第31話、対価(有り?)
「やはりあの老人は問題のある人間だという認識で良いのだな?」
軽く頭を抱える青年の反応に、賢者は溜息を吐きながら改めて訊ねる。
すると青年も同じように溜め息を吐き、困ったような笑みを賢者に向けた。
「そうだね。王家には牙をむく気は無いけど、精霊術師としてのプライドが高すぎる御仁だ」
「プライドのう・・・」
賢者は思わず呆れたように呟いてしまった。アレを矜持と言うには滑稽だと。
自然と他者を見下し自分を特別だと考え、その結果賢者は老人を敵とみなした。
確かに権力と力があれば特別な立場になれるだろうが、そんな物は簡単に覆る。
特に力で抑えただけの関係は、より強い力が生まれた瞬間破綻するものだ。
現に賢者という特異な存在が現れた事によって、老人の矜持は貶められた事になる。
だからこそ老人は敵意を持って賢者に挑もうと考え、そして余計な恥をかくに至った。
(くだらん。クソの役にも立たん矜持など無いのと同じじゃろうに)
だが賢者はそんな事等どうでも良いとばかりに、老人へ辛辣な結論を下す。
競い合う事に否は無い。高みを目指す事も良い事だろう。一番を目指すのも悪くない。
それはまさしく矜持と言って良い事だ。だがあの老人の思考はそんな物ではない。
自分が一番でなければ気に食わない、というだけであれば賢者も不快感は無かった。
だが老人の行動は賢者を排除する為の行動であり、その為には父すら排除する気配がある。
その時点で賢者はもう腸が煮えくり返る程腹立たしかったが、同じぐらい馬鹿らしくも思う。
「矜持とやらを持ちながらあの程度ではな。未熟すぎて鼻で笑ってしまうわ」
言葉通りハッと鼻で笑いながら告げる賢者に、青年も周囲の者達も目を見開いて驚く。
その反応も当然であり、普通に考えれば老人はこの国では化け物の様な人間だ。
精霊術師である時点でその力は証明されており、更に老人の在り方を考えれば尚の事。
賢者に喧嘩を売りに来た事を考えれば、間違いなく他者にも同じ事をしている。
となればあの老人が精霊術師としては最高峰で、ならば賢者にとっては鼻で笑う話だ。
「精霊化も出来ん精霊術師が何を偉そうに言おうが、儂からすれば滑稽なだけじゃよ」
確かに魔力の無い者や少ない者にとって、精霊化は命を引き換えての最後の手段。
だが精霊化が『出来ない』のと『しない』のでは大きな違いがある。
現状この国で精霊化が出来る人間が居ない以上、賢者にとっては程度が知れているのだ。
勿論それは今の賢者の認識というよりも、前世の魔法使いとしての認識が強いせいだが。
「・・・君が言うと重みが違うね」
青年は賢者が精霊化を使った事を知っており、更に国王から詳しい話も聞いた。
だがそれでもまだ認識が甘かったと、賢者の発言からその特異性の認識を改める。
目の前にいるのは年端もいかない幼女ではあるが、同時に最高峰の精霊術師なのだと。
「ならナーラであれば、彼を下す事も容易いという認識で良いのかな?」
「そうじゃの!」
まあ実際は『熊なら』じゃけどな! 等と心の中で思いながら胸を張って応える。
熊も『任せろ!』とばかりにグォンと鳴き、むんと力を入れる様な仕草を見せた。
(とはいえ、ちょっとばかし練習期間が欲しいの)
賢者は相変わらず熊の魔力を扱えないし、それは精霊化した時も変わらない。
精霊化している時に魔法を使っているのは賢者本人ではなく熊の力だ。
前世の賢者であれば熊の意識を無視できたが、今の賢者にはそれが叶わない。
最悪の場合熊と賢者の判断がズレて、何も出来ない可能性もある。
精霊化状態であれば大丈夫だとは思うが、今のひ弱な賢者では万が一が無いとは言えない。
「そうか、最悪私が相手をする事になるかと思っていたけど、要らぬ心配だったね」
「儂としてはそれでも構わんぞ?」
「君が敵わないなら兎も角、問題無いなら手合わせ程度にでしゃばるのは良くないさ」
「そうかの?」
賢者としては正直あの老人の相手など面倒くさく、変わってくれるならそれでも構わない。
青年も精霊術師であるし、王族の呪いで圧勝出来るだろうから問題は無いだろう。
なんて思いながら首を傾げると、クスッと笑って青年は口を開く。
「君は精霊術師筆頭だよ。皆に指示を出す立場だ。大半の者達は特に異を唱えないだろうが、彼は自分より弱い精霊術師の命令を素直に聞くかな?」
「・・・ったく、どこまでも面倒なジジィだの」
結局は自分でやるしかないのかと、賢者はまた大きなため息を吐く。
とはいえ精霊化がある時点で負ける気は無いし、そこまで問題とも思っていないが。
ただただ面倒くさい老人に絡まれる事が面倒なだけである。
「承知した。あのジジィの事はきっちり解らせるとしよう。ただしその後の事は頼むぞ?」
「任された」
フッと笑って応える青年に、賢者は頼もしさを感じながら同じようにニッと笑う。
(彼との出会いは良き縁だったな)
恋愛感情などかけらも無いが、それでも共に歩む相棒として見ればどうか。
会話はし易いし、少々ふざける所はあるものの根は真面目で優しい。
加えてあの体を見る限り努力家の側面も持ち合わせているだろう。
更には王太子として過ごした日常から、貴族たち相手の立ち回りの経験も豊富だろう。
力を示した後の面倒までやりたくない賢者にとって、これ以上の無い相棒である。
そう結論に至った賢者は、うむうむと満足気に頷いていた。
(相棒としては文句なしじゃの・・・いやまて、むしろ儂がお荷物ではないか?)
ただふとそんな思考が頭をよぎり、自分は彼に何を返せるかと考える。
筆頭としての仕事の全うは、彼にというよりも国王の利益になるだろう。
それに自分自身の身を守る為であるし、彼に対しての利益にはなりえない。
「お主は何か要望は無いのかの?」
「要望・・・君にかい?」
「うむ。後の事を任せる訳じゃし、お互いに役に立たねば対等な関係では無かろう」
「私達は婚約者なのだから、その辺りは余り気にしなくて良いとは思うけれど」
「それはそれじゃ」
侍女が要る以上下手な事は言えないが、婚約者の立場は建前だ。
ならばこれから共に歩む身として、どちらかに労力が偏るのは良くない。
お互いが不愉快にならない様に、お互いに利点が無ければ健全な関係ではないだろう。
「・・・なんでも良いのかい?」
「出来る事なら構わんぞ」
「そっか。じゃあ君のその耳を好きに触る権利を貰えないかな」
「・・・お主ずっと勝手に触っとるじゃろ」
どこまでぶれない青年に、思わず半眼を向ける賢者。
「そこは申し訳ない。今更失礼だったと反省してね。許可を得てから手を伸ばすべきだったと改めて思っていた所で、私にとっては渡りに船な提案だったものだから」
だが賢者の半眼に怯む事無くハハッと笑い、チラッと侍女を見てから答える青年。
おそらく寝ている間に何かしらの会話があったのだろうと、賢者は少しため息を吐く。
「よかろう。好きにせよ。今後お主は儂の耳を触るのは自由じゃ」
「―――――っ!」
青年はぐっと拳を握り込んだ。想定以上の喜びように賢者はむしろ困惑している。
今後結構な面倒も頼む可能性があるのに、その対価になるとはどうしても思えなくて。
「いやぁ、嬉しいな。もう一生何でも言う事を聞くよ」
「お主絶対変じゃて・・・」
賢者としては有難くは有るが、どうしてもそう言わずにはいられなかった。
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