第2話、賢者(お嬢様)

「・・・・・・・・・・・・やっべぇの、マジでどうしたものか」


 女児は途方に暮れていた。それはもう盛大に。生前も含めて人生かつてない程に。

 何せ自分の半身と言っても良い魔法が、殆ど使えなくなっているという異常事態。

 これでは過去の自分どころか、その辺の魔法使いにも劣るのではという不安。


「いや、落ち着こう。少し落ち着こうじゃないか儂よ。魔力は十分にあるんじゃから」


 女児らしからぬ喋り方で自分を律し、スイッチを切り替える様に力を研ぎ澄ます。

 それは何時もの日常。今生では赤子の頃から続けてきた魔力の鍛錬。

 おかげで魔力操作能力は、この幼さでは破格の力量だと自負している。


 だからこそ『儂天才!』と能天気に鍛え、魔法術式の事を後回しにしていた。

 勿論魔力操作がまともに出来ねば魔法は上手く使えない。なので賢者は間違ってはいない。

 ただ若干能天気過ぎたが故に、今頃大問題に気が付いたというだけで。


「・・・ふうっ!」


 集めて固めて圧縮して研ぎ澄ました魔力を、術式に乗せようとすると霧散した。

 後には風が舞った残滓があるだけで、賢者は「おおぅ・・・」と頭を抱えて空を仰ぐ。


「勘弁しとくれ。何が悪いのかが解らんとか・・・嘘じゃろ・・・!?」


 前世の賢者は幼き頃から『魔法』に関してだけは才能の自覚が有った。

 故に学べば知識は付き、鍛えれば力が付き、出来ない魔法など存在しなかったのだ。

 たとえ一度失敗したとしても、失敗理由を理解して次には成功させていた程に。


 だが今生のこの身においては『解らない』という現象に追いやられている。

 その衝撃をようやく心も理解し、膝からカクンと崩れ落ちてしまった。


「ば、ばかな・・・儂の、儂の気ままな、好き放題生活の予定が・・・こうもあっさりと!」


 賢者は基本的には平和好きで、通常は武力で訴える様な真似をする気はない。

 だが先がどうなるか解らないのが世の常。なれば魔法は頼りになる力。

 しかしその頼っていた力が、殆ど頼れなくなったのだ。その落ち込み様は計り知れない。


「・・・まあいっか。仕方ない仕方ない。使えない物に拘っても先に勧めん」


 しかし速攻で切り替えた。若干空元気もあるが、落ち込んでいても仕方ないと。


「取り敢えず簡単な魔法だけでも使えるのは僥倖であったな。これすら使えねば、流石の儂も本気でどうしたら良いか解らんし」


 賢者は小さな火の玉を複数作りだし、お手玉の様に手元で弾く。

 魔力操作は赤子の頃から鍛えていたので、魔法の発動自体は容易い物だ。

 ちゃんと前世から覚えている術式なら、息をする様に扱う事が出来る。


 万が一これすら出来ない状態であれば、流石にまだ落ち込み続けていただろう。


「・・・やはり徹夜が不味かったかの。最後の方の魔法陣、実は若干うろ覚えなんじゃよなー。それに最後の方の儂・・・ちょっとボケとった気がするしのぉー」


 火の玉でお手玉を続けながら、転生を失敗した理由を考察する。

 理由は幾つも思いつくが、それが正しいのか今の賢者には解らない。

 むしろ考察した所で間違っている可能性の方が高いとすら感じていた。


「だが良く考えれば、儂にとってはある意味幸運ではないか?」


 手元の魔法を消すと、ハタと気が付いた様に呟く。

 一体何をおかしな事をという言葉だが、そこにはきちんと理由が在る。

 賢者は元々強過ぎて危険視された。だが今生は少し鍛えた程度なら問題なさそうだと。


「魔法が好きという気持ちは・・・どうやら消えていないようだからの」


 魔法の知識は大半が消えた。魔法を放つ時の感覚も大半消えている。

 息を吸う様に弟子達に見せて来た魔法技術が、まるで見る影もないありさまだ。

 だからこそ今のこの自分であれば、それこそ好きに生きても何の問題も無いのではと。


「転生術の失敗の影響か性格も能天気になってしまっておるが、むしろ好きに生きる為には良い変化だと受け入れるが良かろう。うむ、考えれば考える程、悪い点は少ないな。はっはっは」


 前世の賢者であればもう少し、もう少し真剣に考えていたはずだが今生では叶わない。

 本来なら過去の知識全てを持って成熟した精神が残るはずが、半端に幼い身と同化している。

 様々な要因が絡み合った結果、本人の言う通り少々能天気な女児になっていた。


 それを困ったと考えず、良いかと思う辺り本当に能天気である。


「うむ、そう思うと元気が出て来た――――」

「お嬢様ー! ナーラお嬢様ー!」

「む? おー、ザリィ、こっちじゃぞー」

「あ、居たぁ!」


 賢者がうむうむと頷いていると、遠くから女性の声が響く。

 声の主である使用人姿の女性は、賢者を見つけると慌てた様子で走って来た。

 賢者は普段通りと言った様子で手を振り、悠々と構えて待っている。


「もー、探したんですよ! お嬢様は貴族のお嬢様の自覚がありますか!? ちょっと目を離せばすーぐ何処かにフラフラと! 小さな子の一人歩きは危ないんですよ!」


 彼女は賢者の侍女。何と賢者は貴族の家に生まれた。

 貴族としての位はそこそこ高めで、つまりは良い所のご令嬢である。

 今はそうでもないが、昔は武家として名を馳せた家だったそうだ。


 それを聞いた賢者は『儂が盛り返してやろうではないか!』などと思っていた訳だが。


「そんな事を言って、お主とて貴族のご令嬢ではないか。ならば一人歩きは危なかろう」

「私は四女で家に居場所はないですし、働かないといけないから違います。お嬢様は今の所一人娘ですし、下が生まれなければお嬢様が家を継ぐ立場でしょう。私と比べないで下さい」

「ふむ、家なぁ・・・どうなのかのぉ?」


 この時代は賢者が生きていた時代からは、そこそこに時が過ぎていると感じていた。

 もしくは違う大陸に生まれたかだ。でなければ女が継ぐ事に難色を示すと。

 だがこの通り侍女も、そして実を言えば両親も、後継ぎは誰でも良いと言っている。


(じゃが文字は少々違うが見覚えがあるし、言葉も知っとる物と余り変わらんのじゃよなぁ)


 この辺りの常識確認の為、その内歴史書の類も読まねばなとは思っている。

 ただ軽く文字に触れた限りでは、前世で学んだ文字と余り違いは無かった。

 だからこそ勉強を後回しにして、魔力操作の鍛錬を優先していたのだが。


「所で何故儂を探していたのじゃ?」

「何でって・・・お供え物に行く日だと昨日散々説明したじゃないですか、もう」

「あー・・・そうじゃったな・・・どうしても行かなきゃいかんの?」

「むしろお嬢様が行かないといけないんです。領地の行事なんですから頑張って下さい。お嬢様が好きな果物を用意しておきますから。ね?」


 侍女が優しく諭す様に告げるそれは、生まれた地で様々な収穫に感謝する祭りの様な物。

 神への感謝と次の豊作を祈り、山神に供物を奉納して守って貰うという儀式だ。

 この地の領主の子は3歳を過ぎると、その儀式で供物にならなければいけないらしい。


 もちろん形だけの供物であり、一緒に供えられる物は森の獣が食べるだろう。

 ただ賢者としては数日前から『どうにか逃げられんかのう』と頑張っていたりする。


「儂、あの山に入るの怖いんじゃけど」

「護衛に騎士達が付きますから安心して下さい。森が怖いなんて、お転婆なのにそういう所は年相応ですねぇ。ふふっ、まあ一人で突っ込んで獣に食われるよりは良いですが」


 賢者の若干怯えた反応を見た侍女は、子供らしい可愛さだと思って笑顔を見せる。

 とはいえ責務は責務。貴族の家に生まれた以上諦める様にと、侍女は念を押す。


「山神様へのお供え物を届けて、ちゃんとお役目を果たして下さいね?」

「へーい・・・」

「コラっ、流石にその返事は見逃せません。お嬢様、もう一度」


 嫌々返事した賢者であったが、流石に態度が悪いと叱られてしまう。

 仕方ないと思いコホンと咳払いを一つ。そして優雅に礼をして見せた。


「しかと承った」

「宜しいです。出来れば本当は、大旦那様の真似も止めて欲しいんですけどね」

「それは諦めよ。かっかっか」

「はぁ・・・」


 こうやって侍女に注意され、淑女のように振舞うのも慣れたものだ。

 言葉使いは祖父に影響されたという事にして、その代わり出来る事は出来ると。

 侍女や両親は何度か矯正しようとしたのだが、結局直らないままこの調子である。


(・・・山神様か・・・多分土地に根付いた精霊か何かなんじゃろうが・・・気が重いのう)


 だが賢者の取り繕っていた笑顔は、目的地へ目を向けると一瞬で濁ってしまった。

 何せ山神様とやらが、実際に居そうな魔力を放っているのだ。それもここ数日一層強く。


(あれに今襲われたら、儂死ぬかもしれんのじゃけどなー。いやまあ、儂が赤んぼの頃より昔から居るから大丈夫なのかもしれんが・・・皆あの凄まじい魔力を気にしておらんしの。去年も一昨年も父上が奉納に向かって無事に帰って来とる訳じゃし。儂の気にし過ぎかのぉ)


 山の奥に渦巻く魔力は強大で、今の自分では危険な相手と感じている。

 赤ん坊の時はそうでもなかったはずなのだが、最近やけに魔力を放ち始めていた。

 どうにも異変の兆候にしか思えず、本当はもう少し後の予定だった魔法の鍛錬を始めたのだ。


 まだ未熟な幼い体に多少無理をさせてでも、戦える力を準備しておく為に。

 魔力操作自体は完璧に近い。ならば軽く練習すれば魔法も問題無く使えるだろうと。

 残念ながら肝心の魔法の術式を忘れており、その願いは叶わなかった訳だが。


(まあ出て来る前にぱっぱと帰ってしまおう。万が一はこの身を挺して、若い者達を守るかの)


 今は自分が一番幼い、という事をこの女児は若干忘れていた。

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