第13話、事故(故意)

 城の一室が突然吹き飛ぶ事態は、当然その周囲も被害を受けた。

 近くに居た文官や使用人は慌てふためき、状況確認よりも我先にと避難をしている。

 賢者の姿はそこに無い。当然だろう。吹き飛び瓦礫になった部屋の中に居たのだから。


「・・・なにが山神の祝福を受けた者よ。この程度も防げないで何が出来るっていうの」


 ガラガラと瓦礫が崩れ落ちる中を、カンっと音を立てた足音が響く。

 そこに立つは煌びやかなドレス身にを包み、高価な宝飾類も身に纏う一人の少女。

 彼女は瓦礫の上に立つと、ハッと鼻で笑って見下ろす。先程まで賢者と両親が居た所を。


「土地神の中でも特別な精霊だっけ? けど契約した人間が無能な小娘じゃ、何の意味も無いわよねぇ。いえ、精霊の事はただ持ち上げ過ぎだっただけかしら。ま、どっちでも良いけど」


 フンフンと機嫌良さげに周囲を確認して、けれど途中で表情が曇った。


「これじゃ死体の確認が難しいわね・・・ちょっとやり過ぎたかしら。まあいっか。別に死んでれば良い訳だし、契約者が消えれば新しく契約できるでしょうしね。うん、よしよし」


 もし被害者が聞けば『何を勝手な事を』と言いかねない言葉。

 けれど発言した本人は一切の悪気無く、ニコニコと当然の様に口にする。

 むしろそうなる事こそが、本来は正しいのだと言わんばかりに。


「・・・今まで義務を放棄して来たくせに、都合が良いのよ。私の準備を台無しにしてくれたんだから、命を持って詫びなさい。クソガキ」

「自己紹介かの?」

「―――――っ!?」


 少女は驚愕で目を見開き、声の響いた方向に振り返った。

 けれどそこには誰も居らず、少女の目は更に見開かれる。


「残念、反対側じゃ・・・こっちじゃよ」

「っ!」


 そして今度は逆から声が聞こえ、その先には一人の女児が立っていた。

 熊の耳を頭に生やした、人を馬鹿にしているのかと思う子供が。

 いや、まさしく馬鹿にしているのだろう。女児の表情が物語っている。


「不意打ちをかましておきながら傷一つつけられんどころか、埃もつけられておらんぞ?」

「こ、のっ・・・!」


 ニヤァっと挑発する様に・・・否、完全に挑発して賢者は笑う。

 少女はその挑発に簡単に乗り、魔力を放ち始めた。

 殺気と怒気の籠った魔力操作に、賢者は思わずといった様子でクスクスと笑う。


「な、にが、おかしいのよ!」

「いやすまんな。それで儂を殺す気だったのかと思うと、少々おかしゅうて」

「――――――殺す」


 少女が言葉を放つよりも早く、賢者へと魔法が迫っていた。

 宣言して殺すのではなく、殺すと決めているから既に殺しにかかっている。

 きっと普通ならこのまま女児は魔法で吹き飛び、跡形もなくズタズタになるだろう。


「なっ!?」


 だがその魔法は賢者を素通りして、その背後を粉砕した。

 何が起こったのか解らない。少女の表情はそう言っていた。


「あたらんのぉ・・・まあ、発動だけは速い様じゃが、それではな」


 少女が放ったのは風の魔法。おそらく風の力を強く持った精霊と契約しているのだろう。

 魔法発動までにほぼ溜めが無く、まるで腕を振るうのと同じ様に魔法を放つ。

 勿論賢者と同じ様に研鑽した可能性もあるが、それは無いだろうと判断していた。


(魔力の収束が甘い)


 発動は早いが無駄が多い。この時点で本人に研鑽は無い。賢者はそう判断する。

 ただ面倒だなと思うのが、少女が常に周囲に展開している魔法だ。

 瓦礫所か埃すら寄せ付けない防御魔法。風で全てを防いでいる事に気が付いていた。


(じゃが収束が甘いとはいえ、儂より威力が有るんじゃよなー・・・どうするかのー)


 彼我の実力差を見て、正面から戦えば勝てないなと判断していた。

 賢者は魔力だけは有るが、その魔力を有効的に使う術式が組めないのだ。

 余裕をかました様子で相対しているが、その実防御も出来なければ攻撃も通らない。


 少女が相手にしているのは幻影であり、よーく見れば気が付ける魔法である。


「・・・出て来なさいよ。挑発したんだから、私に勝てるつもりなんでしょ?」


 流石にバレたか。賢者は溜息を吐きながら、けれど魔力を漏らさずに潜む。

 幻影の魔法を気が付かれたとて、そこから居場所を悟られる愚は侵さない。

 だが相手は出てこない賢者にじれたのか、魔力を更に放ち練り上げ始めた。


「出てこないなら、このまま吹き飛ばすだけよ。さっきは取り敢えず殺せればいいかと思ってたけど・・・次は確実に殺す。一室じゃなくて、この一角が吹き飛べば助からないでしょ?」

(マジかこやつ・・・マジじゃな)


 口元は笑っているが、目が笑っていない。少し挑発し過ぎたか。

 いや、どちらにせよ同じ事になっていただろう。目的は賢者の命なのだから。

 そう判断した賢者は、けれど少女の前に姿を現さない。


「まあ何人か死ぬでしょうけど・・・替えの利く人間がどれだけ死んでも問題無いわ」

「ふざけるなキャライラス! 今すぐその暴挙を止めろ!」

「・・・リザーロか。まあ来るわよね」


 ただそこに兵を率いたリザーロが現れ、キャライラスと呼ばれた少女を咎めた。

 けれど少女は面倒くさそうに返すだけで、魔法を消す様子は無い。

 むしろこうやっている間にも、どんどん魔力を練り上げている。


「止めろと言っているのが解らんのか! 死人がどれだけ出ると思っている!!」

「アンタが防げば、三人しか出ないわよ」

「っ、貴様、やはりナーラ嬢を殺す気か!」

「当然でしょ。びっくりしたわ。スブイ領に潜ませてる奴から、ギリグ家に契約者が出たー、なんて報告受けたもんだからさ。やってくれるわよね。ホント、人を馬鹿にしてくれる」

「同じ契約者を殺せば貴様とで咎無しではすまんぞ!」

「同じじゃない。まだ陛下にご挨拶していない。そうでしょ?」


 少女はニコッと笑い、まだこの小娘は『正式に国に認められていない』と告げた。

 なら殺しても契約者を殺した咎にはならないと、彼女は本気で口にしている。

 確かに国の法としてはその通りだが、だからと言ってこんな無茶を普通するか。


 額面上は咎は無いかもしれないが、本気でそう思う人間など普通居るはずがない。

 だがそれを実行するのがこの少女であり、だからこそリザーロは嫌っている。


「ならここでこいつらが死んじゃえば、ギリグ家はもう無いも当然だし、他の家がスブイ領を受け継ぐことも問題無いわよね。死亡理由は、ちょっとした事故って事になるかしら」

「狂人が!」

「アンタに言われたくないわね。ほら、そろそろ防御しないと後ろの兵士が死んじゃうわよ?」

「クッ・・・すまん、ナーラ嬢・・・!」


 リザーロは腹立たしく思いながらも、彼女の策に乗るしかなかった。

 彼女は本気で全力の一撃を放つ。そうなれば兵士達も、下手をすれば陛下も危ない。

 それだけの被害を出せば流石に咎を受けるが、そうならない様に予防線を張っている。


 彼女は『精霊術師リザーロならば防ぐと解っていた』とのたまうつもりなのだ。

 それが建前である事は明白で、けれど本気の言葉でもある。

 実際リザーロが防御に専念すれば、死者の数が三人を超える事は無い。


 たとえ全て解っていても、防がなかった時の事を考えると彼には他の選択肢が無かった。


「・・・それにしても、これでも打って来ないって事は瓦礫の下に居るのかしら?」


 少女はリザーロが防御の為に魔力を練るのを確認して、ニヤリと笑いながら瓦礫の下を見る。


「アイツが助けに来るのを待ってたのかもしれないけど・・・残念だったわね?」


 女児の狙いはリザーロが戻るまでの時間稼ぎ。そして彼による救出。

 そんな所だろうと彼女は想定し、そして違ったとしてもどうにもならない。

 既に彼女の手元には、城も吹き飛ばせそうな程の魔力が練られているのだから。


「さようなら。貴女の領地、頂くわ―――――」

「寝言をぬかすな」


 そうして今まさに魔法が放たれんとした瞬間、彼女の正面の瓦礫が吹き飛び声が聞こえた。

 瓦礫の下から何かが動き出したのが見える。やはりあの子供は瓦礫の中に潜んでいた。

 けれどもう遅い。魔法は組みあがっている。今更止めようとしても無駄なあがきだ。


「―――――え?」


 パスンと、気の抜ける様な音と共に、練り上げ魔力が霧散してく。

 強固に圧縮して全てを吹き飛ばさんと組み上げた魔法が、まるで何も無かったかの様に。

 それよりも自分は何を見ているのか。目の前に居るのは、子供ではなく、子熊?


「うそ・・・でしょ・・・精霊化・・・!?」


 今自分が放とうとした魔力より、更に膨大な魔力が、目の前にある。

 少女はその事に驚愕で目を見開き、そして賢者は楽し気に声を上げる。


「ようやった! 流石じゃの、山神様よ!」

『グオオオオオオオオン!!』


 役に立てた事を喜ぶ山神の鳴き声が、少女の耳には死への調べに聞こえていた。


「さあて、少々おいたが過ぎたようじゃな?」


 子熊が、ニヤリと笑った。

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