第12話、才能(努力)

「はぁ~~~~~」


 賢者は眉間を手で押さえ、疲れ切った溜息をこれでもかという程に吐く。

 そして自分が今までどれだけ優しく甘やかして貰ったのか、両親の愛を知った。

 何よりもそんな自分を諫めつつも教育してくれていた、侍女への恩義も感じている。


 彼女はきっと理解していたのだろう。賢者を取り巻く様々な事柄を。

 けれどそれでもギリグ家の想いを理解して、賢者をただの令嬢として守っていた。

 能天気に『儂が魔法で盛り立ててやるわい!』などと考えていた自分が情けない。


 何より自分の耳にそんな事が一切入っていない事が、周囲の優しさの表れではないか。

 勿論貴族家としては責められるべきで、教育を施していない問題のある行為だ。

 けれどそれだけ愛してくれた。愛してくれていたのだ。使用人に至るまで、皆が。


「仕方ないのぉ」


 ―――――そう、全てを理解した賢者は、覚悟が決まった。家を守る覚悟が。


(なあに、やる事は結局変わらん。儂は懸命に生き汚く生きるだけじゃ。その為に頼る力が魔法ではなく、山神と精霊術になっただけの事。敵対者が居るならば・・・今度は逃げん)


 逃げる。賢者は過去の自分の行いをそう評した。ただし自分を貶めたつもりは無い。

 それがあの時の自分の中で最善の選択であり、賢い行動だと思っての事。

 あの時の行動が悪いという訳では無い。ただ今の自分は逃げられないという話だ。


 そう、自分一人が悪を背負ったつもりで去った、あの時とは。


「リザーロよ。お主とは付き合いがしやすそうじゃ。今後宜しく頼む。こちらが出来る事は協力する故に、出来るだけ融通もきかせてくれんか。迷惑は、なるべくかけん」

「こちらこそ願っても無い事だ。陛下の優秀な配下は幾らいても良い」

「んー、そういう事ではないのじゃが、まあ良いか」

「勿論解っている。案ずるな」


 賢者はまず味方を作ろうと判断し、現状一番使えそうだと判断した男に声をかける。

 そしてそれは相手も同じだったらしく、賢者の願いに快く応えた。

 勿論二人の目的は同じではないが、それはお互いが理解している。


 あくまでお互いが動きやすくなる為に、敵対せず協力をしよう。ただそれだけの話だ。


「しかし、女児と話している気がしないな」

「ふっふっふ、良く言われる。儂ってば歳の割に賢いからのう」

「・・・そういう所は子供らしいな」

「何故じゃ!?」


 賢者は当然とばかりに胸を張ったが、完全に調子に乗るお子様そのものである。

 リザーロは目の前の女児は優秀であると同時に、少し能天気さが見える事にも気が付いた。

 愛されて育った証拠なのだろうと思い、それ以上口にする事はしなかったが。


 因みに賢者は今本気でなぜ子供扱いされたのかと驚いていた。気が付け。


「・・・本当に、賢いね、ナーラは」


 するとそんな賢者に対し、父が悲しげな瞳を向けてそう口にした。

 その理由に賢者は気が付いており、フッと笑いながら父を見上げる。


「儂はお二人の娘じゃからな」

「・・・そうか」


 父も母も、おそらく祖父母も、たとえ責を問われても小さな娘の幸せを願った。

 ならばそれは愛されて育った自分も同じ事。親の背を見て行動しているに過ぎない。

 賢者の言葉は正しく父親に響き、もう何も言うまいと目を瞑った。


「さて、所で随分話が脱線してしもうた気がするが、本来この後どうなる予定だったんじゃ?」

「私が貴女の資質を見極め、その上で陛下との顔合わせだな」

「成程、お主の評価がまず陛下に伝えられるという訳か」

「そういう事になる」

「で、評価は?」

「技量をまだ見ていない。もう貴女を山神の契約者を騙る偽物だと言うつもりは無いが、一応はその力を見せて貰いたい。現状どの程度の技量があるのかをな」

「・・・精霊術師としての技量、という事じゃよな?」

「当然だ」


 確かに賢者はまだ精霊術師としての能力を見せていない。それでは評価は出来ないだろう。

 ただ賢者は熊の魔力を引き出せない。魔力の質の差に気が付かれる可能性が有る。

 どうしたものかなーと悩んでいる所で、ふと片隅に残っていた記憶が掘り起こされた。


「―――――ふむ、そこで一つ疑問なのじゃが、山神の能力は皆に知られておるのか? 見せた所で信じて貰えませんでした、というのは儂も困るのじゃが」

「記録には有る。にわかに信じられん事ではあるが」

「成程、成程」


 賢者はそこでニヤリと笑った。それはきっと自信に溢れた笑みに見えただろう。

 そんな女児の様子にリザーロは相変わらず静かな目を向け、賢者の動きをじっと見つめる。


(これは誤魔化せるかもしれん。気まぐれに熊を鍛えたご褒美かの!)

『グォウ!』


 実際は上手い誤魔化しを思いついたと、悪い笑みを浮かべている訳なのだが。

 賢者は当初、こういう話になった際は精霊化を見せるつもりだった。

 しかし精霊化は父が驚いた事からも解る通り、余り一般的ではない技である。


 この国の人間が魔力を余り持たない事を考えれば、賢者の存在の方が異常なのだ。

 父は賢者の言い分を一応信じはしたが、命を削る技をポンポン使う姿など見たくないだろう。

 何よりも咄嗟に自分の魔力を使えない状況は、なるべく解消しておきたいと思った。


「では、ご覧あれ」

「―――――」


 賢者が放った魔法を見たリザーロは、その目を大きく見開いていた。

 火を、風を、水を、土を、雷を、雪を、霧を、あらゆる現象を起こす魔法を見て。

 当然威力は無いし魔力も余り込められないが、今は使える事さえ見せられれば良い。


(くははははっ! これらは全部熊も出来る事じゃからの! 魔力の質で少々違和感は持たれるかもしれんが、小娘がここまで自在に自力で突然魔法を使えるとは思うまい!)


 精霊契約で手に入れた魔力は、基本的に契約した精霊の質に引きずられ易い。

 魔法を使う際に、どうしても『精霊自身』の在り方に影響を受ける。

 つまり水に近い精霊ならば水の魔法に、風の精霊ならば風の魔法に変換し易いと。


 だが熊は元々『魔法使いの熊』である。実はやろうと思えば大体何でもできるのだ。


 それでも単一の魔法だけを見せれば、何かしらの違和感を持たれたかもしれない。

 なので様々な魔法を目まぐるしく使う事で目暗ましとし、リザーロの先入観も利用した。

 小娘が何の知識も無く自在にここまでやれる訳がない、という当然の思考を。


「よっと」


 そして最後にぐっと拳を握り、全ての魔法を消し去ってしまった。

 後には少々魔力の残滓が残っているが、流石にこれで気取られる事は無かろう。

 とは思いつつも少しドキドキしながら、リザーロが口を開くのを待つ賢者。


「文句無しだ。まさかそこまで自在に使いこなせるとは思ってもいなかった・・・流石無条件で祝福を受けた者か。才能という物を見せつけられた気分だ」

「・・・もしやお主は」

「ああ。私は代償を捧げて契約をしている。最初は魔力操作だけで四苦八苦した」


 代償契約。精霊に自ら望み、何かを捧げる代わりに力を貸して貰う契約方法。

 契約を叶えた時点で彼も才能は有るのだが、それでも祝福された者とは天地の差が有った。

 何せ代償を捧げて精霊のご機嫌を取り続けても、突然力を奪われる事が有るのだから。


 長年鍛え続けたとしても、精霊の機嫌が悪くなれば、全てがゼロになる。


「・・・それは、何か、すまんの」

「謝る必要は無い。むしろ貴方は誇るべきだ。私はただ才能が無かった。それだけの事だろう。では少々待っていてくれ、貴女の事を陛下に報告して来る」


 リザーロは会話をそれ以上長引かせる気は無いとばかりに、そそくさと部屋を出て行った。

 賢者としては少々気まずい気分である。前世も、そして今生も、ある意味才能の塊だ。

 勿論努力をして来なかった訳では無いが、何となくいたたまれなかった。


「それにしても、やっぱり凄いね、ナーラは」

「ええ、ええ。まさかあんなに鮮やかに幾つも魔法が使えるなんて」


 そんな賢者の様子を想ってか、両親は何時もの様ににこやかに声をかける。

 優しく頭を撫でて褒めてくれる二人に、少し照れながら頬を緩める賢者。

 やはり自分は愛されているなと、二人の為にも気持ちを切り替える。


 その後は暫く両親とのんびりお茶を楽しみ、リザーロが戻ってくるのを待った。















「・・・ふざけないで貰えるかしら」


 ぼそりと、少女の声音が響くと同時に、賢者の居た部屋が爆散した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る