第33話、説明(聞いてない)
「改めて自己紹介を。お初にお目にかかります筆頭殿。私の名はメリネ・グールグ・チャイス。今後は筆頭殿の配下として粉骨砕身の働きをお見せ致しますわ」
にっこりと笑いながらメリネと名乗る精霊術師が告げる。
そんな彼女の発言を本当に信じて良いのか解らず、賢者は訝し気な目を彼女に向けた。
残念な人間だというのは先程感じたが、それが演技でないとは限らない。
「おやおや不信感がすごいですわね。お気持ちお察しします。最初に出会ったのがキャライラスじゃ当然の反応でしょう。大丈夫ですよ、私は精霊術師の中じゃ大分真面な方ですから」
自分で真面と言っても全く信用ならないのだが、彼女は気にしていないらしい。
むしろニッコニコと満面の笑みで賢者を見つめてご機嫌に見える。
それもそのはずだろう。何せ先程から彼女は賢者を膝の上に乗せているのだから。
「・・・自己紹介の前に、何で儂は膝に乗せられているんかそろそろ教えてくれんか」
「だって可愛らしいんですもの!」
答えになっていない。そう思ったが、言っても無駄そうなので口にしなかった。
王太子といい、この女といい、精霊術師にまともな人間はいないのか。
賢者は大きなため息を吐きながら、用意されたお茶を口につける。
すると何故か「キャー!」と叫びながら抱き着かれるが、賢者は色々諦め始めていた。
なにせ彼女との出会いの後強い要望でお茶に誘われ、ずっと膝の上なのだから。
先程の自己紹介にしても、既に大分時間が経ってからの発言だったりする。
(まあ儂が可愛いのは事実じゃがな)
ただし今日も賢者の能天気っぷりは絶好調なので、人の事は一切言えないのだが。
「リザーロから精霊術師筆頭なんて話を聞いた時は最初こそどんな人物かと思いましたけど、こんなにお可愛らしい上司が出来るなんて日頃の行いが良いおかげですわね!」
「ふむ、リザーロから聞いておったのか。彼とは仲が良いのか?」
賢者がふと気になって訊ねると、女性は「んーっ」と少し考えるそぶりを見せた。
もしや仲が悪いのかと、面倒な事はありません様にと少し祈る賢者。
日頃の行いが良いという自己申告が本当である事も同時に願っている。
「仲が良いとはいえませんね。別に悪い訳でもありませんが・・・お互い国に仕える精霊術師として義務を果たし、足を引っ張りあわない代わりに余り関りもしない感じでしょうか」
「成程、悪い訳ではないなら良いか」
ほっと息を吐いて安堵する賢者。何せ賢者はリザーロといい関係を保って付き合う気でいる。
だというのに彼と仲が悪いという話になると、今後色々と都合が悪い。
基本的に連絡等は彼に頼む気満々なので、それが出来ないのは勘弁願いたいと。
顎で使う気満々である。三歳児に任せる国王が悪いと責任転換しながら。
「数日後に精霊術師全員が集まって顔合わせをするとは聞いておりましたが、貴方の事を聞いてしまったら居てもたってもいられず会いに来てしまいましたの。ご迷惑でしたか?」
「いやまあ、一応ある程度やりたい事は終わった故、迷惑という事はないがな」
熊との鍛錬と言う名の確認作業は一通り終わっている。
後は自己鍛錬では確かめようのない、実戦で確認したい事がある程度だ。
だがそれには相手が必要不可欠であり、ならばもう今日やる事は無いと言える。
「お優しい! 筆頭殿の優しさが身に沁みますわ!」
だが『気を使った』と判断した女性は、声を高くしながらまた賢者を抱きしめる。
別にそういう訳ではないんじゃが、と言う発言は聞こえていない様だ。
初体面時に女性を殴って止めた侍女は、彼女の様子を見て大きくため息を吐いていた。
因みに当然と言うべきか、もれなく熊耳も満足そうにモフモフ揉んでいる。
「・・・ローラルの方が触り方は上手かったの」
「―――――なん、ですって?」
ぴしりと空気が凍ったような気配を感じ、同時に低く唸るような声が響く。
恐る恐る後ろを振り向くと、女性は表情の無い顔を虚空に向けていた。
無表情であるのに何処か恐ろしく、けれど抱きしめられている賢者に逃げ道は無い。
「王太子殿下は筆頭殿の耳を触られたのですか」
「あ、ま、まあの・・・」
「まさか王太子と言う立場を傘に迫ったのですか・・・!」
「い、いや、そんな事は・・・」
「筆頭殿。ここに彼は居りません。素直に話して良いのですよ。さあ、さあ、さあ・・・!」
先ずお主の目が怖い。そう口にしたらきっともっと怖い事が起きる予感がする。
そう思った賢者はこの場をどう切り抜けるかと悩んでいると、スパンといい音が鳴った。
「あだっ!?」
侍女はすすっちおと女性の背後に近づき、平手を頭に叩き込んだ様だ。
おかげで恐ろしい視線がはずれ、賢者はホッと息を吐く。
「メリネ様、筆頭様が怯えられております。嫌われてしまいますよ」
「あっ、す、すみません筆頭殿! わ、私はただ心配で!」
侍女に指摘された女性は嫌われるのが余程嫌なのか、半泣きになりながら平謝りしてきた。
賢者としても身を案じてくれた相手に怒る気は起きず、気にしていないと答えるに留めた。
本音を言えばちょっと・・・かなり怖かったと言わざるを得ないのだが。
(戦闘の危機とはまた別種の怖さだったの・・・)
やっぱり精霊術師は変なのしかおらんと、賢者は心の中だけで溜息を吐いておく。
半ば錯乱に誓い謝罪をしている相手に対し実際に息を吐けば、また怖い目に遭いかねないと。
「こほん・・・それで筆頭殿。実際の所どうなのでしょう。王太子殿下は私の認識の範囲では分別のある方のはずですが・・・少々獣に対し異様な気配を放つ方ではあります」
お前も人の事は言えんぞと思うのと同時に、青年も有名なのかと呆れてしまう賢者。
「ああ、誤解をなさらないで下さいね。筆頭殿が獣と同等と言うつもりはありません。むしろ筆頭殿の可愛らしいお顔と体に耳が付いている事こそが完璧な可愛らしさと言えるのです」
今そこはどうでも良いと思ったが、口を挟むと更に長くなりそうなので黙っている。
「ただし・・・たとえ筆頭殿が幼い子供だとしても、たとえこの耳が本来の耳でないとしても、淑女に対して殿方が気軽に触れるのは如何なものかと思いますわ」
「・・・まあ、そうなのかもしれんの」
青年も同じ様に思ったからこそ、昨日許可を貰って満足していた。
いわばこの耳を触らせるのは対価であり、その為の婚約者と言う立場でもある。
正直初対面で触ってきた時点で、賢者としてはもうどうでも良い話ではあったが。
「あ、言い忘れとった。儂王太子殿下の婚約者なんじゃよ」
「―――――なん、で、すって?」
「メリネ様」
「こほん・・・」
また怖い様子になりかけていたが、今度はその前にとどめられた様だ。
賢者が侍女にいい仕事だと視線を向けると、彼女は軽く腰を折って応えた。
「筆頭殿、その婚約はご両親に勧められたのですか?」
「いや、むしろ両親は断ろうとしておったの」
「では陛下が命を?」
「いや、陛下からは特に何も言われておらんの」
「・・・では殿下自らが打診したという事ですか。筆頭殿への婚約を」
「まあそういう事になるの」
気のせいだろうか。目の前の女性の目が、汚物を見る様な目になっている。
勿論その目は賢者に向けられたものではないが、ならば誰に向けられているものか。
そんなものここまでの会話から考えて、青年への感情でしかないだろう。
「女の気配が周囲に無いと思っていたら、まさかこんな年端もいかない子が好みだったとは。獣への執着も、それを誤魔化す為の擬態だったという事なの・・・?」
「いや、それは無いと思うぞ」
「筆頭殿、王家には逆らえずとも、それでもあなたの身を守るぐらいは出来ましょう。ご家族には相談しにくい事もあるでしょうし、もし何かあれば気軽にご相談くださいね」
「いや、特に相談するような事は無いんじゃが。というかローラルは良い奴じゃぞ?」
「――――解りましたわ。私がお守りしますから。筆頭殿」
あ、こりゃ何言っても駄目そうじゃわ。完全に王太子を悪者にしとる。
そう判断した賢者は、後日青年に心から謝ろうと思うのであった。
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