老人→女児→熊耳女児、時々子熊

四つ目

第1話、転生術(失敗)

 ある大陸に存在する国に、賢者と呼ばれる魔法使いが居た。

 その魔法使いが一度魔法を放てば、山も海も吹き飛ぶ大魔法となる。

 しかし賢者はその魔法を人に放つ事を嫌い、常に融和を願って尽力してきた。


 だが人々は平和の世で賢者の力を恐れた。賢者の力は強大すぎたのだ。

 賢者の弟子達は彼の優しさを知っていた故に、民に理解を求めようと動く。

 弟子達の尽力により多少の効果はあったが、賢者はそれを良しとしなかった。


 自分が足枷となる事で、弟子達が動き難くなるのを嫌ったのだ。


「良いのじゃよ、可愛い教え子達よ。儂一人が消えれば皆が平穏にあれる。ならば引き留めてくれるなよ。わしはお前達が笑って暮らせれば、それが一番幸せなんじゃ」


 賢者は恐れられた自分を異物と判断し、教え子達にそう告げて国を去った。


「何時か、何時か先生の様な魔法使いが現れても、人々が恐れない・・・いいえ、皆が称える様な国にして見せます・・・先生、今までありがとうございました・・・!」


 弟子の、何時かの未来を夢見た言葉を、背に受けながら。

 そして賢者は獣しか居ない無人の山で、残りの余生を過ごす事を決めた。


 生活を整えるだけで月日を費やし、整った後も一人では中々に忙しい日々だった。

 賢者は老体とは思えぬ程精力的に働き、そして穏やかな日々を送り続ける。

 晴れの火も、雨の日も、風の火も、雪の日も、雪崩が起きようとも、一人で。





 そうして山奥でひっそりと、一人ひっそりと、穏やかに暮らし続け―――――――。





「――――なんで儂が一人こんな寂しく山奥で暮らさにゃならんのじゃああああああ!!!」


 ある日賢者は切れた。それはもう盛大に切れた。

 突然大魔法を空にぶっ放した程度にはブチ切れてしまった。

 最終的に魔力の前に体力が切れる程、無茶苦茶に魔法をぶっ放して倒れる事に。


「はぁー・・・はぁー・・・そもそも儂頑張ったじゃろ! 戦乱の国で人が死ぬのが嫌だって言いだしたガキンチョの為に、一生懸命頑張って助けてやったじゃろうが! だってのになーんで儂が一人寂しく山の真ん中で孤独死せにゃならんのだ! 儂の人生おかしくない!?」


 ただし倒れた後も賢者は幼児の如くごねて叫び、不平不満を口から漏らし続ける。

 それはもう、今まで我慢していた事が堰を切って流れる様に。


「戦争終わったら危険物扱いもおかしいじゃろうが! 儂は大人しかったし、ちゃんと良い大人してたじゃろう!? むしろ儂に文句言ってるてめえ等の方こそ、賄賂だの何だの悪行やってるくせにのぉ! 儂だって裕福な暮らしで白パン食べてのんびりしたいわーーーーーい!」


 この賢者、聖人君子の様な顔で『良いのじゃよ』とか言っておきながら本音はこれである。


「大体あのガキンチョ共だってどうなんじゃ。もうちょーっとぐらい儂の事引き留めてくれても良いじゃろうに。先生の仰る事でしたら、とか言ってあっさり引き下がりおって。何時かじゃなくて儂は今構って欲しいんじゃーい! 何時かの未来なんぞ知るかー!」


 事も有ろうに弟子の師に対する想いにすら文句まで言い始めた。最低であるこのジジィ。


「あーもーいーです。もー解りました。儂知らんもんね」


 どうでも良い事だが賢者の独り言の多さは、山奥の一人暮らしが長かったせいだろう。

 冬など時々寂し過ぎて、山奥の熊を起こして話し相手にしていた。迷惑千万である。

 おかげで魔法を自在に使う野性の熊が、魔獣とは別に山に生まれた。賢者何やっている。


「へっ、危ないから誰にも教えてやんなかったけど、儂転生術作り出してたもんねー。権力者共ざまーみろ。テメーらが二代三代かけてやる事、儂一人で出来ちゃうもんねーだ。本気で儂が大人しく山奥にひっそり隠居して死ぬと思っとったんかのー? ざーんねーんでーしたー!」


 これ程可愛くなくてムカつく老人もそうそう居ないだろう。

 見物人がいたら十中八九『うわぁ』という顔をするに違いない。

 だが周囲に人が居ないのを良い事に、賢者は妙なテンションで魔方陣を作り上げていく。


「これ後で使われちゃかなわんし、壊れる様にしておかねばな・・・精霊の力も借りるか・・・魂が劣化せん様に、地脈の力も引っ張って・・・あ、間違った。やり直しか・・・」


 声音は静かだが、目を爛々と光らせながらの作業が続く。

 ただしその術は簡単な物ではなかったのだろう。

 作り上げるのに数日を費やし、出来上がった頃に賢者はボロボロであった。


「で、出来た。流石に、老体で数日徹夜は堪える・・・死ぬ、マジで死ぬ・・・!」


 当たり前の事を呟きながら、出来上がった魔法陣の中央へフラフラと進む。

 するとそこまで老いぼれにしか見えなかった賢者の背が、すっと伸びて光を放ちだした。

 更に何処から取り出したのか、杖で地面をコンと叩いてから静かに息を吐く。


「・・・色々吐き出して気が済んだ。まあ実際、儂はあの国には必要のない人間じゃ。攻撃魔法をぶっ放すのが好きな、魔法狂いのジジィだったしの。そりゃ怖い者も居たじゃろうよ。何より弟子達以外の人間とは余り関わらんかったからな・・・この結果も致し方ないか」


 先日まで喚いていた者とは思えない程、穏やかな表情で遥か先を見つめる賢者。

 その先に有るのは、かつて導いた教え子達の居る国。

 時に憎たらしく、時に可愛かった、弟子達への想いを胸に賢者は綴る。


「儂がお主達の傍に居たのは偶々じゃ。そして偶々気まぐれでお主達を鍛え、お主達自身の力でその国は成った。ならば儂の事など忘れてしまって構わん。こんな老いぼれた老人の事などな」


 賢者は元々その国に居た訳では無い。偶々通りかかった国で、偶々一人の少年に手を貸した。

 それが切っ掛けとなり国を興す戦となったが、賢者自身は何もしていないと思っている。

 事実賢者は戦に参加していない。何時も後方でただ眺めているだけだった。


 賢者が前に出る時は、火山が噴火した、津波が起きた、竜が襲って来た、等の災害のみ。


 故に老人は全てを統べる者として、自然すらも統べる存在として賢者と呼ばれた。

 本人からしてみれば、ただ膨大な魔力で魔法をぶっ放すだけの力押しと失笑してはいたが。


 弟子達が若い頃は『先生には力が在るのに何故!』と詰められた事もあった。

 けれど賢者は怖かったのだ。自分の魔法を戦に力を使ってしまう事が。その結末が。

 その結果がこれでは何の意味も無いなと、賢者は思わず苦笑する。


「・・・それに、約束を破った儂が今更何かを言える事じゃない」


 自嘲気味に笑う賢者の言葉には、他者が知る事は無いという意味が入っている。

 弟子には気が付かれているかもしれないが、こっそりと手を貸した事があったと。

 人同士の戦には介入しないし、お前達が死のうとも助けない。その約束を破って。


「ふふっ、教え子達よ。出来れば健やかに生きよ。出来ればな。祈っておる」


 賢者はその想いが通じない可能性の方が高いと思っている。

 今まで国が幾つ生まれ、幾つ消えて来たか、歴史を知れば解る事だ。

 だがそれでもあの子達は生きていた。楽しそうに、生を駆け抜けていた。


「ああ、そうだ。出来れば、次は―――――」


 自分も今度は傍観者ではなく、当事者として懸命に生きてみよう。

 此度の様に可愛い弟子達の傍を離れる、なんて賢いやり方なんて打ち捨てて。

 そうだ。ああ、そうだな。賢者なんて呼ばれる生き方は、次はしない。


 生きたい様に生きよう。あの子達の様に。何かを諦めずに足掻いて生きてみよう。

 どうせ気を付けても結局失敗をしてしまったのだ。ならば次は最初から失敗をしに行こう。

 大事な物を手に入れたら、みっともなく抱え込んで生きられる様に。


「―――――さらばだ、可愛い教え子達よ」


 そうして転生術を使い、賢者と呼ばれた老人はその時没した。

 安らかな笑顔を乗せたまま、ゆっくりと余生を暮らした大地に身を預けて。




 



(ひゃっほーい! 転生成功じゃい! やっぱ儂、魔法だけは天才じゃな!)


 ただし転生術が成功した事で、本人的には寝て起きた様な感覚であった。

 余韻が台無しである。しんみりとした弟子への言葉は何だったのか。


「あだ、あーあばー?」


 賢者の口から出るのは言葉にならない言葉。可愛い赤子の声。

 生まれる前から定着した魂が、賢者として意識を覚ますのに少し時間がかかったらしい。


(ふむ、生まれる前に意識を持つ予定じゃったが・・・まあこれぐらいなら誤差かの)


 賢者は覚醒した意識で周囲を見回すと、正面には親らしき者達の姿が有る。

 あだあだと喋る賢者に対し、嬉しそうに話しかけている様だ。

 ただし今の賢者の目と耳では、まだはっきりと認識する事が出来ていないが。


(頑張れば聞き取れん事は無いが・・・無理しても意味は無いか。どうせ赤子の体なぞ、暴れている内に動けるようになるものだ。まあこの通りまだ寝返りも出来んがな、はっは!)


 赤子となった賢者を抱き上げる両親に、賢者は子供らしからぬ目を向ける。

 とはいえそこは赤子の可愛い顔。両親はそのおかしさに気が付けないのだが。

 いやそもそも、本人はニヤッと笑ったつもりでも頬が動いていない。


(ご両親よ、儂は今生を好きに生きると決めた。それは傍若無人に生きるという事ではない。血の繋がった家族も全て抱えて生きて行こう。何、いざとなれば儂には魔法が有るからな!)


 賢者はまだ生まれたばかりでありながら、体内に膨大な魔力を感じていた。

 ただし赤子が膨大な魔力を放てば問題が有ろうと、外に漏らさず抑え込む。

 その際に生前より上手く行かない事に気が付き、先ず鍛錬をせねばと思ったが。


(流石に生まれてすぐ上手く動かす事は無理か。今魔法を使えば暴発しかねん。暫くは基礎鍛錬じゃな。まあ三歳ぐらいになった頃には、儂は神童と呼ばれているであろうよ。くっくっく!)


 先ず魔力操作の鍛錬をして基礎を固めてと、賢者はこれからの鍛錬計画を頭で練り始める。

 こうして賢者の新しい人生が始まり、すくすくと健やかに育ち三年程たった頃――――









「おおう、魔法が、使えん・・・簡単な術式以外マジで使えんぞ。これ転生術失敗しとるぅ。女になったのもこのせいか・・・その上で魔法が使えないとかヤバ過ぎるじゃろ・・・!」


 ――――――幼少期から盛大に計画が頓挫していた。どうする女児賢者。




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賢者の容姿に関してはこんな感じです。

https://kakuyomu.jp/users/yotume/news/16817139554853618653

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