第14話、殺意(理性)

「一体何が・・・」

「精霊化・・・?」

「子熊?」


 溢れ暴れていた魔力と風が突然消え、兵士達が理解出来ない様子で口々に呟く。

 何よりも突然瓦礫が吹き飛び、その下から現れた子熊の存在に困惑した様子だ。

 だが誰よりも驚愕しているのは、その子熊と相対している少女だろう。


「ふ、ふざけないでよ! せ、精霊化なんて、そんな簡単に出来る訳・・・!」

「自分の未熟を棚に上げるのは感心せんのぉ」

「っ、はっ、本当に精霊化だって言うなら、こっちにとっても好都合よ! そのまま死んでしまうだけなんだから、私は身を守っていれば良いだけだもの! 勝手に自滅しなさい!!」


 だが少女は精霊化によるリスクを思い出し、勝ち誇ったように叫ぶ。

 精霊化した賢者に勝てずとも、その結果消耗してお前が死ねば同じ事だと。

 ニィっと口の端を釣り上げ勝ち誇った表情は、しかし即座に青い顔に変わった。


「試してみるか?」

「・・・え?」


 子熊が前足をかざすと同時に、少女の体を守っていた魔法が消えた。

 常に展開している防御魔法が何の抵抗も無くあっさりと。

 少女には何が起きたのか解らない。けれど解る事が一つだけある。


「ひっ・・・!」


 子熊の前足に魔力が溢れる。先程自分が使ったのと同じ。いや、それ以上。

 何よりも驚愕したのは、そこに構築されているのは風の魔法。

 だからこそ解る。解ってしまう。自分が風の特性を持つ精霊と契約しているが故に。


 目の前の風の魔法には、自分の風の魔法では敵わない。格が、違う。


「な、あ・・・!」


 足の力が抜け、ぺたんと尻もちをついてしまう少女。

 目の前の化け物に勝てる未来が見えず、恐怖で後ずさり始める。

 あれには勝てない。無理だ。魔法で防御もさせて貰えない。確実に死ぬ。


「お主、少々考えが甘いのではないか。たとえ儂がこの場で死ぬとしても、相打ち狙いならばお主は死ぬのだぞ。それに他者を殺そうとして、自分が無事に済むと本気で思っておったのか?」

「―――――っ」


 少女は賢者の説教を聞き、ぐっと息を呑んだ。今の自分の惨めさを自覚して。

 こんな事あって良い筈がない。私は選ばれた人間だ。その私に説教?

 私の願いは通せない事が間違っている。そうだ。私は―――――。


「舐めんなぁ!」

「おっ?」


 少女は怒りで全身に力が籠り、今までで最高に魔力が漲るのを感じていた。

 全力で、最速で、最短で、最高率で、ただ命を奪う為だけの魔法を放つ。

 子熊の首を狙った風の圧縮弾――――――。


「・・・う、そ」

「ふむ、まあこんなもんか」


 それは子熊の毛皮に弾かれる様にして、容易く魔力が霧散した。

 魔法での防御どころか、反射的に体を庇う動きもせず。まるで通用していない。


「今のはまあまあじゃな。じゃが精霊化した相手を打ち抜くには余りに威力が足りん。生身なら仕留められていたじゃろうが・・・今お主の目の前に居るのは土地神と化した精霊じゃぞ?」

「や、やだ、やだ、何で、おかしい、おかしいでしょ!!」


 意味が解らない。こんな化け物が居て良い筈がない。

 少女は目の前の現実を認められず、ただただ間違っていると叫ぶ。

 だがそんな少女に子熊は小さな溜息を吐き、風の魔法を解放し始めた。


 今からこれをぶつけますと、目の前の少女に予告する様に。


「さて、覚悟は良いかの・・・クソガキ殿?」

「ひぅ・・・!」


 今度こそ何も出来ない。そう悟った少女は、恐怖の余り下半身が温くなるのを感じていた。

 普段の彼女であればこんな無様、その時点で死にたいほどの屈辱だっただろう。

 だが今現実として死が迫っている状況で、そんな事を気にする余裕はない。


「ナーラ嬢! 怒りはもっともだ! だが止まってくれ! 殺すのは不味い!!」


 だがそれに待ったをかける人間が居た。兵士達を守る為に動けないリザーロだ。

 賢者から溢れる魔力に冷や汗をかきながら、万が一に備えてずっと魔力を練っている。

 何せ賢者の手の中に在る魔法は、明らかに少女の物より強大なのだから。


「なに、安心せよ。ちょいとお仕置きをするだけじゃよ」

「え、げぉ――――」


 子熊の前足から放たれたのは、構築していた通りの風の魔法。

 だがその威力はかなり抑えられており、少女の命を刈り取る程ではない。

 それでも防御魔法を剥がされ、ただの少女となった者には十分な威力であったが。


「あ・・・か・・・」


 風の魔法で吹き飛ばされ壁に叩き付けられた少女は、そのままどしゃっと地面に落ちる。

 ただその際に頭を打たない様にと、賢者が風を吹かせて補助はしていたが。


「この程度なら、儂にお咎めは無いじゃろ?」

「―――――あ、ああ。貴女はただ火の粉を払っただけだ。私がそう証言する」


 少女の意識が途切れたのを確認して、賢者はその手を下げた。

 リザーロは本当に戦意が無い事にホッと息を吐き、兵士の指示を出して少女を確保。

 そのまま何処かの部屋に運ぶようにと指示をしているのを見て、賢者は少し首を傾げる。


「縛らんで良いのか?」

「アレを縄で縛って意味が有ると思うか?」

「・・・無駄じゃな」

「だろう」


 精霊術師に普通の拘束は意味が無い。目が覚めたら拘束を破壊するだろう。

 ただ賢者にはそれでも拘束する手段が有るが、今は黙っておく事にした。

 次の機会など無い方が良いが、その時はがっちり拘束してやろうと考えて。


「・・・ここまでの事があっても冷静なんだな、貴女は」

「む? そうでも無いぞ。今の儂はかなり頭に来とるよ。ただお主との約束も有るし、努めて冷静であるようにと、自分の感情を出来るだけ抑えておるだけじゃ」

「・・・そうか。貴女の理性ある判断に感謝を」

「気にするな。儂とて見返りを考えての事じゃしな」


 賢者とて少女に怒りが無い訳では無い。むしろ賢者は自分でも不思議なぐらい怒ってる。

 前世で賢者は人に「殺意」を抱いた事が無く、だから今生でも同じだと思っていた。

 だが今は理性と理屈で自分を言い聞かせなければ、目の前の少女を殺していたと感じている。


 賢者本人が口にした通り、その胸の中にはどす黒い感情が渦巻いていた。


(父と母を殺されかけた怒り・・・と考えれば妥当な殺意か?)


 故に過去の自分と今の自分の感情の差に、自分でも賢者は少し混乱している。

 だからこそ余計に理性を働かせ、先ずはリザーロとの約束を守る事を優先した。

 自分に協力してくれると告げた男に、迷惑をなるべくかけないと告げた約束を。


(理性なく暴れて人に魔法をぶっ放したのでは・・・あの小娘と同類じゃしな)


 周囲の被害を考えず、むしろ被害が出る事を理解して、ただ自分のやりたい様にやる。

 その結果誰が死のうとも構いはしない。そんな馬鹿な真似を賢者は良しとしない。

 もしそんな真似をしてしまえば、折角協力を得られそうな相手との友誼をフイにしてしまう。


「その、所で、大丈夫、なのか?」

「む、ああ、怪我は無いぞ。両親も無事じゃ」

「いや、そうではなく、いやそちらもだが、精霊化をして、本当に大丈夫なのか?」

「・・・あ、忘れとった」


 リザーロに指摘され、賢者は熊に頼んで精霊化を解いて貰う。

 元の姿に戻ったら一応身体の確認をして、ふぅっと一息吐いた。


(熊よ、助かった。お主の力が無ければ殺されておったやもしれん。感謝する)

『グォウ♪』


 賢者の感謝に熊はただ喜び、何時でも任せろと言わんばかりの感情を乗せて鳴く。

 ただただ役に立てた事を無邪気に喜ぶ熊に、賢者は思わず苦笑してしまった。

 まあ耳と尻尾は相変らずなのだが、もう気にするだけ無駄だろうと諦める。


「ま、この通りじゃ。儂は少々特殊な様でのう。精霊化もこの通り問題無い。とはいえ消耗しない訳では無いので、普段から使う気は無いが。余り当てにしてくれるなよ?」

「勿論だ。むしろ余り使わないでくれる方が心配しないで済む」


 精霊化は確かに賢者の魔力ならば問題は無い。ただ問題が無いだけで消耗はする。

 なので完全に当てにされ、何時でも使えるとは思って欲しくはない。

 魔力消耗を考えて口にしたそれは、リザーロにはそれ以上に深刻に受け止められていた。


 他の人間よりは消耗が少ないというだけで、命を削るのは変わらないのだと。


「さて、儂は父上と母上を出してあげねば。少々下がっていてもらえんかな?」

「ああ、解った」


 賢者はその勘違いに気が付いていたが、あえて訂正はせずに瓦礫の山へ向かう。

 そんな事を話すよりも早く二人を出してあげたかった。たとえ二人が無事だとしても。


「父上、母上、我慢させて申し訳ない。今出しますぞー!」

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