既に王太子へ害が出ているのだが、そこは見ないふりをする賢者。


(それにしても城に来てから怒涛の勢いで精霊術師に会うが・・・全体で何人おるんじゃ?)


 ふと肝心な事を聞いてなかったと、賢者は手の中にある菓子を食べきってから顔を上げる。


「のう、ちょいと聞きたい事があるんじゃが」

「はい、何ですか筆頭殿。何でもお聞き下さいな」

「この国の精霊術師は全部で何人おるんじゃ?」

「えーと今は・・・筆頭殿を入れて7人ですわね」

「・・・思ったより少ないの」


 国防のための精霊術師なのだから、てっきりもっと数が居ると思っていた。

 だが想像以上に術師の数が少なく感じ、それで国を守れるのか少し不安に思う。

 とはいえ今も国が在る時点で杞憂なのかもしれないが。


(ん、まて、儂入れて7人という事は、会ってないのはあと一人だけか?)


 賢者はここに来てから出会った精霊術師を順に頭に浮かべる。

 リザーロ、キャライラス、ローラル、ブライズ、そしてメリネ。

 顔合わせのために指示を出したはずが、集まる前にほぼ全員と顔を合わせていた。


「・・・もしや顔合わせの命令など出さずとも良かったのか?」


 城で普通に会えるのであれば、自らの足で顔を見せに行っても良かった。

 そう思った賢者だったが、頭の上から「そんな事はありませんよ」と否定される。


「私は偶々城におりましたから、偶然すぐに会う事が出来たにすぎません。先日の城の破壊もてっきりあのバカ娘かジジィが暴れて、それをリザーロが抑えたのかと思っていましたから」

「・・・そんなにしょっちゅう城壊れとるの?」

「年に一回は大きく修繕しております」

「・・・酷い話じゃ」


 精霊術師が処分されにくい理由として、その絶対数の少なさもある気がした。

 だから城を壊したとしても、少々のお叱りで済ませてしまうしかない。

 国を守る為に、大多数を守る為に、ある程度の暴走を許容するしかないのだろう。


 そう思うと国王の苦労も解った気がした賢者だが、したり顔を思い出して考えを打ち捨てた。


「まったくもってその通りです。あいつらが壊すたびに呼ばれるから面倒でかないませんわ」

「む、そうなのか? 何故じゃ?」

「あら、説明がまだでしたわね。私の契約する精霊は土系統の魔法が得意ですのよ」

「成程、土の魔法で直す訳か」


 土の魔法で直すと言っても、土壁を作る訳ではない。

 彼女が土系統と言ったという事は、おそらく石や岩などもいけるのだろう。

 つまり崩れた石壁の補修や、人力では動かすのに労力を要する作業に繰り出されるのだろう。


 賢者も生前の頃なら一人で城を立てられたが今は不可能だ。

 魔力量だけなら問題ないが、城の構造を維持する強度に作り直す自信が無い。

 単純に周囲を覆うだけならば今でも出来るが、二階建てなどにすればすぐ床が抜けるだろう。


「その為に今日は呼ばれて来た、という事か?」

「いえ、別件で城に滞在していた所に城を修繕して欲しいと頼まれたのです。ただ頑張れば良い情報を教えようと言われまして、筆頭殿の事を詳しく教えて頂きました」

「それは・・・良いのか?」


 修繕をしようがするまいが、どのみち賢者の情報は与えられていたはずだ。

 そう思った賢者は思わず見上げると、女性は「はわ~」と恍惚の表情を向ける。


「良いのです! 筆頭殿にその表情を向けて頂けた時点で報われました! ああ、可愛い!」

「・・・そうかい」


 リザーロは彼女の扱いを心得ているのだなと、疲れた気分で応える賢者。

 とはいえ彼女が慕ってくれるというのであれば、賢者としてもやり易い。

 ここはひとつ自分からも労いをと、少し背伸びして女性の頭に手を伸ばす。


「何時もお疲れじゃ。これからも無理せん程度に頑張ると良い」

「――――――」


 頭をなでなでしながらの労いに、女性は突然動きを止めた。

 見ると顔から表情が消え、また何かやってしもうたかと賢者は焦る。

 だが女性は賢者の心配をよそに、はっと何かに気が付いたかのような動きを見せる。


「はっ、今私は、何か、幸せな事が起きた様な。とても可愛い熊耳幼女に優しく頭を撫でられ、優しい声音で労われて・・・幸せ過ぎて意識が飛びかけました。今のは・・・夢?」

「・・・難儀な娘じゃの。夢ではないぞ」

「夢じゃ・・・ない・・・? 現実・・・?」

「おい、こやつ大丈夫か?」


 意識のおかしい女性が心配になり、彼女の侍女に問うも「問題ありません」と返答される。

 本当に問題無いのかと思いつつ、ぽけーっと怪しげな様子の女性をしばらく見つめていた。

 すると女性は少ししてふぅーと大きく息を吐き、額の汗をぬぐって笑顔を見せる。


「ふう・・・筆頭殿、恐ろしい人です・・・」

(儂もう突っ込まんぞ)


 段々面倒くさくなってきた賢者である。いや大分前からではあるが。


「でももう大丈夫です! 筆頭殿、もっと褒めて!」

「・・・いや、まあ、良いか・・・よしよし」

「はぅあ~・・・脳が、脳が溶ける・・・」

(やっぱ精霊術師は変な奴しかおらんの。最後の一人も多分変な奴じゃな)


 まだ会っていない最後の一人に対し、希望を持つのを諦めた賢者である。

 その方が自分の心にダメージが少ない、と判断しての事でもあるが。


「そうじゃ、良ければ儂がまだ会えていない精霊術師の事を教えてくれんかの」

「はぇ~・・・はっ、え、えっと、も、申し訳ありません、もう一回お願いできますか?」

「・・・まだ会えていない精霊術師の事を教えて欲しいんじゃよ」


 淑女にあるまじきだらしない顔から復帰した女性は、賢者のあきれ顔でコホンと佇まいを直す。


「筆頭殿が会っていないとなると・・・グリリルですわね。グリリル・ユルス・エルス。精霊術師の中でも一番やる気のない女性です。とはいえ実力は勿論ありますけれど」

「ほう、やる気が無いとはどういう意味でじゃ?」

「仕事は命じられればやりますけど、基本的に何事にも無気力な方です。一応精霊術師として家を背負う立場には居ますけど、家を動かしているのは実質彼女の弟ですわね」

「ふむ、仕事はするんじゃな」

「命令には間違いなく従います。問題は命令にしか従わない事でしょうか」

「・・・どういう事じゃ?」

「命令が無ければ身を守る以外の行動をしません。目の前で他の人間が死にかけていても」


 やっぱり変な奴じゃったと、賢者はもう精霊術師に期待するのを完全に諦めた。


「つまり戦闘中であっても、指示が無ければ戦闘をしない、補助もしないという事か」

「ええ。敵を倒せと言われたら、敵を倒す事しかしません」

「まさか味方も巻き添えか?」

「いえ、流石にその辺りの分別はあるようですわ。ただ怪我人を助けたり、戦況を見て不味い所へ補助に行ったりなどはしません。やらないだけで出来ない訳では無いんですけどね」

「・・・そうか、ならばまだマシな方じゃな」


 指示待ち人間と言うやつであろうが、小娘とジジイに比べれば可愛い物だろう。

 あちらは明らかに敵意を向けている訳で、指示の無視すらやりかねない。

 賢者はそう判断して、一人を問題児から除外した。ある意味で問題児だが操縦が効くと。


「助かった。これは事前に聞けて良かった。感謝するぞ」

「筆頭殿のお役に立てたなら何よりですわ! でももっと撫でて下さい!」

「・・・よしよし」

「はうぁ~・・・筆頭殿のおてて小さい・・・」


 三歳児なのだから当たり前だろうと思いつつ、どうやってこの場を切り上げるか悩む賢者。

 昼にまた青年と会う約束をしており、そろそろこの場を離れないと不味いのである。

 ただ相変わらず女性はがっちりと賢者を抱きしめ、離す気配が一切ない。


「あー・・・その、儂そろそろ、戻らねばならんのじゃが」

「はぇ~・・・あ、は、はい、では参りましょう」

「・・・は?」


 女性は素直に頷いたかと思うと、賢者を抱いたままスッと立ち上がる。

 てっきり下ろしてくれると思った賢者は思わず間抜けな声が漏れた。


「部下としてお送りいたしますわ。ええ、部下としての義務ですわ」

(絶対嘘じゃろそれ・・・)


 どう考えても欲望が駄々洩れな言葉に、賢者はどうしたものかと悩む。

 だがそんな賢者の悩みも空しく、賢者の侍女が誘導を始めた。


(あ、ザリィの奴、王太子に面倒を吹っ掛ける気じゃ)


 これぐらいの事は越えて見せろ。そんな気配をさせながら侍女は前を進む。


(・・・儂、今回は悪くないよな? これは不可抗力じゃよな?)


 そうは思いつつも、心の中で青年に謝りながら運ばれる賢者だった。

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