第15話、理由(実情)
少々時をさかのぼり少女が不意打ちを放った時の事、賢者はすぐ魔力に流れに感づいた。
だが問題は気が付いた所で自分では防げない、という悲しい現実も解った事だろうか。
王都への移動の間も自身の限界を調べていた成果が出たとも言えるが。
(逃げるか)
即座にそう判断して、賢者は最初から防ぎ切る事を諦めた。
籠められた魔力量、魔力の流れから、威力と範囲と被害を計算し、逃れられる位置を探す。
結果賢者が逃げ場所に選んだのは、自分達が居た床の下。更に地中。
土を操って盾にしつつ少しでも時間を稼いで、その際に空けた穴の中へ逃げ込む。
ただ普通に逃げ込んでも逃げ遅れる可能性もあったし、両親に避難を促す暇もなかった。
なのでそのまま魔法で自分達を拘束し、地中に引きずり込んで逃げ切ったのだ。
勿論先の通り精霊化すれば何とかなっただろうが、咄嗟過ぎて思考に無かったのである。
流石に慌ててたんじゃろうなー、と思い返しながら賢者は魔法で土を操る。
瓦礫を押しのけ、安全の為に覆っていた土も退け、両親が上りやすい様に階段を作った。
「父上、母上、どうぞ」
「ああ、助かったよ、ナーラ。怪我は無いかい?」
「よかった・・・無事だったのね、ナーラちゃん」
両親は上がって来ると賢者に礼を言いつつ、けれどそれよりも賢者の身の方を案じた。
自分達だって死にかけたというのに、そんな事よりも我が子の方が大事だと。
その事に思わず目頭が熱くなり、けれどそれを誤魔化す様に賢者は笑う。
「見ての通りです。山神様が守ってくれましたからのー」
「ああ、そうだった。山神様には心から感謝しなければいけないな」
「ええ、本当にね」
全ては山神様の功績に。実際助けて貰ったとも思っているので丁度良い。
賢者は改めて自分の内に居る熊に礼を言いながら、両親の無事に安堵の息を吐いた。
両親もそんな熊に感謝の意を述べ、頭に『グォン♪』とご機嫌に鳴く熊が浮かぶ。
「さて、では陛下にご挨拶といこうか、リザーロよ」
「いやだが、先ずはこの場を・・・」
「あのアホ娘が目を覚ました時、未だに儂が『正式』な契約者でないと面倒ではないかの。あの小娘が述べた事は、あながち頭の悪い願望ではないのであろう?」
「・・・そうだな。貴女の言う通りだ。先に懸念事項を片付けるべきだ」
賢者は少女が口にしていた内容をしっかりと覚えていた。
陛下に挨拶を済ませていない以上、正式な契約者同士の争いではないと。
今なら賢者が死んだとしても、それは事故死で処理を済ませられるはずだと。
(ならばとっとと正式な契約者になって、手を出せん様にして貰うとしよう)
賢者の意志はリザーロにも伝わり、彼も同じくその方が良いと判断した。
ただその際両親は別室で待機と言われたので、流石に賢者は反論を口にする。
「二人が死ねば、儂はあの小娘よりも面倒な人間になるぞ。それで良いのであれば構わんが」
「・・・冷静な脅しだな。解った」
万が一自分が傍に居ない時に、またあのアホ娘の様な者が現れてはかなわない。
せめて自分の立場が確立されるまでは、両親から目を離したくなかった。
本音を言えば、別の場所で待っている侍女や護衛達も連れて来たいぐらいである。
精霊化を目の当たりにしたリザーロとしては、流石に勘弁願いたい事だろう。
何より身内さえ無事で在れば、彼女は同僚としては良い存在なのだ。
規則からは少々外れはする事だが、陛下の為を想えば譲る方が良い。
リザーロはそう判断して両親の同行を許可し、四人で国王の下へ向かう事に。
ただ暫く案内を受けていた賢者は、ちょっと不思議になってキョロキョロと周囲を見回す。
「・・・随分奥まった所に謁見の間が有るんじゃな」
国王との謁見となれば、玉座の間は随分と豪華な所なのだろう。
そう思っていた賢者なのだが、進めば進む程に通路が小さくなっている。
勿論四人が横に並ぶ程度は余裕だが、謁見の為に人が通る通路とは思えなかった。
「謁見の間は既に通り過ぎている」
「へ? じゃあ今どこに向かっとるんじゃ?」
「陛下の私室だ」
「えぇ・・・良いのか、そんな所に儂なんかが入って」
賢者は予想外の事に思わず訊ねると、リザーロは足をピタリと止めた。
そして賢者を見下ろすと、ふむと呟いてから少し思考する様子を見せる。
「祝福によって与えられたが故の弊害なのか知らないが、貴女は知識にばらつきがある様だな。貴女が正式に国家精霊術師を認められた暁には、王族を除いた貴族の中で最高位を得る」
「は? なんじゃて? 貴族の最高位?」
「そうだ。それだけ精霊術師とはこの国にとって重要な存在だ。つまり陛下の私室への訪問は、許可さえあれば何の問題も無い。勿論押し入る事は出来んがな」
「・・・問題無いって・・・あの小娘もか?」
「・・・そうだ」
賢者は「マジかぁ」という気分で問うと、リザーロは盛大な溜息を吐きながら肯定した。
貴族として高位であるが故に、多少の『おいた』をしてもなあなあで済まされると。
頭の痛い話に思わず両手で頭を抱え込む賢者だが、ふと気になった事が有った。
「一つ聞きたいんじゃが、ああいうアホ娘の様な暴走をかました精霊術師が出た時、他の精霊術師が咎める事は出来んのか?」
「場合による、としか言えんな」
「そりゃそうじゃろうが・・・また喧嘩を吹っ掛けられた時、反撃できんとか嫌じゃぞ儂」
「ああ、その点については問題無い。土地神契約者同士の私闘そのものは禁じられていない。先程程度で済ませるなら、容赦なく叩きのめしてやってくれて構わない。ただ殺害は不味いが」
「その理由は?」
「国内戦力を意図的に削いだとして、国家反逆罪。精霊術師は国の戦力の要だ」
つまり『人を殺した』事が問題なのではなく『重要戦力を消した』事が問題だと。
「・・・ああ、そういう事か。高位の貴族も咎に問う為の規約じゃな?」
「聡くて助かる。その通りだ」
人を殺しただけであれば、最高位貴族の『家』を重く裁くには少々理由が弱い。
貴族の世界というのはそういう物なのだろう。だから視点を変えさせる事にした。
国家が認め保有する戦力を削るという事は、国家転覆を狙う行為であると。
それは流石の精霊術師であっても、無視できない罪として扱われるという事だ。
となれば罪に問われるのは本人だけでなく、一族郎党の処分となるだろう。
流石にそれはどの家も嫌がる話であり、下手な真似はし難くなる。
だからこそ少女は賢者が『国家戦力』と認められる前に、殺せる内に殺そうとした。
勿論貴族を殺した事で問題は起きるが、正式契約者を殺した時程の問題ではない。
更に自分の家の息のかかった者が契約者になれば、むしろ問題など何も無くなると。
そういった計算から来た行動であり、あながちアホ娘の夢物語ではなかったのだ。
「まさかお主以外の精霊術師は、皆あの様な者達ばかりではなかろうな」
「流石にそれは安心して欲しい」
再度足を動かし始めたリザーロに問うと、苦笑しながらの返答をされた。
つまりあんなアホ娘はあの娘ぐらいで、基本的には真面な者だという事か。
「・・・もう一人、面倒なのが居るぐらいだ」
「・・・そうかい」
だが賢者の期待は裏切られ、まだアレと同レベルが一人いるらしい。
勘弁してほしいと思いつつも、尚の事をさっさと挨拶を済ませねばなと思う賢者。
そうしてまた暫く歩くと、身なりの良い兵士が守る扉に辿り着いた。
「通るぞ」
「「ハッ」」
リザーロが声をかけると兵士達は端に避け、守っていた扉をあけ放つ。
するとその扉向こうの部屋には、更に奥へ向かう扉が有った。
そこも兵士達が守っており、ただこちらは使用人らしき者達も詰めている。
(この先に国王が居るのか。さてどんな人間が出て来る事やら)
現時点でお腹いっぱいな賢者は、出来るだけまともな人間が出て来る事を祈っていた。
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